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 そんなこんなで第四皇子ノアと侯爵令嬢フレイヤが婚約して数年経ち、二人は互いに十五歳という多感なお年頃となった。出会ってからというもの、一緒にお菓子を食べたりどちらの背が高いかで喧嘩したり、侯爵領の山で魔物狩りをしたり、勉強の優劣で喧嘩したり、誕生日にはどちらかの部屋で私的なお茶会をしたり、ノアが失言して喧嘩したり…相も変わらず仲睦まじく(?)過ごしていた。同じ時間を過ごしていくうちに、二人の間には幼馴染としてでは無い別の想いが育っていた。しかし、片やこの温かくてくすぐったい様な気持ちを素直に表現できないツンデレ、片やデリカシーに欠ける脳筋恋愛音痴に育ってしまった。どうしてこうなった、と護衛騎士は虚ろな目で無自覚両想いの幼馴染みバカップルを眺めた。彼の胸中にある思いはただ一つ。『爆ぜろ』である。彼は独り身なのだ。


「~~~っもうっ!いい加減にしてよこの馬鹿ノア!信じらんないっ!」

「なっ!仮にも一国の皇子に馬鹿とはなんだよ!」

「ノアなんか馬鹿で十分よ!それとも放蕩皇子の方がお好きかしら!?」


 我慢できないと言いたげにテーブルに手を叩きつけて勢いよく立ち上がり婚約者に罵声を浴びせたのは、女性らしさの片鱗を見せ始めた金髪美少女のフレイヤ。言い返すのは成長し美貌に磨きがかかった第四皇子ノア。婚約者の邸に遊びに行ったり魔物狩りに出たりと何かと城を開けていることが多いノアだが、いつの頃からかついた彼のあだ名は『放蕩皇子』だ。本人はそれを聞くと渋い顔をする。


「なんでベアトリクス様にご丁寧に私の魔術の凄さを解説しているのよ!あの人、この前私に『貴族の令嬢が魔術を習うなんて野蛮ですわぁ~。私こわぁ~い』とか言いやがりましたのよ!?嘘泣きまでして!!」

「え?いや、彼女は昨日、俺にフレイヤの魔術の腕前に感心しているって…自分も興味があるから、お前の話が聞きたいって言って…?」

「むきいいいい!どう考えたって噓八百でしょう!この国では『淑女が魔術を習うのははしたない』っていう考えが一般的なのよ?私が異例なの、それを貴方、よりにもよって貴方の婚約者の座を狙っているベアトリクス様に…はあぁ~~…」


 右手でこめかみを押さえて大きくため息をつきながら椅子に座りなおすフレイヤ。そんな彼女に『私、実は生まれる前の記憶があるんだよね~』と、ディナーのメニューを聞くかの如くの気軽さでカミングアウトされたのは五年前。日本とかいう国で生きていたこと、ここがとある恋愛遊戯の舞台でノアが主人公の少女と恋愛関係になる事と最後にはフレイヤとの婚約を破談にする等、思い出せる限りこの男に話した。だと言うのに。


(私がこんなにも貴方をヒロインに奪われまいとしているのに、貴方ときたら…っ!ベアトリクス様もベアトリクス様だわ。陰で散々ノアを脳筋だの顔と血筋だけだの貶めておきながら、ちゃっかり妻の座を狙っているんですもの!)


 そも、由緒正しい貴族の家系に生まれたフレイヤがいかに魔術の素養があろうと、本来魔術を学ぶことはいい顔をされない。先も述べた通り、はしたないとされているからだ。だが、ラムリー家は騎士の家系で、フレイヤは中身が現代日本人。深窓の令嬢にはなれないしなりたくなかった。だから魔術を学んだのだ。ヒロインに立場を奪われないよう、攻略対象(ノア)の傍にどんな理由であっても傍にいられるように。それをこの男は全く分かっていない。平気でフレイヤと仲の悪い令嬢とにこやかに話したりする鈍感野郎だった。ただ、これに関してはフレイヤがノアに素直になれないのが悪いと関係者一同は考えている。ノアが察しの悪い鈍感皇子であることは事実なので、恥ずかしさでけんか腰になってしまうフレイヤではうまく気持ちを伝えられないのだ。此度の痴話喧嘩だって、有り体に言ってしまえば『私以外の女と仲良くしないで!』だ。


 何を隠そうこの二人、しょっちゅうすれ違っては喧嘩する『喧嘩ップル』になっているのである。ノアの背後に控える騎士は遠い目で空を仰いだ。それでもどんなに喧嘩をしても会う事を止めないのだから、彼の荒んだ心はいつもコーヒーに砂糖を入れまくってもはやコーヒー味の砂糖を食べている様な気分である。控えに言って最高に妬ましい。ノアは気まずそうに後頭部を掻きながら、荒ぶるフレイヤを落ち着かせようと必死だ。


「分かったってば。ハリントン嬢には侍従経由で断っておくから、そんなに怒るなよ…可愛いけど、いつもみたいにしている方が好きだぞ」

「「「ングゥッ……!!」」」

「―――えっ…えっ???」


 困り眉でフレイヤを見上げながらほのかに笑んで恥ずかしげもなく思っている事を告げると、フレイヤは――何故か控えていた侍女と騎士も――胸を押さえて蹲った。慌ててフレイヤに駆け寄り震える細い肩を引き寄せる。俯いているせいで顔は見えないが、髪からのぞく耳が真っ赤だ。周囲を見回しても同じ様に蹲って顔を覆い体を震わせている者しかいない。ノアは困り果てた。なんだこの惨状は。誰か分かりやすく説明してほしい。


「だっ大丈夫かフレイヤ?具合が悪いのか?侍医を呼ぶか?」

「~~~っい、いえ。大丈夫…ですわ……ちょっと、精神攻撃をくらっただけですの…私の乙女心にっ、クリティカルヒットしただけですの……っ!!」


 フレイヤは羞恥と歓喜で震えながら、なんとかか細い声を喉の奥から絞り出すことに成功した。もうヤダこの皇子ほんと好き、と心で絶叫し漸く平常心を取り戻したのはそれから十五分後の事であった。

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