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1(89).境界

ファウダから南へ1隻の砂上船が走る。

風が次第に湿気を帯び、遠くには低木が見え始めた。

ドゥルーガは、船長に停船の指示をだす。

船は帆をたたみ、徐々に速度を落とす。

そして、静かに止まった。


「ルシア、ラスティ、ここでお別れだ。 気を付けて行けよ。」


僕は、ドゥルーガに手を振り、砂上船を下りた。

砂上船は、帆を調整し、元来た砂原に帰っていく。

僕は、ラスティをマントの中に入れ、低木が疎らに生える荒れ地へと踏み込んだ。

砂漠程は乾燥していない。しかし喉は乾く。

都度、水袋を取り出し2人で煽った。

やがて、目の前には、緑に茂水場が現れる。

そこには、獣の姿もあるが、彼らは水の中に入らない。

ラスティは、僕の懐から降りると、ヒョコヒョコと水場へと向かう。

水中には、魔力があるが、まだ遠い。

僕は、ラスティに警告すが、彼女は、知っていると言わんばかりに尻尾を振る。

見た目だけは、静かな場所だ。

僕は、彼女の後に続き水場に向かった。

遠くの対岸では、牛の様な獣が群れを成して水を飲んでいる。

水中の魔力は、そちらへと寄っていく。

一方、目の前の浅瀬でラスティは水浴びをしている。

笑顔で振り返る彼女は、僕を誘う。


「ルシア、冷たくて気持ちいぞ。」


僕は、背嚢から乾いた布を取り出しす。

そして、自ら彼女を引き上げ、包んだ。

今までは、これの作業をミーシャがやっていた。

彼女は、少し足をバタつかせ喜ぶ。

そして満足し、静かに布に収まった。

それでも、彼女は口汚く主張する。


「ウチは、もう3歳だ。レデーだぞ、ちゃんと扱え!」


僕は、彼女の頭を軽くぽんぽんと撫で、着替えを促した。

遠くの対岸では、水を飲む獣に襲い掛かるトカゲの様な水獣。

そこには、命のやり取りがあるが、日常でしかない。

それを証明する様に、鳥すら飛び立たつことは無かった。

僕達は、水場を離れさらに南を目指す。

森も求めて歩く中、首元でミスティーは不思議な話を始める。

それは、魔法使いが、奴隷の女性に条件付で力を与えた話。

最後には、王子と結婚するモノだった。

彼女は話し終えると、僕の首元を叩き質問を投げる。


「ヒューマンの国の話は、奴隷に夢をあげるモノばかりだよね。」

「だけど、獣人の国のモノは、異種間の愛とか友情とか多いよね。」

「なんでかな?」


彼女の言葉に僕は悩んだ。

僕は、ミーシャ程、伝承や民話に詳しくはない。むしろ疎い。

それでも、以前師匠に聞いたことを伝えた。


「ラスティ、言葉はね、その言葉を必要とするからあるんだよ。」

「古代語には、同じ様な意味の言葉が沢山あても、」

「僕達の言葉では、1つしか無いモノもあるんだ。」

「もちろん、逆もあるけどね。」


ラスティは、後ろ足で耳を掻いてい、前足を舐めながら話を聞く。

その動作の中、数回後ろ足は僕の首を数回捉える。

その為か、彼女は謝る様に少し体を寄せるだけだ。

そして、僕の言葉に答えを見つけるように言葉を返す。


「ヒューマンにとって、奴隷に夢をあげることは大事な事なの?」


僕は、彼女の無邪気な質問に困惑した。

分かってはいたが、この質問の先には、社会構造の闇を感じるからだ。

僕は、自身の考えを濁す様に彼女に答えた。


「どうだろうね。僕は獣人の詩歌の方が好きだな。」


彼女は納得しないが質問を止める。

そして、僕の胸元から旅路の先を見つめていた。



次第に緑が深くなる大地。

砂の匂いから草木の香へと変わってく世界は、気持ちを楽にする。

日は既に赤く、西にその姿を隠し始めていた。

僕達は、幹が太く登れそうな大木を探す。

どうにか、日が沈み切る前にはソレを見つけ、その根元で休憩した。

久しぶりの硬い乾燥肉と味のないパン。

気が利いた話題を振れる女性はいない。

それは二人の会話を減らす。

森は焚火の赤を残し、全てを黒で染める。

遠くから聞こえる甲高い奇声、そして木々のざわめき。

ラスティが、それに慣れるまでには時間がかかった。

そんな彼女を僕は、優しく撫でて眠らせる。

悪態をつくラスティを、優しく撫でたミーシャの気持がそこにはあった。

二人旅は、想像以上に体力を酷使させる。

日ごとに昼間の足取りは重くなり、木の根に躓くとさえ増えた。

その為、彼女が森に慣れるまで、昼間もの休憩を多く入れる。

僕達は、20日ほど歩き、見晴らしのいい丘に到着。

その景色は美しく、遠くには山の様な樹木が聳え立っていた。

彼女は、声を上げる。


「ルシア、でっかい木だよ。」


彼女の声は、僕の疲れを癒し、気欲を回復させた。

進むにつれ、緑の匂いに交じり、水の香りと滝の音が聞こえる。

僕達は、つられるように滝を目指し移動した。

進むにつれ、水の落ちる音は大きくなる。

それは、会話すらままならなくなる始末だ。

疲労の中、滝の上に辿り着くが、そこは絶壁だった。

僕は、下へ降りれそうな場所を探す。

しかし、緩やかな場所は大分先の様だ。

ため息をつきながらも道なき道を進む。

幸いなことに、獣は現れない。

数日過ぎ、ようやく崖の下へ回り込む。

そこは、崖の上とは明らかに違う空気が漂う。

僕達は、翌朝から進むことにし、早めに休むことにした。

空が白むころ、ラスティに僕は起こされる。

距離はあるが、確かに大きな魔力を感じた。

僕は荷物をまとめ、土で火を消す。

そして、物陰に隠れ息をひそめた。

魔力の近づくにつれ、大地の揺れと共に地響と樹木が倒れる音が大きくなった。

地響きは、さらに大きくなり、目の前の森を黒く塗りつぶす。

僕達の眼前を覆うような巨体がゆっくりと過ぎていく。

そこには、狼の様に被毛はなく、むしろ羽毛の無い鳥の様な姿だ。

しかしその顔に嘴は無く、ドラゴンの様な頭だ。

圧倒的な魔力を持つ巨影は、鬱蒼と茂る古代林へと姿を沈めた。


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