3(91).エルフの村
森は湿気を帯び、冒険者の体力を奪う。
そして、侵入者を拒むように足元もぬかるんでいた。
小さな案内人は、軽快に大地の罠を抜け僕らを導く。
日が西に傾く頃、人の気配を感じる場所に出た。
そこは、何かの力で快適な空間が造られている。
少年は、不安に満ちた表情の侍女らしき人物と話す。
暫くすると会話が終わり、少年は女性に村を案内させた。
村とは言え、規模としては町程には達している。
そこは、人影は無いが視線だけは感じた。
僕は、侍女に案内され、最奥の屋敷へ踏み込んだ。
広間までの廊下には、テキパキと働く使用人。
招かれた広間には、拒絶する視線の嵐。
少年の心は変わらない。
彼の手が、僕達を部屋の奥まで引っ張った。
進む先では、1人の女性エルフが少年に声をかける。
「リィージィさん、見かけない顔がいるようですが?」
「叔母様、僕を助けてくれた方です。」
その女性は、一瞬眉を顰め、少年の言葉に反応するも冷静を保つ。
僕達は、精神を削り続けながら、少年に引かれる。
そして、奥に鎮座する3人のエルフの前に進む。
手前には、ヒューマンの30~40代くらいのエルフと20代のエルフが座る。
そしてその奥には、頭巾をかぶり、背を丸めたエルフらしい者が鎮座していた。
僕は頭をさげ、彼らに礼儀を乞う。
「座っても構いませんか? 何分エルフの礼儀を知りませんので。」
30~40代の男は、手で座ることを促し、僕らへ向け声を発する。
その表情は、硬く他のエルフ達と同じだった。
「よそ者よ、我が子を助けてもらった事は感謝する。」
「褒美は出すが、長居はするな。」
その発言に、隣の若い男は苦笑いを浮かべ、男の発言を諫める。
しかし、彼の言動は、ファラルドよりも軽い。
「義兄上、よそ者とはいえ、リィージィを助けた者だよ。」
「あんまり雑に扱うのは好くないんじゃないかな?」
しかし、30~40代の男は、変わらぬ口調で若い男に返す。
そして、彼はその場の空気を重くし、その場を後にした。
「では貴様がもてなせ! くれぐれも穢れを残すなよ。」
去っていく男に、少年は悲しい表情を浮かべながら、視線を送っていた。
それでも、少年は、表情を戻しつつも僕達を紹介。
その姿は明るく、彼なりに場になじませようと努力する。
大人たちは、一人を除きそれに従う者はいない。
少年から叔父として紹介された若いエルフは自己紹介を始めた。
「この村の族長補佐をするレマリオ・メレフハフマだ。」
「 よろしく、お嬢さん達。」
僕には、彼の爽やかな笑顔が痛い。
首元から聞こえる小さな笑い声も、僕の精神を削っていく。
僕達は、レマリオの指示で泊まる部屋を用意される。
しかし、心休まる空間はこの村には無い様だった。
僕達は、メレフハフマ家の2人にもてなされる。
出された食事は、二人分ある為か、様々な料理が机を賑わせた。
まず出てきたのは、フワフワとした触感の白い腸詰の燻製肉。
ソレに添えられた不思議な形をしたパン。
ラスティは、喜んで腸詰を頬張っている。
その表情に癒されない者はいないが、淑女の姿は皆無。
彼女が酸味のあるソースを器用にどけている頃に次の料理は運ばれる。
それは、じっくり火を通したローストポークと蒸かした芋の盛り合わせ。
その上からは、ビールを使ったソースが色を添えている。
ソースは甘酸っぱく、ほどよい苦みとコクのあった。
僕は、ラスティの皿からジャガイモを避け、その分僕の豚肉をよそう。
彼女の表情は一瞬曇るも、代わりの肉で笑顔を取り戻した。
最後に出された皿は、変わったスープ。
小麦の生地に、ほうれん草と人参を包み、香辛料と一緒に煮込んだスープだ。
食後のラスティは、満足そうに僕のフードの中で丸くなっている。
僕はその後、レマリオとリィージィから、森の外の事を質問され夜は過ぎた。
翌日も、村の外には人の姿はない。
そこにあるのは、昨日と同じで視線だけが鋭く多い。
僕は、リィージィの父の言いつけに従い、村を出る為門へ向かった。
そこには、リィージィが目を輝かせて待っている。
その後ろには、彼を止める雰囲気の無いレマリオが旅支度で控えた。
僕に気づくと、制止する門番を振り切り彼らは駆け寄る。
そしてレマリオは、僕へ依頼した。
「ルシアちゃん、冒険者だよね。 俺から依頼案だけど受けてくれるよね。」
若干図々しいさを感じさせるレマリオ。
その後ろで、リィージィもその瞳を輝かせ、僕を見つめた。
これでは、断る選択は、自分の精神を苦しめるだけだ。
僕は、仕方なく内容だけ聞くことにした。
レマリオは、態度を変え真剣に話し始める。
「俺の依頼は、ある素材を集めてもらう事だ。」
「察してるだろうけど、それは姉さんの薬の素材だよ。」
「それでだ、場所は俺が知っているから一緒に連れていくこと。」
「報酬は多少色を付けよう。 どうかな?」
僕は、その言葉に疑問が浮かんだ。
それは、彼の後ろの少年の成果の事だ。
「昨日、リィージィが集めたあんじゃないのかい?」
その質問に、返ってくるモノは悲しい表情だった。
何でも、昨日の素材は3日分にしかならなかったという。
しかし僕は、その答えに違和感を感じていた。
それは、リィージィの持ち帰ったアモリウムは1株ではない為だ。
一般的な感覚ではアモリウム1株もあれば、中級マナポーションは5個は作れる。
それでも、彼らは薬師の生成作業を見守っていたという。
何を作っているかは不明だが、無駄に使ったわけではなさそうだった。
二人の会話の続く中、飽きもせず嫌な視線が飛び交う。
ソレに嫌気がさすラスティは、フードに入り浸る。
急ぐ旅でもない為、僕は条件を付けた。
その結果、銀貨3枚と宿食事つきで受ける事にした。
条件は、リィージィの同行を認めないことだ。
彼はしぶしぶ村に残り、僕たちに手を振った。




