25(82).散歩する庭園
ファウダ王国は、海を眺めるハンザ以外は砂の世界だ。
王都を発ち、道なき道を進む一団。
日差しはジリジリと肌を焼き、羽織るマントから蒸気が上る。
山の様な砂地を登り、峰伝いに東を目指す。
日が半分沈む頃には、空が桃色に染まり、遠くの砂原は紫に染まる。
その幻想的な姿は、一行を魅了する。
しかし、それを眺めている暇はない。
僕たちは、急いで天幕を張る。
日は沈み、焚火を残し、全てを闇が覆う。
ミーシャは、僕の隣に座り肩を寄せる。
彼女の体温は以前より少し低い気がした。
反対には、何故かファルネーゼがいる。
砂漠の夜は寒いく、人肌は命を繋ぐ。
一行は、砂漠の生活に慣れ始めると余裕が出た。
日が沈み食事が終わると、ガナパディのリーダーを女性が囲む。
女性からの頼みごとを無下にするものは少ない。
彼は、詩歌をせがまれ、快くそれに答えた。
この時間、僕達も輪に混ざりソレに耳を傾ける。
ガナパディは、その優しく包むような声で風景を見せた。
それは、昔からある伝承。
その昔、たいそう情に深い王がいた。
その王は、妃を残し遠征へ向う。
王は、一人王宮に残した妃を憂い、一心で戦い抜いた。
そして、戦争は王の指揮のもと早期に集結する。
王は、想いを強め、急いで城へ戻った。
そして、そこに待つであろう妃の部屋を訪ねる。
しかし、そこには妃はいない。
王は、城中を探し、最後に離宮の内苑に目を向けた。
すると、そこに妃の姿を見つける。
王は、その姿に絶望と悲嘆の渦に飲み込まれた。
そこには、奴隷たちと痴態の限りを尽くす妃の姿があったのだ。
王は。あまりの衝撃に国をお忘れ、流浪の旅へ一人出た。
数年が経ち、城に戻った王は、妃と奴隷たちの首を刃ねる。
そして、彼は人を信じる事をやめた。
彼は生涯、妻を信じたことを悔み過ごした。
そして世界を呪う。
「破壊の女神よ、我が魂を以って・・・願い叶えたまえ。」
彼の脳裏には、破壊の女神の笑みが浮かんだ。
彼はこれを以って自身の願いが成就したと確信し呟く。
「こんな世界・・・消えてしまえばいい・・・」
女神は、それに呼応し、その都市を消し去った。
そして年月は過ぎ、ある旅人が砂漠を彷徨う。
彼は、絶望の中、揺らぐ都市を見つけた。
それから幾日も、その揺らぎを追いつづけ、ようやくたどり着く。
そこには、ある筈のない都市があった。
彼は、助かったと思い酒場の扉を開く。
「店主、水と食い物をくれ!」
笑みを含んだ彼の声は空しく響く。
そこには、人影はおろか虫一匹いない。
彼は、街の中をしらみつぶしに調査した。
すると王城は莫大な財宝が見つかる。
彼は、離宮の内苑にあった果物で命を繋ぎ国に戻った。
そして旅人は家に戻り、仲間を連れ、またその土地を訪る。
しかし、そこには街はおろか、岩すらない砂の砂漠だ。
数年が過ぎ、国に返ってきたのは一人。
それは、恐怖に歪む表情の気が狂った旅人だった。
ガナパディの男は、悪い笑顔で話を締めくくる。
今では話に尾ひれがついて、人づてに広まっていく。
その都の水を飲むと永遠の命が与えられるとか。
飲んだら最後、その土地から出られなくなると言われている・・・と。
彼の周りの女性からは、明るい悲鳴が上がり、彼に寄り添う。
僕は、隣のミーシャを見る。
そこには、いつも通りの彼女の笑顔がある。
砂漠の夜は、肌を刺す様に寒い。
僕たちは、テントに入り、かたまって寝た。
数日が過ぎ一行の前には、ぼやけて見える街があった。
それは、一行の進む方向と一致していた。
僕達は、誘われるように街へ向かっていく。
皮肉にもその光景は、ガナパディの話と一致していた。
