21(78).国を蝕む影と光
朝の陽ざしが強く、蒸し暑い。
それでも窓から差し込む風は爽やかだ。
僕は、風と共に窓から入るラスティの小さな手に起こされる。
彼女とミーシャは、すでに起き、浜辺の散策へ出かけている様だった。
外を満喫し笑顔のラスティは砂まみれ。
僕は、彼女にブラシをかけながらミーシャを待った。
朝と言えども、まだ街は起ききってはいない。
しばらく経ち、外が賑わいだした頃、部屋の外からミーシャの声が聞こえた。
「ルシアー、起きてるぅー?」
僕は彼女の声に返事し、扉がいていることを伝えた。
すると、ラスティが眉を顰め、僕の頭に乗る。
「ハァ・・・気が利かないね。」
僕は、ラスティの言葉に状況を理解し、ミーシャに謝りながら扉を開いた。
そこには、両手に大きな袋を抱え、尻尾を左右に振るミーシャの姿。
彼女から荷物を受け取り机に運ぶ。
彼女の尻尾は、先を小さく揺らす程度に変った。
「ルシア、ありがとね。 ラスティも。」
僕の頭の上では、胸を張り得意げな表情の小猫。
彼女は、器用にバランスを取り髭の手入れを始めた。
ミーシャは、笑顔で袋の中身を出しながら買い物の話をする。
彼女の話では、最初は手提げ袋だったという。
彼女が屋台通りを進むと、様々な店主から声がかけられた。
そして、会話が終わると荷物が増える。
散歩が終わる頃には、太陽は高くなり、荷物も両手いっぱいに変ったそうだ。
そこには、彼女の外交官としての顔の広さが窺えた。
僕たちは、話を聞きながら、多めの朝食を取りる。
海鮮に舌鼓を打ちながら、昨晩の議題になった内容を整理した。
それは、僕たちの乗船した商船のことだ。
現状では、一隻での航行が難しいほどに傷んでいる。
そのために修理に時間が必要だ。
結果、商人達は船の修理が終わるまでこのトルトゥーユに滞在。
僕たちは、それに合わせる他に移動手段はない。
これは、僕たち以外で商船に同乗した者達にも言えた。
その為、この状態に商人は負い目を感じ、午後からダファ達を交えて話があるという事だ。
今の僕達には、待つことしかできない。
しかし、待ち合わせまでは時間があるが、重い腹はやる気を奪う。
部屋には、爽やかな風に乗る睡魔たち。
されるがままの3人は、静かな時間を過ごした。
日は天辺まで登り、その存在感と共に空気を熱くする。
常夏の太陽は優しくない。
僕達は、熱にうなされ目を覚ます。
急いで準備し、指定された建物へ向かった。
そこには、商人達とダファ、そして同乗していた冒険者と女神の信者。
少し間を置き、扉が開く。
入って来たのはデイヴィだ。
「集まったなぁ。では始めてくれぃ。」
彼が椅子に座ると、商人が仕切り話を進めた。
この会議の着地点は、僕たちや同乗した者達をどうするかという事だ。
商人の話では,船の復旧に早くても半月は掛かるとの事。
そこで商人は支払った船賃の半額を返却すると提案。
その上で、復旧まで待てる者は、ヘルネまで送ると約束した。
この提案に対し、冒険者たちはそれでもいいと納得。
しかし、女神の信者の表情は浮かない。
それは、彼らの目的地はハンザであってヘルネではないからだ。
僕達も彼らと同様の考えだった。
世界樹へ向かうには、ファウダを通過する必要がある。
それはヘルネから陸路でも可能だが、時間も旅費も多く必要だ。
どのみち、トルトゥーユにいる以上待つしかないだろう。
悩む3人の姿に、ダファから提案が出された。
「条件はあるが、俺たちがハンザまで連れてってやろうか?」
彼の表情には裏がある。
しかし、罠にハメるような捉えどころのない影ではない。
その姿をデイヴィは無表情で眺める。
ダファは商人に話をつけ、彼らを会議室から帰した。
残ったのは、武装商船団と僕たち、そして女神の信者だ。
ダファは、部下に目配りし、廊下の人気を確認させる。
そして、それが無い事を確認すると話を始めた。
「俺たちもハンザに入りてぇんだよ。そこで相談だ。」
彼は、女神の信者に視線を送り、相談を持ち掛ける。
内容は、ハンザに入るまでは同じ信者として振る舞ってくれとのことだ。
信者は少し悩むも、その話を了承した。
ダファは続けて、これからの動きを話す。
「明後日の朝、新造したキャラックでハンザを目指す。」
「船は3番港だ。準備しておいてくれ。」
女神の信者はソレに頷くと部屋を後にした。
最後に残された僕たちは、武装商船団達の視線にさらされる。
その中の一番強い視線を放つデイヴィは、ゆっくりと口を開いた。
「あんたらぁ、儂らの計画に乗らないかぃ?」
彼の口からは、ファウダの現状が語られる。
それはあまり良い状況ではない。
王家の一部と女神に救いを求めた民衆は、経典を讃え教示した。
人が集まる所には金と権力が生まれる。
その結果、一部の宗教家が権力を伸ばし、国政に入り込んだ。
そして、新たに生まれた新宗教により、国は傾いているのだという。
現状を話し終えたデイヴィは、ため息をつきラム酒を煽った。
場の空気の重さを払うかの様にデイヴィは咳払をする。
そして、ダファに進行を任せた。
「でだ、俺たちは昔のファウダを取り戻すために動いている。」
「アンタらは、戦闘経験もあるだろ? 特にヒューマンの嬢ちゃん。」
「俺たちは戦力が欲しい。 協力してくれねぇか?」
ダファは僕を直視している。
空気は間違いを正せる雰囲気ではなかった。
僕は、そのことを諦めつつ、ミーシャに視線を送る。
彼女は、眉を顰め腕を組み悩んでいた。
彼女は思考を巡らせた後、ダファへ質問を投げかけた。
「ダファさん、ハンザの民の状況はどうなのですか?」
ダファの表情は暗く、返す答えは戦後の旧帝国領と変わらなかった。
現ファウダで恩恵を受ける者は、一部貴族と宗教家の上位層だけだという。
それでも女神の信者は、とある人物の教えに狂信し付き従っているそうだ。
話を聞いたミーシャは、僕に訴えるような視線を送る。
答えは決まった。
僕たちはダファ達の話に乗ることにした。




