1.ふたたび
校門ですれ違ったのは、偶然なのか、必然なのか。
大学2年、20歳。
眼鏡に無造作なマッシュヘア。自他ともに干渉しないタイプの俺は、今日もいつも通りの大学生活の入口をくぐった——はずだった。
「……ミサキ?」
小柄でまっすぐな黒髪。軽やかな足取り。
振り返らない。
目が合うこともない。
そうだよな、話すのは高校1年までだった。
何がきっかけだったか、もう覚えてもいない。いや、思い出さないようにしていただけか。
俺たちは、幼馴染だった。
でも、ミサキには彼氏がいるって噂だ。
俺に関係あるはずがない。
それなのに、なぜだ。
なぜ、こんなにも目で追ってしまうんだ。
最近読んだ小説の一節がふと頭をよぎる。
「恋愛は始まっていた。でも気づいていなかった。」
くだらない、よくある話だと思った。
だけど——まさか自分がその"よくある話"の登場人物になるとはな。
偶然にも、ミサキと同じ科目「文化人類学概論」を履修することになった。
大学の講義は学年関係なく選択できる。大教室で100人以上が出席する講義も珍しくない。
俺は中段あたりに座ることが多い。ミサキは、教壇に近い前列に座っている。
昔から真面目なやつだった。
「この授業も、あと3回で終わりか……」
期末レポートを提出すれば単位はもらえる。大学の単位制度ってのは、出席+テストorレポートで基本的に決まる。60点取れれば合格だ。
最近、学生課に就職の相談に行くことが多くなった。2年のうちから動くやつもいて、気が焦る。
その日、俺が学生課のドアを開けようとしたとき、ちょうど中からミサキが出てきた。
ちらっと、目が合った。
けれどミサキは、何事もなかったように踵を返し、玄関の方へ歩いて行く。
あいつ、なんなんだよ。
相談を終えて、玄関へ向かう。
ふと視線の先に見慣れた姿があった。
ミサキだ。
大学の玄関横にある長椅子に座り、外を眺めていた。
(なにしてんだ……まあ、俺には関係ない)
そう思いながら、そっと横を通り過ぎようとした、そのとき——
「ねぇ」
背後から声がした。
一瞬、自分にかけられたものだとは思わなかった。足を止めない、はずだった。
「……少し、時間ある?」
服の袖が、そっとつままれる。
「あ、ああ……」
声がうまく出ない。なんだよこれ。
「……久しぶりに、ちゃんと話すね」
「そうだな。高校以来……だな」
しばらく沈黙が流れた。
「……高校のときさ。どうして話さなくなったか、覚えてる?」
「……ミサキのお姉さんのこと、だろ?」
ミサキは静かに頷いた。
「私、気づいてた。ずっと、お姉ちゃんのことが好きだったんだって。私が好きだったことには、気づかなかった?」
「気づいてたよ」
「——そっか」
ミサキはうっすら笑った。
「でも、私から見たらさ、お姉ちゃんへの気持ちをあきらめたから、私に ‘乗り換えた’ みたいに見えるの。……勝手だけど、そう見られるのも、見られること自体も、イヤだった。だから、話しかけなかった」
「……俺も同じだよ。ミサキの気持ち、わかってて。お姉さんへの想いが、ただの憧れだったって気づいたのは、ずっとあとだった。……でも、自分に都合よくミサキに向かうのは、ズルいと思ってた」
「バカだよね、私たち」
ミサキがふっと笑う。
「でも……今は、話せた。それだけで、少し軽くなった」
視線が交わる。
その瞬間、泡沫のように揺らいでいた何かが、ふっと形を持ちはじめた気がした。
ここまで読んでいただきありがとうございました
短めの5話まで続きます
書くことがこんなに難しいとは思いませんでした