歩けど街は遠くのままで、それは僕たちをあざ笑うかの様だ。
数日が過ぎ、ぼやけた街はその全容を表す。
僕たちは、街に入り、散策してみるも伝承と通り。
そして、街の奥には水源もある。
一行の顔色は様々だ。
それに夢を見る者、それに恐怖する者、それすらも忘れ、疲れに支配される者。
僕たちは、件の離宮で少し休憩をする。
そこには伝承通りの内苑があり、瑞々し果実が実っていた。
僕は果実を採り、3人にソレを渡す。
ファルネーゼには、何故か撫でられる。
体を休めている中で、二人の獣人は、空間の異様さに違和感を感じていた。
僕にもそれは、分かった。
それは、水源に異常な魔力を感じたからだ。
しかし、一行は、疲れで寝始める者がほとんどだった。
その状況を待っていたかのように、水源はその中心に魔力を集め出す。
「ミーシャ、ファルネーゼ、他の人たちをお願い!」
二人は頷き、寝ている一行を起こし、水源から距離を取った。
目覚めたガナパディは、指揮を執り防御の陣を敷く。
ファラルドとダファは、目をこすりながら僕の後ろに付いた。
「ルシア、コイツはなんだ。」
ファラルドから質問が飛ぶも、僕にもわからない。
僕は、頭を左右に振り、眠気を払う。
そして、盾を前に構える。
彼らも同じように、武器を構えた。
一方で水源は形を成し、その姿を水龍へと転じた。
その姿を目にしたダファは、注意を飛ばす。
「嬢ちゃん・・・こいつはミズチだ。」
「こいつは水獣の一種。 水と空気を操るから気を付けろ!」
ミズチは視覚を惑わし、その水を飲んだものは発狂するという。
状況は最悪だ。
僕は、その話にかぶせる様に叫んだ。
「ミーシャ! 水源の水を飲んだ人に革袋の水と解毒剤頼む!!」
僕の予想は的中した。
ミーシャ達が救護していない水夫や砂漠の戦士は、気だるそうに立ち上がる。
そしてミズチを守る様に立ちはだかった。
その表情は、正気のモノではない。
ファルネーゼの声が状況を知らせる。
「ルシアちゃん、そいつ等以外は大丈夫!!」
僕は、ファルネーゼに視線を返し頷く。
そして、正面の狂気した仲間に向かった。
僕は、ファラルド、ダファと共に、武器の柄や刃の峰で次々と昏倒させていく。
単純な様でいて、力加減が難しい。
その上、ミズチは複数の術式を浮かべ水撃を繰り返す。
僕たちは、水撃を弾き、躱しながら、水夫たちとの間合いを詰めていく。
半時ほどかかり、水夫たちは無事昏倒した。
残るは、ミズチのみだった。
しかし、こちらは満身創痍だ。
肩で息をしながら、ミズチを睨む。
そこに不思議な空気がながれた。
それは、戦闘特融の重い空気はない。
それは2人も感じている様だった。
僕は、フランベルジュに魔力を込めながらミズチを凝視する。
そこには、2つの魔力が感じられた。
一つは黒く歪み禍々しい。
もう一つは、ソレに包まれた清らかで温かい魔力だ。
僕は、後方の2人に声をかけた。
「ファラルド、ダファ、僕を守りながらミズチの攻撃を防いでくれないか?」
彼らは、不思議そうな顔をするも頷いて体勢を整える。
僕は、フランベルジュを鞘に納め、盾に魔力を這わせた。
「みんな、行くよ!」
3人は、一つの塊になり、ミズチの猛攻を防ぎつつ距離を縮めた。
水撃は水刃に変り、頬をかすめる。
2人は半身になり、装甲の厚い部分で捌いていく。
ミズチの間合いの中ほど程まで入り込んだ。
すると予想通りの一撃が襲う。
風の壁、そして間髪入れずに強靭な尾が走る。
僕は2人の前に立ち、二人に指示を飛ばす。
「二人共、屈んで!!」
僕は、盾でソレを上方へ逸らし、さらに間合いを詰める。
しかし、それは悪手だった。
ミズチは、その口元に魔力を溜め放つ。
