28(85).貴族の剣術
馬車は、砂漠を抜け荒野に入った。
陽気とは裏腹にその風景は悲壮感を強く感じる。
ファラルドは、僕にこの土地の事を話す。
「ここの地域は、8年前の戦争で失われた国があった場所だ。」
「・・・ルーファス達の故郷だな。」
「今は、ラトゥールとファウダで管理している。」
彼の話では、8年前まではこの土地にラガッシュ王国、ヴァイロン共和国があった。
しかし、10年前にヴァイロン共和国がラガッシュ王国を侵略し戦争が始まったという。
その理由の話は無かったが、2年間の戦争で両国は荒れ果ていった。
戦争末期には、ラガッシュにファルダ、ラトゥールが協力したが、2国は滅亡したという。
ファラルドの表情が暗いことから何か裏を感じた。
馬車での旅は3か月に及んだ。
その中で僕は、新たな剣術を学んだ。
その切っ掛けを作ったのはミーシャだった。
ある時、彼女は僕のフランベルジュだったモノを見て声をかけた。
「ルシア、腰の剣・・・バランスおかしくない?」
僕は頭を掻き、苦笑いで経緯を話す。
するとミーシャは眉を顰め、僕を叱る。
「刀身が無い剣なんて、持ってても意味無いでしょ!」
「もーっ、戦闘になったらどうするの!!」
その表情は、噓をついた子供を怒る母の様に感じられた。
僕は、背を丸めながら謝るしかない。
すると彼女は、優しい表情になる。
そして、ファルネーゼに視線を送りながら一つ提案をした。
「わたしのレイピア、貸してあげてもいいよ。」
「そうだ・・・もし、ファルネーゼに剣技で勝てらた・・・」
「ルシアに・・・あげてもいいかな。」
ミーシャの言葉尻は少し声が小さい。
そして彼女は恥ずかしそうにの僕から視線をそらした。
呼ばれるようにファルネーゼがこちらに来る。
そして、いつもの”吸い”を行う。
その動作は無意識かと思うほど淀みが無かった。
ミーシャもその行動に反応することは諦めて対処はしない。
吸いを終えたファルネーゼにミーシャは耳打ちする。
するとファルネーゼは、悪い笑顔を浮かべ、耳打ちを了承した。
そして、僕に振り返り笑顔で提案する。
「フフフッ、ルシア、良く聞きなさい!」
「王都に着くまでの間、私とミーシャで細剣術を教えてあげる。」
「それで、着くまでの間に私に勝ったら、2つ褒美をあちゃう。」
「一つはミーシャの剣、もう一つは私がルシアを抱きしめる事を控える。」
「どう?」
僕は悩んだが、ミーシャの表情は、この提案に乗り気だ。
しかし、彼女の剣の拵えは悪く言っても、その辺お貴族が持てる様な物ではない。
僕は、彼女にそのことを聞く。
しかし、彼女は返答なく、少し眉を顰め口をへの字にした。
この表情に反論しても良い結果にはならないことを僕は知っている。
僕は、この提案をしぶしぶ飲むことにした。
その日から休憩中は、2人の師のもとで鍛錬に明け暮れ1か月が過ぎた。
ミーシャの声が厳しく飛ぶ。
「ルシア、手首の捻り! 雑になっているよ!」
「もーっ、足も疎か! もっと軸を意識する!!」
今日はファルネーゼに3回殺されている。
彼女たちに習う剣術は、師匠のそれに近かった。
それは、師匠のそれを洗練したような技術。
それはまるで、踊りを踊るかのように振る舞う。
剣先は、常に相手に向け、自分の軸から相手のそれを外させる様に構える。
手首や肘を使い、腕を回し、相手の剣を外へ導く。
そして、左右に円を描くように立ち回る。
それは美しく見えた。
鉈や、フランベルジュで使っていた剣術に比べ、貴族然とした剣技だ。
最初の2週間は、腕のストレッチから始まった。
事あるごとに、ファルネーゼは抱きしめ吸う。
僕はミーシャに視線を送るが、彼女は視線を逸らす。
これが耳打ちの内容なのだろう。
腕が動くようになると、ファルネーゼと組み打ちが始まった。
ファルネーゼの動きは、流石というべきか、伊達に近衛騎士団ではない。
その華麗な立ち回りは、僕に軸を取らせなかった。
ラトゥール領に入ると、ミーシャの表情は少しきつい。
それでも、ファルネーゼから3本に1本は取れる様に成長した。
ファルネーゼは、ミーシャに声をかけ、また密談を始める。
ミーシャは、首を横に振り、ファルネーゼの何かを拒否した様だ。
その後、ファルネーゼから声をかけられた。
「ルシアちゃん、明日の昼が最後ね。」
「先に取った方が勝ち。がんばりさなよ。」
明日の夕刻には、王都へ到着する距離だ
夕食後、僕はミーシャに呼ばれた。
