23(80).ファウダと女神の教団
マリアルイゼと話をしてから1週間が過ぎた。
僕たちは、何も出来てはいないまま時間だけを費やしている。
2度ほど"シナゴーグ"は開催された様で、うつろな信者はその都度増えていった。
マリアルイゼもその事には心を痛めていた。
しかし他の司祭は、その姿もまた女神の導きとして説き伏せる。
3回目の集会が開かれた後の事だ。
彼女と一部の幹部は、ファウダにある本殿から呼び出された。
その事で、ハンザにいる彼女の狂信者たちは憂い悲しんだ。
僕たちは、ダファの工作と聖女の口利きで本殿への同行を許可されたのだった。
道すがら立ち寄る村や町では、マリアルイゼの施しが行われ同行者は増えていく。
その行列は、彼女自身が女神であるかのように見える程だ。
ミーシャは、その光景に顔を曇らせ思い悩んでいた。
それは人種を越え、共に慕う姿であり、彼女の臨む1つの答えに見えたからだ。
しかし、マリアルイゼも違和感を感じる教団の姿はある。
ミーシャにとっては違和感ではなく間違いでしかない。
教団は、同じ女神の子と謳うが、その実、教徒を食い物にしている。
それは、貴族と奴隷の在り方と何ら変わらない。
目の前の景色が望む姿ではない事を、彼女は心のどこかで理解している。
理想と現実の間で、自身の行いを卑下する姿は哀惜の情にも似た感情を残した。
そして彼女は、自身の無力さに、リヒターの民を想い顔を俯かせる。
ラスティは、僕のフードからミーシャの肩に移り、その首筋にすり寄るのだった。
二週間ほど馬車に揺られながら、村や町を巡りファウダ国都に着く。
城門では、門番たちが厳しい検査をしていた。
それは、ファウダ国民ではないモノには不利な状況である。
しかし女神の教団は、聖母の顔一つで簡単に通過する。
一行は、目抜き通りを凱旋するように白磁の神殿へと向かった。
それを見る人々は、マリアルイゼに向かい跪き手を合わせる。
何も知らない冒険者は、その光景に立ち尽くすばかりだ。
その日は。マリアルイゼたちと共に教団本殿で寝泊まりを許された。
翌日。僕たちは、ダファの手引きで脱出。
時間はかかったが、無事ファウダへと到着した。
ファウダは、大陸の内陸部にある。
そこは、砂に囲まれた都で、そこに住む人々の服装もそれ相応だ。
獣人の国と言われるだけあって、初めて見る人種も多い。
中には鼻が長く、大きな耳を持つ者もいた。
初めて見る姿に呆然としていると、ミーシャは僕に声をかける。
「あれは、象の獣人で、ガナパディっていう種族だよ。」
ミーシャは、彼らの事を簡単に説明してくれた。
この種族は、上背があり力も強い。
特にファウダでは王がソレであり、貴族にも多いそうだ。
僕は、頷きながら説明を聞き、彼らをまた眺めた。
大らかそうな表情からは、その本性は伺い知ることができない。
わかることは、目に見えるその姿だけ。
見える範囲には数名しかいないが、どれも身なりは並以上。
そして、奴隷を従える存在である事だけだ。
僕たちは、数軒の宿を辺り拠点を決める。
ダファは、1人の水夫を使いに出し"仲間"に連絡をつけた。
彼は、"数日時間をくれ"と言うと公衆浴場に消えていく。
やはりカナロアには、この風土は厳しいらしい。
太陽は真上に昇り、その存在感を強くした。
乾いた風が、頬をかすめ不快感を和らげる。
僕たちは、街に出て昼食をとることにした。
食堂に入り席に着く。
店員は、紅茶の様な飲み物と乾燥させた果物を出す。
僕は不思議に思い、ミーシャに質問する。
「僕ら、頼んでないよ。」
「フフッ。 そうだよね。」
「でもこの国じぁ、当り前なの。 来たお客には感謝だって。」
店員は愛想よく注文を取った。
僕は、初めての土地でよくわからない。
ミーシャに視線を飛ばすと、笑顔が返る。
そして、彼女は適当に注文を済ませた。
僕は、目の前にある2つの料理に手を伸ばす。
1つは黒い飲み物で、臭いは芳ばしい中に甘みがある。
ミーシャの顔には含みがある、僕は勧められるがままソレを呑む。
苦みの中に若干の辛みがあった。
そこに薄っすらと甘い匂いが交わる。
僕には、まだ早い味の様だった。
これは、コーヒーの一種だと彼女は話す。
味と説明はともかく、結果は想像していた。
そこには彼女の悪戯な笑顔がある。
残る一つは、既に彼女の皿には無かった。
僕は、安心してソレを口に運ぶ。
干した果物は、ねっとりとした触感でコク深い甘み。
先ほどのコーヒーと合わせると、意外においしく思えた。
暫くして、ミーシャの注文した料理が運ばれ机を埋め尽くす。
そこには豆をふんだんに使ったサラダや、メレンゲ状の何か。
そして焼きナスのペースト、羊肉の叩き、
肉や野菜を薄い生地で包んだパンの様な物が並ぶ。
どの料理もスパイスが効き刺激ある味に顔が緩んだ。
僕の笑顔にミーシャの説明も弾む。
「香辛料はね、特徴的な味も食欲を高める効果が有るんだよ。」
「あと、食べると集中力の高くなって、ぼーっとした頭もサッパリ。」
「それとね、体が熱くなって汗が出るの。でね、汗をかくと体温が下がるんだよ。」
「だから、ファウダは香辛料を沢山使った料理が多いの。」
その説明を耳に入れる客や店員は頷いている。
僕は、嬉しそうに説明するミーシャの姿に安心した。
食事を終え宿に戻ると、ダファ達も戻っている。
僕たちは、彼らと今後の話をしたが、まずは、"協力者"に会うことからだという。
ファウダの夜は、青白い世界幻想的な世界だ。
しかし、その美しい景色と裏腹に寝苦しい。