超高圧な激流は、簡単に盾の端を切り飛ばす。
しかし、水の斬撃は方向を変え、空を切る。
間一髪で僕は救われた。
それは、運よく反れたのではない。
後方の2人は、尾撃を避け、距離を詰め、ミズチの顔に一撃を入れていたのだ。
その結果、僕は救われた。
優勢に転じたかに思えたが、ミズチは全身から高圧な空気を放つ。
それは、簡単に僕たちを間合いから排除する。
振り出しに戻され、肩で息をする3人。
そこに、救護を終えた2人も合流。
合流した二人は、魔力で魔力を押さえつける。
僅かな隙に、勝機を探し、間合いを詰めていく。
死闘が続く中、水源からは複数の魔力が現れた。
僕たちは、その光景に眉を顰める。
それは、水精霊ウンディーネ達だ。
しかし、彼女たちからは殺意を感じない。
それどころか、こちらの頭の中に囁きかけてくる。
『お願いです。アプサラス様を解放してください。』
5人全員に声が聞こえているようだった。
僕たちは、表情がわからない水精霊へ頷きを返し、死闘を続ける。
ウンディーネ達も加わり、ミズチの魔法は無効化された。
ファラルドは、僕に指示を飛ばす。
「船乗りと僕で尻尾をどうにかする、あとはルシア、お前が決めろ!」
二人は僕の返事を聞くことなく、ミズチとの間合いを詰める。
そして、迫りくる重い一撃をその体で止めた。
服の上からでも判るほどのに筋肉が浮き上がる。
「嬢ちゃん! 早くやれ!!」
さらに、後方から2人の魔術師は、ミズチを風魔法で拘束する。
ミーシャが願う様に叫ぶ。
「ルシア。アプサラス様をお願い!」
僕は頷き、その巨体へと迫る。
その顎は、躊躇なく僕を襲う。
体をかすめる風圧で、僕はバランスを崩すも、ミズチに取り付いた。
そこで、歪んだ魔力だけを発散させていく。
伊達にアプサラスを蝕む魔力ではなかった。
その間もミズチの首や顎が、僕を襲った。
半刻ほど過ぎ、ようやくその力は弱まっていく。
4人は汗をかき、その表情は疲労に歪む。
僕も彼ら同様に汗をかき、顎による擦り傷で血だらけだ。
それからさらに半刻過ぎ、ようやく歪んだ魔力は消えた。
魔力が消えると、その姿は光に包まれ、美しい水龍人へと変わる。
彼女の口から事のあらましが語られた。
アプサラスは、ある王族に力を貸していたという。
しかし、王族は自身の呪いで邪神に魅入られたそうだ。
ソレを止めようとしたが、逆にのまれ、今に至るのだとか。
彼女は、僕たちに礼を言い庭園についても語った。
庭園は、はるか昔の王の魔力によって作られた水源だそうだ
話すアプサレスの表情は浮かない。
彼女は、ウンディーネ達と庭園を引き連れ、遥か遠くの場所に帰ると話す。
最後に、彼女はお礼とばかりに僕たちに力を授けると告げる。
しかし、4人はソレを辞退。
その反応は、あざやかだった。
彼女は、どこは不満そうな表情を浮かべる。
しかし、辞退したのは4人。
一人残った事を良しとし、有無を言わせない。
アプサラスはそれではと、呆然と話を聞いていた僕に魔力を流す。
それは、頭に響く声の後に感じたモノに似ていた。
僕は、彼女から”水の御法”を授かった。
御法とは、特定の属性を強化したり、術式理解度を高め高位の習得を容易にするという。
しかし、僕は属性を持っていないので使えない。
アプサラスは、僕に告げる。
『どんな水の術式でも理解はできるはずですよ。」
「ん~、そうそう、あなたの行末に幸有らんことを。』
すると街は消え、そこにはどこまでも続く砂漠だけが残った。
肌を焼くような日差しの中、遠くから静かに風が流れ始める。
それは、汗をかいた肌を、優しく撫でるように吹いた。
僕たちは、夢でも見ていたのだろうか。




