17(74).船旅の準備
風景と共に変化する香り。
草木の香は消え、代わりに磯野の匂いが強くなる。
馬車の揺れは無くなり、その速度も下がっていく。
僕たちはクーデリアに到着したのだ。
次の目的地は世界樹。
それは、ミーシャから提案だ。
彼女は、生前のアンリから世界樹の話を聞いている。
それは"きっと"美しく、一度は見てみたいと言っていたという。
その為、彼の気持ちを汲んだところが大きい。
実際、僕も興味はあるが、本心はその樹木ではなく、その地域にだ。
そこには、広大な森林が広がり、エルフの村が存在するという。
僕の心の中には、また師匠への想いが燻っていた。
世界樹周辺は、ヒューマンの国では禁足地とされており、一般では入ることが許されてはいない。
しかし、今の僕には関係が無い。
それは、オルハウルの親書と銀等級がそれを可能にしているからだ。
僕たちは、向かう理由はそれぞれ違うが、目的地は一致していた。
馬車は、クーデリアの停車場に停車。
海から吹き上がってきた風は、ミーシャの被毛をべた付かせる。
それでも彼女の表所は明るく、所作一つとっても動きも軽い。
僕たちは宿を取り、そこから大陸を目指す船を探ことにした。
目的候補地は、西のヘルネか、東のハンザである。
ハンザは獣人の国の玄関口ともいえる港町だ。
エルフの住む森林までは、ハンザの方が圧倒的に近い。
しかし不安もあった。
ハンザが属する獣人の国ファウダ王国は、獣人至上主義である。
パーティーの半数以上が獣人だが、正直安心はできない。
それでも、ヒューマンの船よりはマシだろう。
港では、ミーシャに挨拶する商人や水夫たちの姿がある。
昼になり、僕たちは食堂で情報をまとめた。
現在、波の状態は良好で出向は予定通り行われている。
ファウダ王国はヒューマンに敵対はしないが、きわめて友好的とは言えないという。
そして、国自体が護衛船団と称し、金を徴収しているらしい。
また、継承戦争以降、"時の女神"を信仰する宗教が各地で勢力を強めている。
3人の中では大して議論は起こることなく消去法で簡単に決定。
食事を終えた僕たちは、次の目的地をハンザに決め、港で客船を探した。
「これは、ミーシャ様ではありませんか。ハンザに渡るならお力になりますぞ。」
僕たちのことを聞きつけた、犬獣人の商人がミーシャに申し出があった。
彼女は僕の顔色を窺い、空気を確認すると商人と握手。
商人の口利きで乗船は格安で叶った。
出向は、明日の朝だ。
僕たちは、船旅の余暇を快適にするため、雑貨屋を訪れ釣り竿を購入した。
3人で砂浜をゆっくりと歩く。
前を行くラスティは、時々貝殻や小さな蟹にちょっかいを出している。
ミーシャは、その光景に笑顔が漏れていた。
僕は、ミーシャに手を引かれゆっくりと歩く。
何事も無い良くある時間、これは悪くない。
辺りには同じように、夫婦や家族が過ごしている。
その光景の奥には、場には似つかわしくない集団が街に入って行く。
彼らは話に出た”時の神”を信仰する宗教家たちだ。
以前にファラルドは、"戦争は人の心の寄り何処を作る"と言っていた。
実際に目の当たりにするとそれがわかる。
先導する者の表情は明るいが、連れられるものは不安の面持ちだ。
僕がその風景を呆然と見ていると、ラスティをじゃらすミーシャの声が耳に入った。
「ルシア、堤防行ってみようよ。」
僕は意識を戻し、彼女の提案に乗った。
堤防には、ケットシーの老人が糸を垂れている。
彼は"今日は良く釣れる"という。
僕は、魔力探知で狙いを絞る。
そして澪筋に糸を飛ばす。
ラスティは、ミーシャの膝の上で寝ている。
ゆっくりとしたクーデリアの昼下がり。
ミーシャは、島の昔話を話してくれた。
静かな時間が過ぎ、太陽は次第に海に隠れ、空を紅く染める。
釣りは、時間を楽しむモノだという。
投げ込む場所を変えるも当たりは全くない。
僕は、引かない糸に魔力を這わせ、師匠直伝の"釣り"を始めた。
3人分の海水魚を絡め、それを釣りの成果とする。
釣りを終え帰宅する老人は、僕のバケツを見ながら挨拶。
「兄ちゃん、まだ3匹かい、ホレこれをくれてやる。」
僕は人の優しさに触れ、人種の垣根に疑問を感じていた。
以前にファラルドは、人種の垣根など必要ないと言う。
彼は、貴族や権力者などの上下関係も嫌っている。
僕は、ラトゥール王国からここまで旅をする中でそれを実感していた。
考えを巡らせていると、ミーシャは僕の手を引く。
「ルシア、ご飯食べよ。」
彼女の言葉は、僕の悩みを和らげてくれる。
僕は、彼女に連れられ浜を目指す。
浜に着く頃、ミーシャに抱かれたラスティは目を覚ました。
浜では、数人の家族や夫婦が焚火で海産物を焼いている。
それは、潮風に乗り食欲を誘う。
僕たちも、それを真似て釣りの成果を味わう事にした。
海水魚は熱を帯び、旨味を濃縮した汁が滴る。
それを、行儀無く口へ運ぶ。
そこには3人の笑顔がひろがり、僕たちの好物を増やす手助けになった。
海の夜風は冷たく、僕たちは、少しでも寒さを凌げる様に寄り添って家路に着く。
港町の夜は、ゆっくりと静かに過ぎていった。




