22(79).白い港街
太陽は、まだ地平線の彼方にすらその顔を見せない。
会議から2日経ち、僕たちは、日が昇る前から動きだしていた。
爽やかな風の中、水夫たちは、淀みなく其々の作業を遂行していく。
先行し、武装商船団の5隻が1番水路から出港。
僕達の乗るキャラックの甲板をダファの指示が飛ぶ。
「出航だ! さっさと帆をはれや!!」
それに答えるように水夫たちは、錨を引き上げ、巧みな綱使いでマストが張られていく。
そして、僕たちの乗るキャラックは、ゆっくりと桟橋を離れ2番水路から出港した。
今回、ハンザ入港までの動きはこうだ。
まずは、ハンザを臨む海域まで武装商船5艦が進む。
そこで彼らが、護衛船団の注意を引く。
海戦の混乱に乗じて僕たちの船は、ハンザへ入港する。
その後はダファ達に同行し、ファウダ首都を目指す。
太陽は真上を過ぎ、甲板を熱気で包んだ。
それは、釣りをしているだけでも大量の汗で服を湿らせていく。
僕たちは、水夫に頼み水魔法で汗を流した。
そして、ミーシャや女性船員は、先に船室で着替えを終える。
サッパリした表情の彼女たちは、僕たちに声をかけた。
「ルシア、船室空いたよ。 混むから早く行きなよ。」
僕は、釣り竿をミーシャに渡し船室へ急ぐ。
広々とした空間には、まだ誰もいない。
上着を脱ぎ肌着になると、肌着は水で張り付き若干透けている。
暫くすると、コボルトの水夫たちとダファが入ってきた。
コボルトたちは軽く挨拶し、着替えを始める。
しかし、僕の背後からダファが騒ぐ。
「おめえら、まだ女がいるじゃねか・・・」
「種族が違うからって、ちったぁ慎め!」
コボルトたちは、真面目にその命令を聞く様に外へと動く。
その表情は、ニヤニヤし、イタズラじみている。
彼らの後を追う様にダファも退出しようとするが、その足取りに機敏さはない。
僕は、そんな彼らを気にせず肌着を脱ぐが、刺さるような視線が気になった。
首だけ振り返り、ダファに声をかける。
「何? ・・・あんまり、じろじろ見ないでくれよ。」
ダファは、女性経験など疾うにあるのだが、不意な状況に赤面。
一方、水夫たちは、無駄とも思える程にその気配を消して扉の前に佇む。
彼らの表情は、悪ガキそのものだ。
ならばと僕は水夫の期待に応え、振り返り、上の肌着を少しだけ開けさせる。
「堂々と見ればいいじゃないか・・・男同士だよ。」
僕の半裸姿を見たダファは完全に停止。
そしてダファは、小さく呟きながら踵を返し部屋を後にした。
「男同・・士だと・・・強がりを・・・」
「俺を虜にしやがって、この可愛い悪戯妖精が・・・」
部屋を去ったダファをしり目にコボルトの水夫たちは笑い転げる。
そして彼らは、よくやったと親指を立てるのだった。
数日経ち、遠くからは大砲の音が聞こえ、海戦の始まりを伝えた。
僕たちは、女神の信者が羽織る法衣を纏い、それらしく信者に付き従う。
船長代理の指示のもと商船はハンザへ入港。
船着き場では、ハンザの役人らしき人物が待ち構えている。
船長代理は、旅客船として話をつけ乗客を降ろした。
役人は信者を舐めるように見ると顎で指示を出す。
「フンッ、さっさと行け。」
女神の信者は頭を下げ、とある建物を目指した。
目抜き通りは盛っているが、ハンザでも路地へ一歩入ると貧困民の姿が目に入った。
一方で、建付けの良い店ではヒューマンの奴隷たちが使役されている。
ソレを見るミーシャの顔は暗い。
その表情は、王国や帝国でも同じだ。
彼女は、人種の壁を取り払おうと外交に奮闘。
しかしそれは、望む結果に紐づかなかった。
俯き悲し気な表情は、いたたまれない。
僕は、彼女の肩をよせて声をかける。
「精一杯やったじゃないか。これは君のせいじゃない。」
彼女は頷き、僕に頭をあずけた。
ゆっくりと街を進む女神の信者たち。
ソレを拝むように跪く貧民。
僕たちの前には大きな建物があった。
その正面で1人の女性が僕たちをで出迎える。
そして拝む貧民へ声をかけた。
「敬う気持ちを大切にしなさい。人は皆、女神の子なのだから。」
