5(93).伝承と地底湖の主
植林地の夜は、爽やかな風が吹いていた。
静かに過ぎる時間に、精霊達の篝火は優しく肌を焦がす。
レマリオは、昨晩の様に外の話にご執心だ。
彼は、村にいた頃の僕の様に、伝承や英雄譚に目を煌めかせた。
そして、僕の冒険にその身を重ねる様に想いにふけっている。
話が終わり、彼は小さく呟く。
『|イ ヴィオーテ ディーユ 、フラ ヒューマ ベーラ。』
僕は、彼にその言葉について聞いた。
彼は、神に感謝を贈ったと話す。
内容は、"この女性との出会いを神に感謝する"ということだ。
これは古代語で、精霊魔法も同じ言語だという。
僕は、彼の甥の言葉を思い出す。
リィージィは、地竜の事を"アダンアルヴェス"と呼んでいた。
僕が、地竜の事を彼に質問を投げる。
すると彼は、一瞬考えてからその答えを返した。
「それはだな・・アイツの名前でも種族でも無いんだ。」
「よくあるだろ、内輪で通じる・・・通称っていったかな。」
「アダン、は大地とか土とかそんな感じだ。」
「アル、は優れたとか強いとか多いとかそんな感じか。」
「んで、ヴェスは、獣とか動物だな。」
「それじゃ、偉大な大地の獣ってこと?」
「呑み込みが早いな。 まぁ、そんな感じだ。」
彼は、あの生物について詳し説明した。
その結果、僕達が遭遇したのは幼体らしい。
そして、アレは神獣と呼ばれる存在の眷属だという。
僕はこの夜、古代林の様々な事を彼から聞いた。
それは、古代魔法王国戦争以降のエルフの話。
吟遊詩人の語る詩歌とは、大きく変わらない。
しかし、その戦争後のエルフの扱いは、想像より酷いものだった。
戦争時、反王国派に協力したエルフ達が村を起こしたのだという。
彼らは、命の保証はされたが、土地を追われ森へと移った。
それでも、理由をつけ狩られることもあったのだという。
それが、昼間の話に繋がる。
僕は、その話の中で肌の色について質問した。
彼は、空を見上げ、思い出す様にゆっくり答える。
「肌の色はな、魔力と血筋で決まるんだよ。」
「戦争より前は、王族は肌が黒かったって聞いたことがある。」
「より魔力が高い者は、より深い色になってたけかな・・」
彼は視線を戻し水袋を煽り喉を潤す。そして話を続けた。
それは、エルフ族の断罪についてだ。
今では行われることは無い。
最後に行われたのは、古代魔法王国戦争の時代だ。
反王国波で協力してもなお、黒いエルフは断頭された者もいた。
それでも、断頭を逃れた者は、長く美しい耳の端を切られた。
それはエルフとしての存在を否定されることに等い。
実際に、精霊との交信もできなくなるそうだ。
耳を失ったエルフは、同族からも蔑まれ、その多くは人里を離れた。
そして彼は、最後に付け加えた。
「とはいえ、もう2000年経つから、純粋な黒いエルフはいないだろうな・・・」
それは、ここ1000年で村にも灰色のエルフは稀に生まれたが黒ではない。
そして、その者は病弱で、徐々に魔力を失い命を落とすのだという。
彼は、僕に姉がその灰エルフだと話す。
僕達が、集めている素材も、その病気を抑える為のモノだった。
薬の話をする彼の表情は暗く、常に眉を顰めている。
それは、口伝にあるような効果が出ない為だ。
薬は、古代魔法王国から伝わるモノ。
その効果は絶大で、特効薬ともいえるらしい。
しかし、村の薬師が作る物はにはその効果はない。
ただ病気の進行を和らげるだけだ。
彼は話を終え、先に休憩すると言い残す。
そして、樹木に背を預け目を閉じた。
辺りは白け、夜鳥の鳴き声は数を減らしていく。
起きてきた彼の表情は、以前の様に軽いモノになっていた。
僕達は荷物をまとめ、次の目的地を目指す。
まだ辺りが暗いうちから古代の森を横断した。
湿気の多い森の中は、ラスティの毛繕いにはちょうどいいらしい。
器用にバランスを取り、フードの中で顔を撫でまわす。
一通り終えると、彼女は後方に過ぎる景色を眺めていた。
彼女は最近重くなったが、指摘するのは控えている。
それは、以前に咬みつかれたかだ。
彼女は僕やミーシャには容赦がない。
そんなものかとレマリオに質問を投げる。
彼は、表情を崩し頷くだけだった。
彼は、姉と甥以外の話はしない。
兄上と呼んだ者は実兄ではないという。
彼は、義兄の事を良く思っていない様だが、深くは話さなかった。
風景は見覚えのある滝を映し出した。
彼は、滝の傍まで行き僕に声をかける。
「滑るから気を付けて。さぁ、今度は握ってくれるな?」
僕は、差し出された手をあしらい先を急ぐ。
滝の裏は、洞窟になっていて中は涼しい。
僕は、松明に火をともし、ラスティを起こす。
そして彼女に仕事を与える。
活躍の場を与えられた、子猫は意気揚々と肩に乗る。
