2(90).悠久の深緑
密生した巨木の壁を、悠久の時を経た、静かな風が流れる。
もう、巨影が引き起こす地響きは近くに無い。
僕は、森の奥に、昔感じた事のある魔力の園を見つけた。
周囲を確認し、慎重に古代の森を進む。
見たことも無い草木が、周りを覆い始めたる。
ラスティは、僕の首を小突き声をかけた。
「ウチの背嚢に植物の本があるから、観てもらっていい?」
「ミーシャがね、変な植物は食べたらダメって。」
僕は、ラスティの指示に従い、彼女の小さな背嚢を開ける。
そして、その容量の大半を占める本を取り出す。
冒険家の手記をパラパラとめくり、目の前の緑を探した。
幾つかのページは、端が折られミーシャの字で"食べちゃダメ"と追記されている。
手記は、小さなの手の跡や爪で捲られた跡がいくつもある。
その事から、ラスティがよく読んでいることがわかる。
僕は彼女に、彼女の求める情報を返す。
そして、勉強している彼女を褒めた。
「葉がハート型のとか、白い筋のあるのは食べちゃダメだよ。」
「ラスティは勉強家だね。」
僕は、彼女の大切な本を小さな背嚢に戻し、彼女の頭を撫でた。
彼女は、満足そうに撫でる手を小さな額で押し返す。
「ミーシャがくれたんだよ。勉強するとレデーになれるって。」
「ラスティ、レディーね。」
「君なら、なれるよ。」
僕は、小さな淑女を再び撫で、太古の森を魔力の園に向かい進んでいく。
鬱蒼と茂る森からは、甲高い獣の声がこだまする。
魔力の園からは、大量に空に散る魔力を感じた。
森を進むにつれ、小さな地響きを感じる。
そして、大気を震わす様な低い唸り声。
近づくにつれ、地響きが強くなり、逆に獣の声は聞こえなくなった。
空が開けると、眼前をアモリウムが覆いつくす。
その空間は美しく思えた。
しかし、震源もそこにあった。
地響きを引き連れる、エルフの少年。
昨日の巨獣に似ているがそこまでは大きくない。
「なんだよ、お前。これは母様のアモリウムだ!」
少年は、数株のアモリウムを抱え、巨獣から逃げ惑っている。
しかし、いつまで持つかは怪しい所。
僕は、ラスティにしっかりと捕まる様に促し走り出す。
ラスティは、巨獣について知ることを話した。
あの巨獣はランドドラゴンの一種だという。
目の前の地竜は、常時二足で少年を追いかけた。
少年は、ジグザグに樹木の間を縫って走る。
しかし、地竜は木々をなぎ倒しながら直線で進む。
僕は、見ていられなくなり、少年に声を飛ばした。
「少年! もっと大きく動け!!」
少年は理解したのか、小刻みだった動きを大きく変える
そして、彼は地竜の動きをうまく誘導し始めた。
僕は迂回し、地竜の前に出る。
そして、松明を大きくゆっくりと左右に振ふる。
それは、昼間でも暗い森の中だ。
炎は、存在感を際立たせ、巨獣の視線を奪った。
「毛無鳥! こっちだ!!」
地竜はその速度を落とし止まる。
そして、こちらを睨み、巨大な口をゆっくり開く。
そこからは、錆びついた鉄を引きづる様な重く甲高い咆哮を響く。
少年は、耳を抑え草むらに飛び込みんだ。
僕は、盾を構えつつ、松明をゆっくり振り、少しづつ移動する。
巨獣は、体全体で炎を追い、ゆっくりと動き出す。
僕は、少年から離れ、開けた空間を探す。
しかし、古代の森に都合のいい場所はそう無い。
暫く走ると、水の流れる音が聞こえる。
僕は、浅いせせらぎの対岸で地竜との対峙を決めた。
水で松明を消し、背嚢の横に下げる。
そして、左手に魔力を集め、地竜の動きを観察した。
目の前の巨獣は、巨大な咆哮を上げ、巨頭を伏せるように下げる。
徐々に加速する地竜。
彼の間合いに入ると、その巨顎を開き襲い掛かる。
僕は、その巨顎を避け、ラスティに声をかけた。
「ラスティ、僕の背から降りて、遠くで隠れるんだ。」
ラスティは頷き、僕を壁にしつつ、背後から迂回し、少年のいる場所へ走った。
僕は、彼女とは逆へ動き、地竜が気づく様に音を立てる。
地竜は、勢い殺すことができず、その顎で大地を抉る。
そして、音の方へ踵を返す。
その目に宿る強い憤りは、咆哮へと姿を変える。
僕は、空間を確認しながら、時計回りで間合いを詰めていく。
地竜は、軸を合わせながら、その体で弧を描く様に、こちらを警戒した。
僕は、地竜の魔力を確認し、手に込めた魔力を調整。
そして、地竜の尾に向かい走り出す。
地竜の頭が僕を追い、牙を立てた。
僕は、掻い潜るように地面を滑る。
そして、彼の足に手を当て魔力を流し込む。
その瞬間、地竜はその巨体を力なく地面に沈めた。
僕は、地竜の腹に手を置き、その息遣いを確認する。
状況が落ち着くと少年は、遠巻きに声を投げた。
「姉ちゃん、ありがと。アダンアルヴェスは死んだの? 」
僕はアダンアルヴェスと呼ばれる地竜は、気絶していると伝えた。
すると彼は、胸を撫でおろし、僕にまたお礼を告げる。
そして彼は、僕の手を引き、彼の村へと誘った。
道すがら、僕は、少年が地竜に追われた理由を聞く。
彼は、母の病気を治す為に薬の材料を探していたという。
その中で、あの地竜に見つかり逃げていたのだそうだ。
彼は、あの地竜についても話をした。
あの地竜は、大地の守り神として村人に崇められていた。
その為、傷をつけると天が怒り村に災いが訪れるのだそうだ。
僕は、ラスティの手記にあるミーシャのメモに助けられていた。
それは、彼女がラスティへ宛てた言葉だ
”無暗に咬みついちゃダメだよ”
暴君が眠る悠久の深緑は、元の静けさを取り戻す。
その深い森には甲高い獣の声が、また響き始めたのだった。




