18(75).船旅と護衛船団
空は晴れ渡り、太陽はまぶしかった。
潮の香は心地よく頬をかすめる。
僕は、商船の甲板で釣り糸を垂れていた。
ミーシャは、船長室でお茶をしている。
ラスティは、僕の後ろでソワソワと落ち着きがない。
海上の波は、帆船を弄ぶように、その振動を強める。
水夫たちは、慣れた手つきで、その遊びに付き合っていた。
波を楽しむモノの影には、必ず闇が生まれる。
小さな子猫は、どこからかバケツを見つけ抱えだす。
その背中は可愛く映るが、正面は見れたものではなかった。
これが、ここ数日の日常だ。
出向して数日経つと、僕も水夫たちと打ち解け、会話をするようになった。
「どうだい、あんちゃん。この辺じゃカジキが釣れるんだが、当たりはあったか?」
僕は、彼らの話すカジキは見たことがないし、もちろん当りも無い。
巨大な銀色の魚影は、僕をあざ笑うかのように遠くで海面から空へ飛びあがる。
そして、その体表で日の光を反射した。
水夫たちは、それがカジキだという。
外道だが、糸に魔力をは這わせるも、その素早さには追い付けない。
いつの間にか隣で海を見つめる女性がいる。
白い被毛は太陽と海の反射で美しく輝く。
彼女は希望に満ちた表情で、まだ見えぬ陸地を見つめる。
「ルシア、私ね・・・ルシアと一緒に世界樹が見たいの。」
「ずっと一緒に生きられないかもしれないし、同じ幸せを育めないかもしれない・・・」
彼女の顔は一瞬俯き暗くなるが、また表情を戻し言葉を続ける。
その姿は、悲観するモノではない。
「それでも"初めて"は一緒にできるよね。だから一緒に世界樹が見たいな。」
「初めての世界樹は一緒に見ようね。」
彼女の心を僕は感じた。その想いは僕も同じでありたい。
お互いの気持ちを押し付けるのではなく。
「ミーシャ、一緒に行こう。世界樹へ。」
海は二人の想いを感じ、舟遊びをやめて静かな時間を提供する。
バケツを抱えたラスティは、夕日に染まる水平線を背景に、寄り添う2つの影を見守った。
日は沈み、また日が昇る。
数日が過ぎると、遠くに陸地が見えた。
水夫たちは、それに喜びを見せるも、数隻の帆船に違和感を抱く。
姿がハッキリし、その帆船が獣人の国ファウダ王国のモノだとわかる。
そして、その帆船は2隻が遠巻きに側面を向け停船。
1隻だけが近づいてきた。
「そこの商船、ファウダ王国護衛戦団が入港まで安全を確保してやる!」
水夫たちの表情は重い。
彼らから話を聞くと、護衛とは裏腹に、入港に対して金を要求するだけの名目だという。
それを拒否すれば、後ろの2層が砲撃をするのだそうだ。
僕は、その不条理さに帝国のソレを感じた。
遠くの1隻は商船の前に停船し逃げ場を奪う。
そして、声を上げる1隻は、渡し板を商船につなげた。
僕は、野盗の様にしか見えない光景に苛立ちを感じる。
船長と商人は、乗船した護衛船団長と会話を始めた。
彼ら二人の表情は暗い。
明らかに正当とは考えられない額を提示されていた。
二人の言い分に、船団長はファウダ王国の書簡を提示する。
それでも、二人は臆することなく話の落としどころを探していた。
並行する話に船団長は苛立ちを隠さない。
「商人風情が王の命令を無視するのか?」
「いえ、私どもは提示額に意見したまでです。」
「2か月前に比べ2倍も・・・おかしいではがありませんか?」
「貴様は、どこで商売をしようというのだ?」
商人は提示額を手元に用意はしていない。
その事もあり、提示額に異議をとなえていた。
船団長は並行する話に業を煮やし、商人を殴りつける。
そして、商人を値踏みするよに視線を送った。
「商人、では払えない分は物品で頂く。指定するモノに口出しは無用だ!」
明らかに横暴である。
商人は、船団長の部下に槍をつきつけられ言い返すことができない。
船長も水夫も同様だった。
これでは護衛船団ではなく私掠船団だ。
僕たちは、水夫に連れられ、船倉の奥へ隠れた。
しかし、その努力も空しく護衛船団員に捕まってしまう。
「おいおい、上物もあるじゃあないか! 船長に知らせろ。」
僕は、同じように乗船した者たちと一緒に甲板へ引きづり出された。
周りには、"時の神"に祈る信者達や、駆け出しの冒険者がいる。
「ほぉ、イイ女が多いな。お前たち信者には手を出すなよ。」
船団長は、積み荷に目印をつけ、それを押収していく。
そして、歪んだ笑みで女性や若い男児を見回す。
「団長、こっちの女みてぇな小僧、俺がもらっていいですかい。」
嫌な表現だった。団長は好色そうな男へ同意を返した。
商人は、それに対し異議を唱える。
「乗船する人には手を出さんでください。私の資材ではございません。」
団長は、縋り頼む商人を足蹴りにして、それを無視した。
甲板は、不条理な男達のイビツな笑いと、それを拒否する声で包まれている。
そして、好色そうな男の手が僕に伸びる。
僕は、同様の仕打ちを受けるミーシャに視線を飛ばす。
彼女は、その意を理解し、商人と船長を囲う様に強風を起こす。
僕は、好色そうな男を釣り竿で殴り飛ばし、ミーシャの元へ走った。
そして、ラスティの抱えるバケツを借り受け、ミーシャを掴む男へぶちまける。
辺りは、酸味を帯びた異臭に包まれ、甲板は地獄絵図に変った。
状況の変化に激怒する男達。
空気は殺気を孕み張り詰めていく。
逃げ場のない海上で、僕は打開策を探した。




