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8(96).世界樹

世界樹は、可笑しな地形の上に生育している。

そこは、植物を囲う様に谷を成していた。

谷の底は霧がかり、見ることは叶わない。

吹き上がる風が、その高さを実感させるだけだった。

谷の壁面からは、世界樹の根が飛び出し、その奇妙さを際立てる。

僕は、ラスティが落ちないように右腕で強く抱いた。

彼女も知ってか知らずか、魔獣の革鎧に爪を立てしがみつく。

僕の首を彼女の髭が掠め、それを繰り返す事で痒みを与える。

風の音がうなりを上げる、寂しいつり橋を渡りきった。

緑の大地には巨木の根と綺麗な花々が咲き乱れる。

美しい風景に予想もしない物が目に入った。

そこには、世界樹に擁かれるように1体の女神石像。

女神は祈る様に両手を前に組み遠い空を見つめる。

これだけならまだ驚くことは無い。

その見た目は、聖女そのものだ。

しかも、彼女には1振りの剣が胸を貫くように深く刺さる。

その剣は、儀式のモノとは思えない程にしっかりとした作りだ。

色や形状は、勇者の物語や英雄譚で語られる聖剣に酷似している。

僕はその異質さに疑問をいだくが、その答えはどこにもない。

優しい風が頬を撫で、急かされるよ様に僕は手を合わせた。

そして、レイピアの柄を握り風に声をかける。


「ミーシャ、見えるよね。世界樹だよ。」

「これで二度目だ。一緒に初めてができたよ。」


足元では、ラスティが僕の足に頭を擦り付けている。

静かな時間は、ゆっくりと過ぎた。

日差しは温かく、季節の変わり目までは、まだ遠いことを忘れさせる。


3人の時間はすぐに終わりを告げる。

世界樹を眺めていると、1人の冒険者が世界樹の裏から現れた。

まだ遠いが、明らかに巨大な魔力だ。

彼は頭を下げ、女神像を触り何かを確認する。

要件がすんだのか、彼は来た道を逃げるように帰っていった。

長老の話では、ただの崖のはずだ。

僕は彼の魔力に興味が湧く。

離れすぎない程度に距離を置き、彼の後を付けた。

彼の向かった先には、一見するとただの岩がある。

しかし、その陰に世界樹の下へ延びる洞窟があった。

そこは、一見自然洞窟に見えた。

しかしその入り口は、地面が擦れて獣の道の様になっている。

僕はマントを被り、ミーシャに告げた。


「何か見つけたら教えて。」


彼女は肩に掴まり、僕にその意を返す。

予想した通り、地面は歩きやすくなっている。

それでも、岩壁はゴツゴツし、簡単に皮膚を切り裂くだろう。

後方から差し込む光は徐々に小さくなり、視界を暗闇が支配する。

ここからはラスティの領分だ。

大きな瞳はその闇に道を示し僕を誘導する。

洞窟の横幅はそれ程狭くはないが、指示が無ければ罠にかかっただろう。

どの罠も殺意の塊で、掛かれば生きて帰れない。

それでも、どの罠も古い作りで視覚の確保ができればどうとでもなる。

しかし、それすらが誘導なのかと疑う程いやらしい。

光を感じれば爆発する魔法陣や、それを目掛けて矢が襲うなど様々。

夜目の利かない種族では無理だろう。

僕達は罠だらけが蠢く洞窟をゆっくりだが確実に進む。

追っていた魔力はかなり下にある。

それは半時もすると感じなくなった。

僕は、ラスティに介護されながら一夜を過ごす。

二日目も同じように下っていく。

しかし、新たな問題が発生した。


「ルシア、濡れた布ちょうだい。 マタタビの匂いがする。」


彼女の話では、夜目の利く種族の精神を惑わ仕掛けがあるという。

その一つが、マタタビなのだ。

僕も念のため、マスクで鼻と口を覆う。

彼女の指示は、少しゆっくりになるが、必死に風景を伝えた。

洞窟の分岐は、深度を増すごとに増え、迷い込んだら最後だろう。

彼女は、熟したリンゴのような甘い匂いの元を目指す。

それは、コボルトやスコルが嫌う匂いだ。

彼女は、各種族が好む匂いを避け、嫌う匂いを追った。

仕掛けた者は、よどほ入ってほしくないのだろう。

空間が開け、匂いも消えた。

そこは、静かな闇が辺りを包む。

僕は、魔力感知し、警戒するが、それは叶わない。

そこは魔窟暴走の深部の様に魔力が飽和する感覚に陥る世界だ。

その空間に殺意はないが、休ませる気はないらしい。

僕達の2日目の夜は、寝る事を許さなかった。

疲労を抱え、先の見えない洞窟を進む。

相変わらずの匂いと闇。

精神を狂わせるのに、時間はかからないだろう。

僕は小さな口の悪い天使に救われている。

彼女の頭は触り心地が(すこぶ)る良い。

僕は、癒されつつも彼女の指示に従い下へ下へと進んでいく。

闇の中で、ラスティから7度目の食事の催促があった。

空気は既に変わり、土の匂いに草の香りが混ざりだす。

僕達は、闇の中で食事をとる。

休まらないまま、香りを追う様に進む。

やがて、小さな青白い点が見えた。

僕達は、注意しつつ進む。

やはりというべきか、崖が陰になる様に口を開ける。

そこには、竹やりが天井を向き獲物を待ち構えていた。

相変わらず性格の悪い洞窟だ。

僕は、崖の端の小さな足場を通り、ようやく洞窟の外に出た。

久しぶりに浴びる光は、優しい月明かり。

静かに流れる風は、足元の草を優しく撫でる。

ここは世界樹の下。

霧で隠れていた谷の底だ。

周囲を断崖が塞ぎ、正面にはトンネルの様に断崖を貫く道。

僕達の行く道は、そこしかない。

夜風の中、草原の木に背を預け1日ぶりの睡眠をとった。


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