そして、僕達は洞窟の奥を目指した。
洞窟には、水が流れ川ができている。
下へ下へと進むにつれ、水量が増す。
そして巨大な地底湖を形成した。
地底湖は巨大な空間にあり、その水の底に恐怖を抱かせる。
それを肯定する様に、水中からは、それ相応の魔力が引っ掛かった。
しかし、その主の動きはない。
僕達は、洞窟の奥を目指し、目的の苔を探した。
水辺には、ひっそりと佇むケイブリザード。
昔は苦戦したが、今では盾であしらい、胴を断つことも容易だ。
洞窟は、紅く染まり、辺りにその匂いを待ち切らす。
僕達は奥に進み、辺り一面を緑に染める空間に出た。
レマリオの表情は明るい。
「ようやくか、ルシア警戒を頼む。」
彼は屈み、緑に茂るそれを袋に詰め、背嚢にしまう。
残るは、アモニウム。ようやく終わりが見えた。
僕達は足場を確認しながら、来た道を戻る。
ケイブリザードの死体まで戻ると、その数が減っていた。
既に魔力感知で原因は分かっている。
しかし、洞窟の闇に深い影を落とすそれはデカい。
僕は、レマリオに視線を送る。
彼は頷き、その答えを返した。
「アイツは狩っても問題ない。 ルシア行けるか?」
僕は頷き、武具を構える。
陣形は、僕が前衛で彼が弓で援護だ。
相手は、背中に背びれを持つ地竜に似た獣。
獣は、体勢を落とし、天井へ向け甲高く錆びついた様な咆哮を上げた。
空気を震わせ、迫りくる巨影。
僕は、レイピアの握りを強く握り直しす。
そして、気を落ち着け、獣を見据える。
「レマリオ、先攻して!」
僕は、回り込むように駆け出し、水獣との距離を詰める。
後方から2本の矢が、水獣の巨顎を避け、首筋に刺さる。
そして、虚空から光の矢が出現。
間髪入れず、同じ場所に複数本が追撃する。
水獣は一瞬のけぞるも、レマリオに向け威嚇。
ついでとばかりに、接近した僕へ向け、その強力な顎で迫る。
僕は、それを盾でいなし、さらに間合いを詰めながらレイピアに魔力を込めた。
レイピアは、美しい白銀の刀身を薄紫のオーラを帯び、その強度と切れ味を増す。
僕を掠め真上を過ぎる顎。
僕はそれを避け、水獣の首筋を仰ぐように斬りつける。
紅い血しぶきは、僕の視界に広がる。
水獣は、それを無視し、体ごと強靭な腕を振りまわす。
しかし、2体1では分が悪い。
レマリオは、サポートするように水獣の横腹に矢を放つ。
2本の矢は容易く刺さり、そして追撃する光の矢。
耐えかねた水獣は、振り下ろした腕を、そのまま地面に着く。
そして、目標を矢の主へと変更した。
体全体で息をする水獣には勝機はない。
僕は、突き出された腕にレイピアの一撃を浴びせ、続けざまに盾をねじ込む。
悲鳴にも似た咆哮が岩壁で木霊する。
水獣は、バランスを崩し倒れ込むも、残る手で持ち応えた。
そして、強引にレマリオを襲う。
彼は、壁へ追い込まれるも、背後の壁を蹴り、天井まで跳躍。
方向を変え対面へ着地すると、間髪入れずに行射する。
紅く染まった水獣は立ち上がり低い声で咆哮。
僕は、レマリオと水獣の間に陣取り、手甲で盾を鳴らし水獣の注意を引く。
水獣は、それに答える様に、その巨顎で襲い掛かる。
僕は、半身になりレイピアを前に構えた。
「ルシア、早く逃げろ!」
レマリオの矢は、水獣の目を射抜くも、その軌道は変わらない。
僕は、巨獣の巨顎を、レイピアで自分の背中側に逃す。
そのまま腕を返し、払う様に巨獣の首を切断。
そこには、意思なく突進する巨獣の体。
そこに、盾を押し出す様に殴りつける。
水獣は、僕の左後方に滑る様に沈んだ。
僕は、紅く血だらけになったレイピアの刀身を素振り清め、その刀身を鞘に納めた。
イメージ通りに戦えた事に心落ち着け、ミーシャとファルネーゼに礼を送る。
レマリオは、僕をリィージィの様に眺め、そして肩を叩く。
「やっぱ強いな。 どうだ、俺の弓も悪くねぇだろ?」
彼の好意に。僕は彼に向き返り、真面目な表情で諭す様に答える。
レマリオは唾を飲み込み、僕へ熱い視線を送っている。
「何度も言ってるけど、僕は男だよ。 悪いけどパーティーも考えてないんだ。」
レマリオは、目を閉じ含むような笑いを浮かべ首を左右に振る。
そして帰路を示し先を行くのだった。
洞窟の入り口で、彼はその長い足をもって僕の行く手を塞ぐ。
そして先ほどと同じことを確認した。
「ルシア、まぁ待てよ。」
「嘘まで行って、俺を避けるなよ。」
「俺と組む事、考え直してみねえ?」
僕は、行く手を邪魔する長い足の下をくぐり彼をあしらう。
その時の彼の表情は少し嬉しそうだった。
その後、僕達は無事アモリウムを採取し、村の帰路へ着いた。
村では、リィージィと頭巾をかぶり背を丸めた者が出迎える。
太陽は、その姿を少しずつ現し始めていた。




