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 どうにか落ち着きを取り戻し、二人は席に座りなおした。小さな咳ばらいを一つして、フレイヤが本題に入る。


「ノア。今度のお城で披かれる舞踏会、何色のドレスにしようか迷っているのよ。青も捨てがたいけど、しっくりこないのよね。やっぱり赤かしら?ノアはどう思う?」

「は?別にどんな色でもい……そうだな、フレイヤには赤が似合うと思うぞ!うん!」


 彼女はどんな色のドレスであっても、まるで自身のためにあるかの様に着こなす。そう思っていたから何の気なしに『どんな色でもいんじゃね?』と言いかけて、当のフレイヤに凄まじい目で睨まれて咄嗟に言いなおす。赤が似合うという言葉に満足げな婚約者の頬にかかる髪に無意識に目をやり…ふと、違う思いが沸き上がって来た。そっと彼女の美しい金糸の髪に伸ばした指を絡めて弄ぶ。途端に頬を薔薇色に染めた彼女を見つめてそっと口を開くと、潜めた声で優しく囁く。まるで誰にも聞かれたくないとでも言う様に。


「でも、あんたには紫も似合うと思うぞ。――見てみたいから、舞踏会用に贈る。着てみてくれよ」


 紫のドレスと彼女の髪の金色。それは、ノアの目の色だ。


 数か月後、フレイヤは自室でぎゅっと唇をきつく引き結んで、目の前に飾られた紫色のドレスをひたすら見つめた。あの日のお茶会で宣言された通り、ノアは本当に紫色のドレスを仕立てさせた。デコルテ部分に同色の透け感のあるレースを使用したイリュージョンネックドレスは、裾の部分に薔薇があしらわれている他はあまり装飾が無い。フレイヤが派手な恰好を好まない事を知ってのデザインだとすぐに分かった。腕を組んでぷいっと顔をそらす。


「ふっ、ふぅ~~ん?ノアのくせに、け、結構可愛いデザインじゃない?ノアのくせに」

「うふふ。お嬢様、殿下はツンツンしているところも可愛いと仰るでしょうが、偶にはお礼のハグとほっぺチューがあれば大喜びされると思いますわ」

「~~~~、~~~~~~……っ!!!!(声にならない絶叫)」


 ほほほと上品に笑う侍女に、フレイヤは内心で叫んだ。『それが出来たら苦労してないわよ!』と。フレイヤは前世も今世も恋愛初心者であった。ドレスのお礼の手紙も『デザインは及第点ね、まぁ着てあげてもいいわよっ』と全く素直になれない事を書いてしまい、落ち込んだまま舞踏会当日を迎えてしまった。


 迎えに行くと言い張るノアを断りラムリー侯爵家の馬車で城に向かったフレイヤは、彼女の兄にエスコートされてノアが待つ部屋へ通された。兄は何故か生ぬるい半目で此方を見下ろして――入室を拒否し、一人でさっさと来た道を戻ってしまった。実に薄情な兄である。今度枕元に兄の嫌いな虫の模型を置いておこうと密かに心に誓い、フレイヤは意を決して部屋に足を踏み入れた。途端、心地よい温度と香りが彼女を包む。


「ピッ」

「フレイヤ!そのドレス着てくれたんだな!やっぱり、すげぇ似合ってるぞ!!………『ぴ』?」


 息が止まった。ついでに心臓も止まりかけた。部屋に入った途端、フレイヤはノアに抱きしめられたのだ。子供の頃と違い、武芸に秀でるノアの体つきは立派だ。同年代の子息よりしっかりした筋肉がついている。なにより、抱き着くなんて行為は幼い頃の戯れ以来だった。おまけに相手は好意を抱いている婚約者様。つまり、刺激が強い。


「――――――――」

「フレイヤ?……フレイヤーーーー!!」


 彼女はしっかり気絶した。




「…なぁ。本当に大丈夫か?休んだって父上も母上も怒らないぞ?」

「大丈夫ですわ!それよりも、ノア。手紙でっ伝えた事、ちゃんと覚えているでしょうね?」


 目を覚ましたフレイヤは、必死に身を捩りながらノアに尋ねる。ソファーにゆったりと腰を下ろしたノアは、フレイヤの腰にしっかりと腕を回して自身の膝から降りようとする彼女を妨害している。あろうことか、ノアは脳味噌がパンクして気絶したフレイヤを寝室に運ばずに、彼女が目を覚ますまでソファーでずっと抱きかかえていたのだった。『だって、折角綺麗にセットしてるのに崩れちゃうだろ?』と、さも当然の事の様に彼は語った。


(そうだけどっ……そうだけどおおおおおお!!)

「おい、なんで逃げるんだよ。舞踏会に出るならそれでもいいけど、今はおとなしくしておけって」

「っ、それは、貴方の膝の上じゃないとっ…いけないのかしらぁ!?」


 フレイヤは助けを求める様に、ノアの背後に立っていた騎士に視線をやるが、当の騎士はいつの間にかノアの後ろから窓の傍に移動しており、ため息をついて黄昏ながら空を眺めている。『あっ自分何も見てないし聞いてないんで』とでも言いたげな仕草だ。


「とにかく膝の上(ここ)にいろよ。……な?」

「うぐぐぐぐぐ…っ」


 肩口からこちらを覗き込んで見上げる美しい瞳に込められた圧に、フレイヤは白旗を上げたのだった…。

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