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14(71).成長

僕は、記憶を辿るように、石壁でできた階段を下る。

次第に壁面は、整然とした石壁に代わり、階段は螺旋を描く。

足音は、静けさに寂しさを与え、空間の不気味さに拍車をかける。

ラスティは、鼻を上下に動かし辺りを確かめ眉を顰める。

僕は、石壁の廊下を進むにつれて、その意味を理解した。

辺りには鉄錆の臭いが充満し、精神を蝕み正気を奪っていく。

この空間を僕は知っている。

僕達の眼前には闘技場が出現した。

そこには、惨劇の爪痕がいまだに残っている。

闘技場の中に進むにつれ、嫌な音が静寂を壊す。

水分を孕んだ咀嚼音が、静けさに不気味さを与えた。

ラスティは耳をたたみ、首の後ろに回る。


「ルシア、あれは普通のミノタウロスじゃないよ・・・」


彼女の怯える声は、僕の心にも伝染する。

それでも僕は盾を強く握りしめ、怯んだ心を奮い立たせた。

目の前には、深く赤い巨大な猛牛の巨大な背がある。


「ラスティ、僕から離れて。」


僕はラスティを降ろし、彼女を遠くへ見送る。

そして、バスターソードを鞘から抜き放つ。

ミノタウロスは、首だけむけ斜交いにこちらを睨む。

そして、ゆっくりと向き返り、まだ痙攣する肉塊から刺さった巨斧を掴んだ。

ミノタウロスの片角は既に折れ、代わりに残る角は肥大化していた。

張り詰めた空気はさらにその圧を強くする。

僕は、ゆっくりと時計回りにミノタウロスとの距離を詰めた。

ミノタウロスは視線を離さず、その巨体ごと軸を合わせる。

静かな攻防は、一つの叫びでその均衡を崩す。

肉塊の山から女性の声。

同時に猛牛は、深紅の体毛をたなびかせ、1つの弾丸と化した。

僕は、小走りに横へ動きその軸をずらす。

頭から壁に激突する弾丸は、その衝撃の余波で闘技場を揺らした。

砂煙に浮かぶ顔には、青白い煙が漂う。

それは、静かに振り返り、こちらを睨む。

僕は、息を整え、じりじりと間合いを詰めた。

ミノタウロスは、巨斧の調子を見るように素振りする。

舞い上がっていた砂ぼこりは風圧で消え、斧の真下はその衝撃で抉れていた。

そして、ミノタウロスは、その巨体を静かに沈ませて、咆哮と共に上空へ飛ぶ。

僕は、ミノタウロスの元いた場所へ走り、自分のいた場所に体を向ける。

元いた場所は、衝撃と共に土は消え、闘技場の地肌が抉り出されていた。

僕は体勢を整え、ミノタウロスとの距離を詰める。

まだ振り返らない巨大な背中。

僕は、大上段から両手で持つバスタードソードで斬撃を加えた。

深紅の被毛は紫に染まり、大量の鮮血は辺りを彩る。

傷口は深く血は滴るが、その効果は薄い。

ミノタウロスは咆哮と共に、その巨椀を振りまわした。

僕は盾でいなすが、完全に威力は流せない。

それでも僕は、強引に体を入れ逆袈裟に一撃、そして袈裟斬りにもう一撃。

ミノタウロスの胸部に深い剣傷を残す。

ミノタウロスは、両手で斧を掴み力任せに振り下ろした。

その刃は虚無を切り裂き、大地に巨大な傷跡を残す。

僕は、横に避けながら体を回転させる。

体重と遠心力を乗せた一撃は、ミノタウロスの右腕を跳ね飛ばす。

ミノタウロスは大気を震わす程の叫びをあげ、ゆっくりと後ずさった。

怒りを湛えた表情に、僕の足は無意識に後ずさる。

猛牛は体勢を低くし、こちらを睨む。

お互いに右回りに、ゆっくりと間合いを詰める。

そして巨斧の間合いに変化した。

ミノタウロスは動きを止め、巨躯をさらに落とし込む。

僕は動きを止めず、間合いを保ちミノタウロスの周りをまわる。

片腕を亡くした巨牛は、視線だけこちらに向ける。

ただそれだけでも圧は大きく、武具を握る手は汗ばんだ。

地面を擦る靴の音だけが、闘技場に静かに響く。

僕は、盾を前に半身に構える。

静かな空気は、ぴりつきお互いの精神を削った。

静かな空気は猛牛を動かす。

空気に耐えかねたミノタウロスは咆哮を上げる。

そして、巨斧を振り上げ、砂煙を巻き上げながら突進した。

僕は、その突進を躱し、魔力を剣には這わせる。

すれ違う二人、一方の魔力は急激に高まり、そして小さくなっていった。

巨背から青黒い血を舞い上がらせたミノタウロスは、力が抜け脚を遊ばせる。

意識なく痙攣する猛牛は、地面を滑り壁にぶつかった。

僕は、猛牛の頭にバスタードソードを突き立て、それを沈黙させる。

ラスティは、僕に駆け寄り、僕の脚に頭を擦り付けた。


「ルシア、やったね。 これで依頼は達成できたんだよね?」


僕は、息を整えながら、首を横に振る。

ラスティは、眉を顰め前足で耳の裏を掻く。

そして、その小さな手の爪を嚙んだ。

彼女の気持ちは、わかりやすい。

僕は悩む事をやめ、ミノタウロスを捌くことにした。



鋼の様な筋肉は、まだ柔らかい。

解体が進むと、肉塊の山からゴソゴソと1人の女性が姿を現した。


「アンタが来なかったら、私もアレと同じになってたよ。」


片腕を失った女性冒険者は深く頭を下げ、その場に座り込む。

ラスティはヒョコヒョコと彼女の前に行き何かを交渉している。

そして、背嚢から回復薬と消毒薬を出し、銀貨2枚と交換した。

その光景に、僕は眉を顰め、片腕の女性に包帯を投げ渡した。

解体は終わり、僕は猛牛の肉を焼き始める。

辺りには、芳ばしい香りが立ち込め食欲を誘う。

傷の手当てを終えた女性冒険者は、僕に声をかけた。


「アンタの言い値でいいんだけど・・・」

「どうかな、上まで同行させてくれないか。」


想定はしていた言葉だ。

僕は彼女に目的を話し、彼女の回答を待った。

彼女は僕が戻るまで8階層の入り口で待つという。

僕はそれに了承し、3人で食事を囲んだ。

その周囲には、肉塊の山が無情にも積まれている。

気が休まらない空気でも、僕たちは体を休めるしかない。


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