ふるさとの夢
電車と新幹線を乗り継いで約2時間。
移りゆく車窓からの景色を眺めながら、レッドは、数年ぶりに会う母親の姿を思い描いて胸がつまりそうな想いでいた。
東京へ出るとき、「あんたなら立派なヒーローになれるよ」と笑って送り出してくれた母。立派なヒーローどころか、就職すら決まっていないと知ったら、どんな顔をするだろう。失望するかもしれない。息子を息子とも思わなくなるかも。
「はぁあああ……」
レッドは、この先の不安を思って、今世紀最大の溜息を吐いた。
地元の駅に着いて、改札の向こうに母親の姿を認めると、深く息を吸い込んで気持ちを整える。余計な心配をかけるわけにはいかない。いや、ひょっとしたらもうかけているかもしれないけれど。
「おかえり」
すべてを察したようなひとことに、思わず、泣きそうになる。もう何も言ってくれるな、と。大丈夫。あたしには全部わかってるんだから。
「平凡な俺でごめん。母さん……」
「何言ってんの。どんなあんただって、あんたは、あたしの大切な息子だよ」
母のためにも、なんとしても就職だけはしよう、と誓った。
結果、ようやく決まったのは地元の治安維持に努める小さなローカルヒーローの団体で。
職員はレッドを含めて約50名。
給料は安いし、残業も多い。それでも福利厚生だけはしっかりしている。初めて働くには十分な環境といえた。
ローカルヒーローのお仕事とは、つまり、地域住民の豊かな暮らしを守ることである。
衣・食・住。どれが欠けてもいけない。
着るものがあって、食べるものもあり、住むところも保証されていること。そのためにあらゆる活動をするのがローカルヒーローなのだ。
ローカルヒーローの職場では、毎朝、朝礼の時間に職員みんなで復唱する17の決まり事があった。大事なことだから覚えておくようにと、入職前のオリエンテーションでもさんざん叩き込まれた言葉だ。
1.貧困をなくそう
2.飢餓をゼロに
3.すべての人に健康と福祉を
4.質の高い教育をみんなに
5.ジェンダー平等を実現しよう
6.安全な水とトイレを世界中に
7.エネルギーをみんなに。そしてクリーンに
8.働きがいも経済成長も
9.産業と技術革新の基盤を作ろう
10.人や国の不平等をなくそう
11.住み続けられるまちづくりを
12.つくる責任、つかう責任
13.気候変動に具体的な対策を
14.海の豊かさを守ろう
15.陸の豊かさも守ろう
16.平和と公正をすべての人に
17.パートナーシップで目標を達成しよう
どこかで聞いたことあるようなセリフだが、たぶん気のせいだ。
スローガンは『熱っちい地球を冷ますんだっ!』だそう。これもどこかで聞いたような。いや、やはり気のせいか。
17の規則を頭の中に叩き込んで、迎えた、記念すべき初出勤――。
現場に向かうとそこには、オリエンテーションで一緒だった上司や同僚のほかに見覚えのあるひとりの男がいた。
「……よう」
忘れるはずがない。ほんの数日前、涙で別れたばかりなのだから。なぜ奴がここに?奴は確か、マー◯ルにも内定をもらっていたはず。まさか、内定を蹴った?マー◯ルを断って、こんな田舎町のローカルヒーローに勤める理由がどこにあるというのか。いや、ない。
「私もここに就職が決まったんだ、これからもよろしくな」
嘘だ。
絶対に嘘だ。
だって、ほら、あのとき奴はなんて言った?
『就職してもたまには会いに行く』――そう言わなかったか?
それは、つまり、養成学校時代のようには頻繁に会えなくなるということで。そうだ。決して『同じ町で同じ就職先で働く』という意味じゃない。
それに……。
「おまえ、この町の出身だったか?行ったことも聞いたこともない――そう言っていなかったか?」
奴は、養成学校にもほど近い、都会の街の出身だった。レッドの生まれ育った田舎町なんて、奴にとっては、まさに縁もゆかりもない土地。なのに、なぜこの町を選んだのだろう。考えようとしたけれど、わからなかった。
参考:
SDGsってなんだろう? (日本ユニセフ協会)
https://www.unicef.or.jp/kodomo/sdgs/about/