20(77).水夫の楽園トルトゥーユ
船は風を掴み、闇に灯る光を目指す。
ファウダ護衛船団との海戦から2日経ち、小さな島が点在する海域に着いた。
甲板では、航海士の指示が飛び、せわしなく動く水夫たち。
船団は、岩壁に空いた洞窟へその進路を取る。
そして、辺りは闇に包まれた。
少し経つと、ミーシャとラスティからは感嘆の声が漏れる。
「うっわー、きれー!」
僕の視界にも洞窟の全容が、少しずつ浮かび上がった。
そこは、入り口から差し込む光を海面が青く反射し、白い岩壁にその色を映す。
進む先には、岩壁に造られた船着き場が設けられている。
船団は、速度を落とし、入港を待つ水夫たちの元へ停泊していく。
僕たちは、ダファの声で青い世界から現実に引き戻された。
「嬢ちゃんたち、案内するぜ。 俺の領地トルトゥーユを!」
ダファが自慢げに胸を張り話す姿は海の男然としていた。
しかし、後方からその頭上に衝撃を与える男の姿。
「オメェのじゃねぇ。 儂の領地だクソガキがぁ。」
それは、オヤジと呼ばれる武装商船団団長だ。
彼は、この島国をスキュレイア国から任させた領主デイヴィ・ジョーンズだ。
彼の領地は、このトルトゥーユの街を含むラトーチュ島全域になる。
その為、武装商船団とは名ばかりに、実質スキュレイア海軍とも言えた。
存在自体に圧を感じさせる団長デイヴィ。
彼の武勇は200年以上前から存在する。
僕たちは、苦笑いで頭を擦るダファにつれられ洞窟港を後にした。
洞窟を抜けると、漆喰でできた建物が立ち並ぶ。
街を彩る植物は、南国色が強い。
陸に上がったばかりの水平たちは、休むことなく交易品の積み下ろしを行っていた。
ダファに続く女性二人は、入港からずっと感嘆を上げるばかりだ。
ラスティは、ミーシャの腕から飛び降り、ヒョコヒョコと辺りを歩き回る。
その行動にミーシャの注意が飛ぶ。
「ラスティ、葉が広い植物には注意して!」
ラスティが、立てた尻尾を少し振り、辺りを一通り嗅ぐと、ミーシャの元へ帰っていく。
彼女たちの行動を笑顔で見つめる僕とダファ。
ダファは、僕に視線を送り、街の一角を指さす。
「アンタは珍しいな。花より食い気かい? ここいらの飯屋はどこもうまいぞ!」
その表情は、男に向けるソレではない。
それでも、その表情は悪意あるモノではなかった。
僕は、風景に感動する2人を呼び、ダファの案内で酒場に入った。
太陽は、まだ上ったばかりだというのに店内は賑わっている。
「若、帰ってきたかい。 いつものでいいか?」
ダファは歓迎され、店や客からも好かれている様だった。
その姿は、ファラルドを思い出させた。
僕たちは、大きなテーブルで食事を待つ。
少し経つと料理が運ばれてくる。
時を合わせるように、武装商船団の水夫たちが入店し席に着く。
彼らもダファの様に歓迎されていた。
最後にデイヴィが席に着く。
そして皆に労いの言葉のかけ食事は始めた。
その場には、上下関係は感じられず、お互いを労い食を楽しんている。
ダファは、僕たちに、航海の話をし気を遣う。
それはヘルネやクーデリアの話。
まったく知らない土地の話は、僕の目を輝かせた。
ダファは、その表情を確認すると僕に声をかける。
「アンタ、このご時世で旅好きとは、面白れぇー女だな。」
僕は、彼の言葉で彼の行動の節々の優しさをようやく理解した。
彼は、僕に酒を勧めるが強引ではない。
周りでは、水夫たちも酒が進み、場の賑わいは最高潮。
すると、水夫の一部が立ち上がり歌を歌い始めた。
「「その海に浮かぶ影♪」」
僕の知らない歌だ。
それは水夫の歌、まるでデイヴィとその船を讃える詩だった。
店全体が心を一つに合唱する。
僕たち3人は、その感情の波に呑まれた。
食事は宴に変り、東の空にあった太陽は西に沈む。
店の一角では、酔いの回った水夫同士が口論を始める。
やがてそれは、殴り合いに変った。
その姿を見るデイヴィの口元は、満足そうに笑みを浮かべる。
その輪は次第に広がり、ダファも混ざっていく。
僕たち3人は、あっけに取られ立ち尽くした。
その姿に、ダファは視線を飛ばし、自身を主張する。
なぐり合う男達の表情に怒りはなく、むしろ、この状況を楽しんでいた。
店主もまんざらではない顔をしていたが、被害が大きくなるにつれ顔色は変わる。
賑わいから騒音に変り、眉を顰める客も現れた。
光景を楽しんだデイヴィは、顎髭を弄んだ後、テーブルにジョッキを強く叩きつける。
「おめえらぁ、十分だろぉ。 少し静かにしろぃ!!」
その覇気ある低い声に、場の空気は一瞬で静かになった。
そして、デイヴィは店主に向かって言葉を投げる。
「おやじぃ、今日の金は全部儂が持つ。」
静寂は一転し、客から歓声が上がる。
その光景は、初めからデイヴィの手の上で転がされていたかの様だ。
元の賑わいに戻った店内で、僕たちは知った顔に声を掛けられた。
「兄さん達じゃねぇですかぃ!」
3人のコボルトは、ジョッキを持ちこちらへやってくる。
彼らは、ヘルネの件で共に事件解決に奮闘した者達だ。
ダファは、彼らの発言に眉を顰めた。
「お前たち、何言ってんだ? なぁ嬢達ちゃん。」
コボルトたちは、お互いの顔を見合い盛大に笑う。
そして、ダファに真実を告げないまま、僕たちに挨拶して別の輪に向かった。
海の男達の宴は、翌朝まで続いたという。




