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卒業試験

 男は拳を握り、もうひとりの男に向き合う。

「来い!」

 その合図を待っていたかのように、男は、もうひとりの男に向かって勢いよく突き進んだ。

 拳を放つ。避けられる。また拳を放つ。避けられる。

「……ふっ。まだまだだな」

 もうひとりの男が言う。こちらが既にジョギング1周分の汗をかいているというのに、彼は息一つ乱れていない。

 それもそのはず。

 男はこのアクションスター養成学校の『()()』で、彼はその指導教官なのだから。

「どうする?もう1回、やっとく?」

 気の毒になった教官が声をかけると、男は、息を整えて教官のほうに向き直った。眉間にしわを寄せ、覚悟を示すように、力強くうなずく。「……お願いします」

「じゃあ、もう1回だけ、いくよ。3度目はないからね」

「はい」

 スゥッと息を吐き、丹田に力を込める。

 それから、拳を握りしめてまっすぐ教官のほうに突き進んだ。

「カァアアアア……!!」

 華麗な身のこなしで攻撃をかわす教官。しかし、男もあきらめてはいない。何度もしつこく追い続け、やがて、互いの息が切れたころに……ようやく、男の振り上げた拳が教官の頬をかすめた。

 教官はその拳を片手で受け止め、そっと振り払いながら、満足そうに微笑んだ。

「……うむ。ギリギリ合格、てところかな」


 ――卒業おめでとう。


 教官が右手を差し出す。男はその右手を固く握りしめながら、何度も何度も感謝の言葉を述べた。

「でも、進路はちゃんと決まっているの?私はそれが心配だよ。君は、ちょっとそそっかしいところがあるからね」

「それが……」

 教官の心配はごもっとも。もちろん、進路なんて決まっていない。何日も前から準備をしてきて、結果、50社以上企業面接を受けてきたけれど、卒業試験を迎える今日このときまでついぞ就職が決まることはなかった。

「地元に……、帰ろうと思っています」

 本当は、こんな形で帰りたくはなかった。きちんとヒーローとしての職をもらって『華々しい英雄』として世間を騒がせてから、誇らしい気持ちで帰りたかった。

「ご実家はお店をやられているの?」

「いえ。普通のサラリーマンです」

「そう……じゃあ、家業を継ぐ、とかもできないわけだね。またいちから仕事を探すわけだ」

「そういう、こと、になる……と、思います」

 たとえギリギリの成績でも『合格』判定を出した以上、卒業は卒業である。だから彼がまたここに戻ってくることはないし、この先のことは、教官があずかり知らないことでもあった。

 だけど。

「頑張ってね。応援してるから」

 入学したての1年生のころからずっと間近で見てきて、その成長を追っていた身としては、頑張ってほしい…と思わずにはいられなかった。

「戻ってきなさい、とは言えないけれど、辛いことがあれば相談には乗ってあげるから。いつでも相談しなさい」

「はい。ありがとうございます」

 教官からの期待を胸に、男は、2年間過ごしてきた学び舎をあとにした。

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