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19(76).海戦

潮風に鉄錆の臭いが混ざり辺りを包む。

甲板では、水夫とファウダ兵士がぶつかり合い、剣戟が辺りで火花を散らす。


「ミーシャ、僕の後ろに!」


僕は、ミーシャと異臭にまみれたファウダ兵の間に割って入る。

武具は、部屋に置いたままだ。

ファウダ兵は、抜剣し怒りをあらわにする。

ジワジワと詰められる間合い。

僕たちは船首へと追いやられた。


「舐めたマネしやがって。クソが!!」


飛び掛かるファウダ兵は、捕縛目的ではなく殺意の塊だ。

僕は半身になり、それを避ける。

そして、魔力を込めた双掌を突き出す。

ファウダ兵は、一瞬その表情を恍惚とさせた後、泡を吹き海へと落下した。

僕は、ラスティをミーシャに任せ、商人の救援に向かう。

商人は、船長や水夫と共にファウダ兵と交戦中だ。

互いに刃を振るい、その命を主張する。

しかし、腐っても相手は軍人。

ファウダ兵たちが優勢なことは変わらない。

商人達は、船尾に追いやられ、足場に余裕を失くす。

勝利を目前にした者は、時として周りが見えなくなる。

僕は、嫌味な笑顔を湛えるファウダ兵を背後から襲う。

魔力を流し込まれたファウダ兵は、恍惚な表情のままその場に崩れる。

戦況は徐々に対等に変わっていく。

護衛船団長も馬鹿ではない。

この状況を理解する事に時間はかからなかった。

既に悲鳴や剣戟はなく、そこには波の音しかない。

護衛船団長は、船団に指示を出し、脱兎のごとく海へ飛び込んだ。

そして、向かいの船に戻りつつ、叫び命令する。


「砲撃開始!!」


船首方向に控える艦艇から砲弾が降り注ぐ。

船長は、水夫に指示を出し最善を尽くした。


「帆を張れ、取り舵だ!舷側を向けろ!」


ミーシャは、状況を理解し、張られた帆の邪魔にならない位置に風の防壁を張る。

それに合わせるように、一部の冒険者や水夫たちは枷の防壁を強化していく。

一部の砲弾は風の防壁に阻まれ海底へ沈んだ。

鳴りやまない砲撃の中、商船は護衛船団に舷側を向けつつ、逃走経路を探る。

風の防壁を抜け砲撃は、商船の船体を破壊していく。

こうなると僕は、ミーシャ達に魔力を送ることしかできない。

船長は、ミーシャ達に指示を出し、護衛船団に舷側をとる事だけを考えていた。

状況は悪くなる一方だ。護衛船団の方が足が速い。

相手も海の手練れ、商船の前や後ろに動く。

僕は魔力が尽きかけ、立っているのもやっとだ。

そして、ミーシャも魔力に限界を感じ始めた。

その時、一部の水夫達から声が上がる。


「船長、南南西から5隻、船が近づいていますぜ。」


船長は眉を顰め、下唇を噛みつつも望遠鏡を取り出す。

その視界には、武装商船団の旗印と援護を意味する信号旗が映る。


「お前たち、もう少しの辛抱だ!」


船長の表情は苦渋だが、その瞳には光が灯った。

風は南南西から吹いている。

3隻のコルベット艦は、戦場を背後から回り込むように位置を取る。

残る2隻は、砲撃の範囲外に停泊し状況を窺う。

3隻のコルベット艦は、上下2列、計28門の砲門が次々と火を上げる。

そして、その反動で船体を揺らした。

戦況は逆転し、砲撃を受ける3隻の護衛船団。

護衛船団は、商船から3隻のコルベット艦へ対象を変えた。

6隻は、風を読みお互いの船尾、船首へ舵を取る。

ここで、後方に控える2隻の内、1隻のフリゲート艦が動く。

3隻のコルベット艦は、自身を囮にし護衛船団を操る。

その背後を取ったフリゲート艦は3層から成る砲門を開き、その力を見せつけた。

硝煙がフリゲート艦の舷側を包む。

護衛船団の艦艇は、船尾から砲撃を受け反撃することもできない。

1隻は、その船体で2隻を守り、彼らの活路を確保する。

海上には、6隻の船と大破した船の残骸が浮かぶ。

海戦はあっけない形で幕を引いた。



フリゲート艦から渡し板が掛けられる。

船長は、乗船した獣人に頭を下げた。


「ダファ殿、この度の救援有難うござました。」


ダファと呼ばれた男は、武装商船団の副団長だという。

ミーシャによれば、彼はカナロア(蛸獣人)で、

その父同様に義狭心にあふれる者だそうだ。

僕はミーシャと共に、彼の元へ向かい礼を伝えた。


「ミーシャ嬢じゃねぇか。 無事で何よりだ。」


彼は、さわやかに挨拶をするが、やや眉をお顰め、その鼻をつまむ。

そして、魔法の使える女性の水夫を呼んだ。


「アンタら臭せえぞ。 裏で水でも浴びてこい。」


あの時のラスティの嘔吐物の臭いが残っていたのだ。

僕たちは、女性水夫に促されるまま甲板の端へ行き水を被った。

ようやく会話ができる状態になりダファの元へ戻る。

そこには、幾人かの身なりの良い水夫と船長と商人の姿。

話の内容は、現在のファウダと入港予定のハンザの情勢だ。

彼の話では、他国民に対し重い税を掛けるなど、扱いはあまり良くないという。

その原因はファウダ王家にあるらしい。

ファウダ王家の一部は、時の女神を崇拝する団体に加担しているという。

そして、その団体は国政にまで口出ししているそうだ。

結果、近年の重税と、あの軍の在り方である。

船長と商人は、深いため息をつき、ダファに相談を持ち掛けた。


「ダファ殿、私共の船は半壊状態で航行もままなりません。」

「可能であれば、トルトゥーユ港への入港と、資材の提供を願いたい。」


ダファは、二人の懇願に頭を掻き、豪快な笑顔でその願いを聞き届けた。

その時、船長室の扉が開き、上背のある初老のカタロアが入室する。

室内の空気は変わり、水夫たちは礼を取る。

ミーシャもパンツ姿だが、スカートのつまむような仕草で頭を下げた。

状況から位の高い人物だろうと僕もそれに倣う。


「うむ、礼はよい。 おめぇらぁ、体ぁ~大丈夫かぃ?」


ダファは、その初老の大男をオヤジと呼び、状況を説明。

オヤジと呼ばれる初老の男は蛸の足の様な髭をなでてる。

そして、水夫たちに航行の準備に移るように指示を出す。


「アンタらぁ、もう飯は食ったかぁ、一緒にどうでぇ?」


夕日を背に武装商船団は南南東を目指す。

大陸に灯るハンザの光は闇へ飲まれていった。


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