8.魔窟暴走の中心
「喜べ兵士諸君、街から戦力の追加だ。華もあるぞ!」
若い隊長は、参加した奴隷を兵士たちに紹介した。
ルーファスは、こういう場も兵士の士気を上げるのには有効だと説明してくれた。
戦場には女性が少ない。
何があるわけでもないが、男性兵たちは沸き上がる。
そして僕は、沸き上がられた。紹介の順番も含め何かがおかしい。
若い隊長には、領主からリストと特徴も伝えられているはずだ。
男性兵たちの黄色い声が気持ち悪い。中には女性兵の声もあった。
ダンジョンの攻略はいつも通り、5から6人パーティー単位に分けられ開始した。
僕達4人は、若い隊長とその女性部下と組みダンジョンに潜った。
隊長はルーファスにさわやかな笑顔で質問を投げる。
「ルーファス、君のパーティーは、3人も女性とは、大分好き者だね。」
ライザとミランダは声をあげて笑った。
その横で女性部下は不思議そうな顔をしている。
僕は、ようやく紹介時の意味を理解した。
「隊長さん、アンタは間違ってるよ。ココには俺とアンタを含め男は3人だ。」
騎士たちは困惑する。その視線はミランダに向く。しかしルーファスは首を横に振る。
二人の騎士はライザに向き、目をを丸くした。
その光景にルーファスは吹き出す。
「ルーファス、なぐるわよ。」
その殺気に、二人の騎士はようやく僕に視線を向けた。
マジマジと向けられる視線に照れ臭くなり、顔を赤らめてしまった。
すると女性騎士は、尊いものを見る表情になり、何を考えているのか考えたくは無いほどだ。
僕は、背筋に悪寒が走り、ミランダボ後ろに隠れた。
女騎士は周りの視線を感じとりハッとする。
そして、たたずまいを直し咳払いした。
趣向に難がありそうなパーティだが、僕達はダンジョンを下層へ向けて下っていく。
中層は先行していた部隊が制圧していた。
隊長はすれ違う他の部隊を気にかけ声をかけていく。
隊長への返答は、大体が羨む言葉ばかりだ。
下層に入ると空気が変わる。
どの部隊も緊張の糸を絶やさないようにしていた。
僕はいつも通り索敵を始める。
確認出来た魔力は23だ。内19は討伐隊だと分かった。
僕達はそのうちの1つへ向けて進んだ。
魔力の主に近づくにつれ、圧の様なものを感じる。
そして正面には牛の獣人の姿があった。ミノタウロス(牛頭獣人)だ。
ミノタウロスはこちらに気づくと、態勢を低くし唸り声と共に加速する。
僕達は、前衛3後衛3に別れ縦に長い陣形を完成させた。
3人の男達は一人を残し、ミノタウロスを左右から囲む。
ルーファスは正面で盾を使い、ミノタウロスを洞窟の壁へいなす。
目標を失ったミノタウロスは、バランスを崩し壁へ激突した。
そこに魔力の岩漿が襲い掛かる。
岩漿はミノタウロスをその質量により、壁に押し込んだ。
追撃するように水の塊が岩漿を包む。
その瞬間、辺りを高温が包み激しい蒸気と共に爆発を起こした。
ミノタウロスは洞壁の一部と化し、ミノタウロスとわかる部分は青黒く爛れる。
悲痛を上げるミノタウロスの頭部を若い騎士は槍で貫いた。
それは圧倒的だった。
ミノタウロスは魔法こそ使わないが、その力はアイギパーンの特殊個体を上回るモノがある。
以前の装備なら、いなす事などできなかったであろう。
僕がソワソワしているとライザの鋭い視線が背中に突き刺さる。
腰のあたりに控える拳は強く握られていた。
このミノタウロスからは素材は何も回収できない。
その姿は無残の一言に尽きた。
戦闘を終え索敵すると、魔物らしき魔力は残り1。
その周囲には討伐隊が群がっている。
僕達は階層内を調査した。
この階層には足場が悪く下層と吹き抜けになっている部分もあり危険だ。
吹き上げる風は空洞を反響し、悍ましい叫び声をあげる。
すぐ後ろから、女騎士の悲鳴が聞こえた。
その瞬間僕の足場も崩れた。
「はわわぁ・・んっん、ルシアちゃん、大丈夫?」
僕の落ちた先は岩ではなかった。咳ばらいをし、恥ずかしがる声の女騎士の声が聞こえる。
埋まったかを起こすと、そこに見えたのは彼女の下半身だった。
上半身だったら岩よりましだが、怪我をしていただろう。
彼女に助けてくれたお礼と謝罪をすると、少し赤らめた表情で快くそれを受け入れてくれた。
彼女の名前はフィオレーゼ、魔法職よりの剣士だそうだ。
彼女の上官と同じように希少な存在だろう。
僕が落ちてきた吹き抜けを仰ぐように見ていると、彼女は優しい表情で状況を教えてくれた。
ココは2階層下で深層であることは間違いない。
それはアイギパーンやミノタウロスに遭遇する可能性があるという事だ。
僕達は相談し、遭遇を極力避け上層を目指すことにした。
動く前に索敵をすると意外なことがわかる。
なぜか魔力を感じられない。彼女もそのことを感じた様だ。
彼女から笑みは消え、仕事の顔にわかっている。
「ルシアちゃん、上がる前に調査するよ。魔鉱石があったら教えて。」
僕達は索敵を切らすことなく、階層を丹念に見て回った。
索敵の通り、魔物とは遭遇しない。
しかし、見たことのない物がそこには存在した。
透き通るルビーの様な魔鉱石だ。
魔鉱石は、透き通る青からの濃度が上がる青黒くなる。
そこからさらに紫になり赤黒くなる。これ以上はライザからは聞いていない。
フィオレーゼは、この魔鉱石は魔窟暴走を起こした魔生洞窟からしか採掘されないという。
説明する彼女の顔色は良くないが、覗き込むとその表情は少し和らいだ。
彼女はココが危険だという。
なぜ索敵に何もかからないのか、それはこの階層全体が魔力で満ちていたからだ。
だから、魔力差を感じられず反応が無いように感じたのだ。
遭遇しなかったのは主が階層を蹂躙し上層に向かった体という。
今、僕達ができることはこの鉱石を回収し、次の発生を防ぐことだった。
鉱石は少し高いところにあった。
ちょうど跳ねても届かない。
ぴょんぴょん跳ねていると後ろから、やたらとねっとりとした視線を感じる。
「フィオレーゼさん、手伝ってもらってもいいですか?」
彼女は恍惚な表情で僕を抱き上げ頭を"吸う"。変な時間が流れた。
彼女はハッとし、僕の脇を持ち上にあげてくれた。きっと碌な表情はしていないだろう。
僕はファルネーゼにお礼を言い、採掘を始めた。
かなり大きい鉱石だった為、背中の背嚢はそれなりに重い。
段差からフィオレーゼに背嚢を渡し、次に降りようとすると、両手を広げる彼女の姿が目に入る。
彼女は綺麗な女性だ。
きっと世の男性なら羨むだろう。しかし、あの表情はなんだ。
僕は意を決し飛び込む。
「ルシアちゃん、マジ天使~!!」
翼の無い者にとって空中というのは哀れだ。
彼女のいざないを回避することができない。
僕は、2度目の抱擁と"吸い"を味わった。
この女性は領主と同じ属性なのだろう。
悪い人ではないが・・・僕は、彼女にジトっとした視線を向ける。
彼女の表情は何故か幸せそうだ。
僕達は不思議な空気の中、上層を目指した。