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11(99).愛と哀

黒エルフの隠れ里の平穏は、二人の逃走劇では変わらない。

良くも悪くも、彼らにとっては石ころにつまずいた程度の事。

永遠という時間は、それ程に感情を薄くしていくのだ。

二人が抱き合い涙を流していようと、長い時間の中ではよくある事である。

空気は乾燥し、いつ雪が降るかわからない季節。

僕は、失った心の欠片を見つけることができた。

彼女は、初めて会った時の様に酒臭い。

そして人を寄せ付けないガサツな姿。

それでも僕にとっては、温かく安らぐ存在だ。


「師匠・・・なんで逃げるんですか。」

「僕は・・・・」


僕は、見た目相応な泣き顔で彼女を見上げる。

視線は故意に外され、見える表情は明るくない。

彼女もまた、その切れ長の瞳に涙を浮かべる。

返答の無いままに時間だけが過ぎていく。

目抜き通りは、その異物を避けるように流れ続けた。

僕は、彼女の鼓動を感じる。

それは、静かだが少しずつ早くなっている。

彼女は、僕を強く抱きしめたが、その言葉は真逆だ。


「どうして来たんだ・・・」

「私は・・もう嫌なんだよ。」


彼女の言葉は短く、その真意はつかめない。

しかし重く、そして端的に全てを語っている。

僕は、彼女の腰に回した腕を解き、拘束の意志を解く。

彼女は一瞬、その腕の力を解くも、また強く抱きしめる。

僕は、彼女の顔に両手を添え、その瞳に視線を向けた。


「師匠、僕が邪魔ですか?」


彼女は、僕を抱きしめて、僕の視線を外す。

お互いの感情が交錯し、かみ合わない会話が続いた。

時間が経つにつれ、彼女の言動に一貫性が現れる。

彼女は僕を離し、背を向け言葉を投げた。


「ルシア・・・・・国へ帰れ。」


彼女の声は、僕の記憶にある凛としたモノではない。

感情を殺し、真意を悟られまいと拳を強く握っている。

声は震え、俯いているようにも見えた。


「師匠、僕は師匠と一緒にいたい。」

「僕は、もう誰も失いたくないんです。」


彼女は、振り返り、僕の言葉に被らせる様に怒鳴り返す。

その表情は、悲しみに満ちていた。


「私は・・・もう嫌なんだ。」

「大切な人間の声を、顔を忘れていく日々が・・・」

「時に取り残され、それを忘れようともがく日々が嫌なんだよ。」

「だから、一人にしてくれ・・・お前といたら私は・・・・」


僕は唇を噛み、彼女の表情を窺う。

しかし、自分の感情は止められない。

彼女の両腕を掴み、感情を言葉にしていた。


「もうどこにも行ってほしくない!」

「師匠と一緒に居たいんだ。」


僕は、彼女の気持ちを考えていない。

ただ、彼女を失いたくない気持ちだけが先走っている。

彼女は俯き、そして感情をあらわにする。


「お前にはわからない!!」

「私はお前が大切なんだ・・・だからこれ以上、悲しませないでくれ!」


彼女は、その悲し気な表情に大粒の涙を溢れさせた。

僕は掴んだ腕を離し、彼女を抱きしめる。

傍から見れば、だた女性に抱き着く少年だろう。

しかし、それでも強く抱きしめた。


「なら、一緒に消えない記憶を作ればいい・・・」

「アリシア、来てほしいんだ一緒に。 傍にいて欲しいんだ、いつも。」


アリシアは、その表情を隠すように僕を強く抱きしめ返した。


「名前で呼ぶな・・・ばかもの」


彼女の心音は、先ほどより強く激しく感じる。

彼女の声は優しく明るい、しかしまだ震えを残す。



静かな時間は、小さな傍観者が意識を取り戻す事で終わりを告げた。


「ルシア、お前の母か?」


師匠は、声の主をフードから摘まみ上げた。

そして眉を細め、少し声色を下げ、僕に質問を投げる。


「なんだ、このチンチクリンは?」


首根っこを摘ままれ宙で足を遊ばせる子猫。

ラスティアは、体全体でその状況を打開する様に暴れる。


「はーなーせー! 酔っぱらい女!」


師匠の眉は、その言葉に反応する様に少し動く。

そして師匠は、子猫を持つ腕を左右に大きく振る。

僕は首を掻き、師匠を止めた。

そして彼女の紹介をする。

師匠は、ラスティを地面に優しく置くと自身の紹介を始めた。


「私は、コイツの師匠のアリシアだ。 よって敬え子猫。」


ラスティの表情は、ゴミを見る様に感情が無い。

そして、僕と師匠を交互に眺める。

彼女は、僕の足に頭をこすりつけると、僕の脚を踏む。

そして、器用に僕のフードまで駆け上がり丸くなった。

僕達は、師匠の後について、彼女の家に向かった。

彼女は、里の目抜き通りをまっすぐ進み里を出る。

そして、猫達と戯れていた花畑を越えた。

次第に里は見えなくなり、風も強くなる。

谷の中腹に彼女の家はあった。

それは、彼女の言葉を表す様に、人の気配はない場所。

彼女は、家の扉を開け、笑顔で(いざな)う。


「さあ、入れ・・・前ほどゴチャゴチャではないぞ。」

「私は、片付けができる女だ・・・」


彼女の言葉通り、以前よりは綺麗であった。

彼女の家を2人で片付け、3人で食事をとる。

師匠のラスティを見る目は優しいが、その先も顔を見せた。

ファルネーゼのそれに比べれば常識的だ。

しかし、彼女からしたら溜まったモノではない。

食事を終え毛繕いする子猫を眺める師匠。

彼女は、何が嬉しいのか笑顔で子猫の行動を見つめる。

しかし目が合うと視線を背けた。

僕は、片付けをして、二人に湯あみを勧めた。

師匠は、ラスティに声をかけ、彼女を湯あみに誘う。

ラスティは、僕をその大きな瞳で見つめた。


「ラスティ、大丈夫だよ。 師匠には僕から言っておくよ。」


僕は、師匠にラスティが"淑女"である事を伝え、湯あみの手伝いを頼む。

そして、部屋を出て、日々の鍛錬をした。

最初、静かだった家は、彼女たちが打ち解けたのか、笑いが聞こえてくる。

僕は口元を緩ませつつも、ミーシャから教わったステップを繰り返す。

円の中を幾何学模様を描くように動く。

そしてレイピアの剣先を、その軌道に乗せる。

ダンスでもするかのように円の中を動き、相手を想像する。

意識の中の白い女性は、その動きを導くように動き出す。

剣先に擦れ合う金属の重さ、それを操る者の息遣い。

僕は、彼女にも師匠の事を報告していた。


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