忘形の友
※忘形の友・・・外見や地位といった形式的なことを気にしない、非常に親しい交友関係のこと。忘形の交わり、杵臼の交わりともいう。
「よう。試験、どうだった?」
今しがた、学び舎をあとにした男の前に現れたのは、養成学校時代の同期で一番の親友だった男。
奴は同期の中でもかなり優秀な男で、先程の卒業試験でも上位の成績を修めていた。
武器は、刃渡り100cmを優に超えるロングソードだ。バスタードソードともいう。いわゆる西洋剣。ファンタジー世界に登場する剣、と言ってまず想像するのがこの剣ではないだろうか。
もちろん、刃はついていない。模造刀だ。
奴は、173センチのすらりとした体躯で、この大きな剣を振り回しながら戦うのである。それも、ペラッペラの鎧で。思わず『そんな装備で大丈夫か?』と言いたくなる。余計なお世話だろうけれど。
静まり返った試験場に、2つの刃がぶつかり合う音が響く。
緊張の一瞬。
奴が剣を振り上げれば、教官も、すかさず、手にした剣で防衛する。さすがは教官だ。相手が向けた剣の刃が自分に当たらないように、自分の剣を当てる。西洋剣ならではの、剣と剣同士が触れ合う状態のことだ。俗に『バインド状態』と呼ぶ。
戦いは拮抗した。
両者どちらも譲らず、緊張感のある戦いが続く。
やがて、教官のほうに、わずかな隙が生まれた。もちろん奴はそのチャンスを見逃さなかった。隙を突いて剣を振り下ろし、教官の喉元スレスレのところに、その鋭く尖った剣先を突き立てた。
「……合格、だ」
教官は、潔く『負け』を認めた。
泣きの1回を認められ、ギリギリの成績で『合格』を許された自分とは違い、圧倒的な差だった。
就職先だって、仮面ライダーもゴレンジャーもマー○ルヒーローだって夢じゃないと太鼓判を押されている。内定も、いくつもの企業から推薦を受けているという話だ。自分は就職すら危ういというのに。神様はなんと不公平なのだろう。
「……訊くなよ」
男はわかりやすくふてくされた。そんな親友を慰めるように肩を叩きながら、奴は買ったばかりの缶コーヒーを差し出す。これでも飲んで元気出せよ、ということらしい。優しい奴だ。自分とは比べものにならないくらい優秀な男であっても、不思議と親友でいられるのには、こいつのこの性格の良さがあるのかもしれない。
正反対の人種なのに、なぜか引き寄せ合う。
例えるなら、磁石の『S極』と『N極』のような関係――とでも言えばいいだろうか。
正義感は人一倍強いけれど、やる気だけで空回りしがちな熱い男『レッド』。
頭脳明晰、冷静沈着、何事もクールでスマートにキメるナイスガイの『ブルー』。
赤と青、対照的な二色の組み合わせにぴったりだと、いつしかそう呼ばれるようになっていた。
優秀な親友『ブルー』は、落ち込んだ『レッド』の横に腰を下ろしながら、慰めるように言う。
「でも、まあ、一応合格はできたんだろ?教官のことだから、合格できなくてそのまま…ってことはないと思うんだよな」
ふたりの指導教官だった男は、この養成学校の教官のなかでも、とりわけ面倒見がいいことで有名な人である。だからこそ、レッドが昔、落第点を取ったときは及第点がもらえるまでとことん付き合ってくれたし、なかなか就職が決まらなかったときも親身になって相談に乗ってくれた。
いまだってそうだ。肝心なときに失敗するクセのあるレッドのことを考えて『泣きの1回』を用意してくれた。『辛ければ相談に乗る』とも言ってくれた。
レッドは、才能に恵まれなかった分、人に恵まれたのかもしれない。
地元に帰ったら真面目に働こう――と決めた。ヒーローとしての才能がなくたって、仕事はいくらでもある。できることならなんだってチャレンジしてみようと思った。
「まあ、あれだ、地元に帰ってもさ、私たちはその……ずっと『友達』だろ?たまには会いに行くし。元気でやれよ」
顔を赤らめながら言う親友の、心からの言葉がいまは嬉しかった。
参考:
『バトルテクニック備忘録』 著:ぼくです 様 (カクヨム)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054898622223
ヨーロッパの正統な中世ドイツ剣術!西洋剣術入門 (BUDO JAPAN CHANNEL-You Tube)
https://youtu.be/W4gf1KmnH0Q?feature=shared
騎士を象徴する武器・ロングソードの歴史 (動く!歴史&物語-You Tube)
https://youtu.be/h-36FjJlrRA?feature=shared