彼女は、ファルネーゼの剣を借り2本の剣を携えている。
そしてファルネーゼの剣を僕にさしだし、構えるように促した。
「ルシア、私と勝負して。」
彼女の表情は真剣で、瞳には強い意志が感じられる。
僕は、彼女の意志に応え頷く。
そしてファルネーゼの剣を鞘から抜いた。
ミーシャは、ソレを確認すると、同じように剣を抜く。
その姿は、初めて見るモノだった。
背筋を伸ばし、重心を後ろ足に乗せている。
彼女は、円を描くように牽制した。
その動作は、ダンスをする様に美しく見える。
金属の擦れる甲高い音だけが辺りに響く。
彼女の剣先は、素早い弧を描き容赦なく僕の喉元を狙う。
僕は、ミーシャの剣先を自身の軸から逸らし、同じようにステップを踏む。
遠巻きにファルネーゼやファラルド、ファウダの要人たちの視線が集まる。
それは、剣術の組み打ちではなくダンスを観覧する様だ。
鋼の旋律が彩る舞踊は堰を切った様に動きだす。
ミーシャは、一瞬間合いを開くように体重を後ろ足に乗せた。
そして、体勢を沈ませ、獣人特有の体のバネを利用し加速。
ミーシャの刺突は僕の体を襲う。
僕は、その鋭い突きを、刀身で合わせ、手首を回しあしらう。
そして、ミーシャの剣先が外に流れる。
そこに勝機が生まれる。
僕の刃は、誘われるように彼女の脇に触れた。
「フフッ、ルシアはやっぱり強いね。」
決着がつき、彼女の笑顔が僕を包んだ。
そして彼女は、僕を抱きしめ、耳元で呟く。
「明日、負けたら怒るよ。」
遠巻きに見ていたファルネーゼも、何故か僕を抱きしめている。
不思議な空間に、観客たちは、あきれ顔で解散していく。
翌日の昼になり、ファルネーゼと最後の組み打ちの時が来た。
ファルネーゼの表情は、少し歪んだ笑顔が浮かぶも、すぐに冷静さを取り戻す。
「フフッ、ルシアちゃん。本気で行くわよ。」
ファルネーゼの視線には、いつもの温かさは無い。
僕は、それに答えるように深い息を吐き、半身に体勢を取る。
開始早々、ファルネーゼの突きが僕を襲う。
しかしそれは、昨日のミーシャに比べれば余裕がある。
僕は、あの時と同じようにファルネーゼの剣先をそらせた。
しかし彼女は、僕の剣先を躱す様に、体を入れ肘打ちを飛ばす。
そして細剣の払いが僕を襲う。
僕は、咄嗟に腕を回し、その払いを刀身で滑らせ避ける。
昨日の舞踏から一転、直線的なぶつかり合いに変わった。
「ルシアちゃんも剣以外に使うよね。」
「戦闘は剣技だけじゃないよ!」
僕は、ファルネーゼの言葉を理解する。
視線をそのままに、遊ばせていた腕を素振りし感覚を確かめた。
そして、ミーシャに視線を送り声をかける。
「ミーシャ、僕の盾を投げて!」
ミーシャは、僕の盾を持ち投げようとするも若干重いようで眉を顰めた。
それに気付き、ヴィシュヌバは手を貸し、僕の盾を投げる。
「ミーシャ、我に代われ。」
「ルシアよ、其方の盾だ、受け取れ。」
ファルネーゼは、容赦ない突きで盾の軌道から僕を遠ざける。
僕は、その攻撃を避けながら走り、盾の軌道に追いつきく。
そして、盾を腕に固定し握りを強く掴んむ。
僕は、ファルネーゼに視線を送り、返ってきた笑顔に同じ表情を贈る。
「ファルネーゼ。ここからが本番だよ!」
ファルネーゼは口元を緩め、魔力の増大と共に加速。
僕は、ファルネーゼから突き出された刀身を、手の捻りで外にそらす。
衝撃で擦れあう刀身からは火花が上がる。
僕は、さらに一歩踏み込み、盾の縁をファルネーゼの腹部へねじ込む。
二人の周りにはその衝撃で砂煙が立ち登る。
ファルネーゼの剣は空中に逸れ、僕の盾は彼女の腹部に寸止めで止まった。
ミーシャは駆け寄り、僕に抱き着いた。
彼女の顔は不安な表情から笑顔で頬は涙にぬれる。
「やったねルシア。・・・私の剣、大切に使って。」
ファルネーゼの表情は、少し残念そうだった。
周りからは大きな歓声と拍手が起こりる。
それは同行するもの以外に、通りがかった旅人たちも交じっていた。
ファルネーゼは髪を整え、僕に言葉を贈る。
「よくやったね、ルシアちゃん。」
「アンタ強くなったよ。 私じゃもう勝てないかな。」
彼女の表情は複雑だった。
それは、称賛するモノと何か裏に含むモノを感じる。
しかし、その言葉には嘘はない。
その日からファルネーゼの”吸い”の頻度は確かに減った。
ラトゥール王都は温かく、麦はまだ青い葉を茂らせている。
僕は2年ぶりにラトゥール王国首都を訪れた。