「さあ、あなた達もこちらへ。」
声の主からは、異常な大きさの魔力を感じる。
そして、彼女を中心とした空間に魔力の過飽和が起こっていた。
空間に入った人々は皆、多幸感を味わっている。
ミーシャ達を確認するが、彼女たちも同様に至福の表情。
僕は、ミーシャ達とダファ達に手を当て魔力発散を掛ける。
すると、彼らは正気に戻った。
「ミーシャ、大丈夫かい?」
彼女は、少し怠そうに返事をした。
ダファ達も同様に怠い表情を浮かべている。
魔力を過飽和させた女性は、僕たちを見ることなく皆を建物に誘った。
彼女は、信者たちから聖母様と呼ばれ敬われている。
建物内には広い空間が広がり、そこでは女神像に礼拝が行われていた。
それは、ぼろを着た民に限らず、仕立ての良い服を着た者や、軽鎧を着た者と様々だ。
礼拝が終わると、先ほどの聖母が彼らの前で言葉を投げる。
「無情に耐え、自らを信じ、今を努めましょう。」
「その御法こそ我らの導。苦楽を分ち(わかち)共に歩まん。」
「時の女神の願いを我らの心に・・・」
「さあ、共に歩みましょう、今日の生命を」
また彼女からは、魔力が発せられていた。
しかし、それは無意識に行っているように感じられる。
彼女は、壇上から信者に手を引かれ降段した。
段をゆっくり降りる姿は、強い言葉とは裏腹に不安定だ。
その理由は彼女の瞳は布で隠されているからだろ。
信者たちは、場を移し食事を始める。
それは、豪華などとは程遠く、日を生きる為の最低限であった。
それでも、盲目の聖母は、口元に笑みを讃え信者たちに振る舞う。
僕やミーシャには、その光景が悪には見えなかった。
僕たちは数日の間、信者たちと共に生活をする。
判ったことは、信者たちは、女神ではなく聖母への信仰だった。
それは見えない神ではなく、聖母の人柄と発せられる魔力だ。
その結果、聖母の作る人知を超えた状況に神を見出していた。
ダファ達は、この状況は重く見ていない。
しかし、司祭らしき男らが行う"シナゴーグ"という集会を問題視した。
聞いた話では、集会は第6日の夜に開かれる。
参加には銀貨1枚か、それに準ずる貢物が必要だった。
そこは、時の女神像の元で生まれた姿の男女が入り乱れるという。
空間は、甘く脳を焼く香りが包み、理性と感覚をあいまいにするそうだ。
主催は、甘い香りを放つ大釜からスープを振る舞う。
そのスープは、言葉にできない程素晴らしいそうだ。
その為、財を投げ売ってでも欲する者は後を絶たないという。
しかし、その場には聖母はいない。
僕たち3人は、聖母マリアルイゼと話す機会があった。
彼女は、信者たちの話の通り目が見えない。
しかし、魔力探知に優れ、個別の色の様なモノすら見えるのだという。
彼女の見た目は、ライザより少し年上に見えた。
しかし、その落ち着き具合は、全てを納得させるほどに聖人然としている。
会話する中で、彼女が民を慈しむ心は真実だった。
それは彼女の日々の生活からも伺い知れる
その立ち振る舞いは、全ての種族に対し分け隔てが無い。
会話を重ねる中で、彼女がこの教団に入信した理由も聞くことができた。
彼女は、以前の戦争の最中、村を盗賊に襲われたという。
そこで光を失い、その身も奪われそうになる。
その時、とある人物に助けられた。
その人物は膨大な魔力量で、それは人とは思えない程だったという。
彼は、マリアルイゼに対し優しく、何処か悲し気に言葉を残した。
「苦しくなったら法王庁を訪ねなさい。」
そして、数年が経ち彼女は法王庁を目指し旅をした。
その最中、同じような魔力を見つけ、その者に付き従ったのだという。
それが、女神の信者になるきっかけだったそうだ。
僕は、彼女に魔力操作について質問を投げた。
すると彼女は、個人を見分けられるようになったのは入信後だと語る。
しかし、広域での魔力譲渡については話に出なかった。
ハンザの街は、聖母の優しさに包まれ夜を迎える。
静かな白い街並みは、月明かりに照らされ青白く輝いていた。




