11(68).獣と獣人
ダンジョンの朝が来た。
鳥のさえずりはないが、一階からは、まな板を叩く音が宿を包む。
僕は身支度を整え、主人に挨拶する。
そして、カウンター越しに料理を頼んだ。
「主人、このコカトリスのオムレットは出来る?」
豹の主人は背を向けたまま、首だけ向け、一瞥して静かに答える。
「あるよ。」
そして朴訥に作業に戻った。
ラトゥール首都の武器屋とは真逆だ。
僕は、店主の背中を眺めながら両氏を待った。
店主はリズム良く料理を進める。
少し経つと、昨日の門番が店を訪れた。
「よう、兄ちゃん、ここの料理、旨いだろ。 ささみのピューレが絶品だぜ。」
門兵は、店主に注文し、僕の隣に掛ける。
彼は気さくにこのダンジョンの情報を提供してくれた。
下の階層は、また真暗な世界が続くという。
彼は、目になる仲間を雇った方がいいと忠告する。
話の中で彼は、僕の様な夜目の利かない者にガイドを斡旋している施設を教えた。
宿の店主は、話の邪魔にならないように料理を置くと、また別の料理に取り掛かる。
門兵は嬉しそうにピューレをパンに付け食べ始めた。
店主の料理は、愛想とは裏腹に繊細で目と舌を楽しませる。
僕は食事を終え、主人と門兵に礼を言い宿を後にした。
地底の太陽はまだ東から上ったばかりだ。
宿を出ると、中央の広場に小さな猫がちょこんと座り日向ぼっこをしていた。
場違いな姿に僕は視線を奪われた。
すると何処からか、小さな声が聞こえる。
「見せもんじやないぞ、ヒューマン!」
僕は周りを確認するも、その主は見つけられない。
首を傾げ、腕を組み考え込んでいると、また何処からか声が聞こえる。
「フフッお前バカだろ。ウチは目の前にいるぞ。」
正面を見ると、先ほど丸くなっていた猫が毛繕いを終えてこちらに歩いてきた。
見た目は普通の猫だ。
僕の足の間を回り、正面にちょこんと座る。
僕は屈んで、無造作に頭に手を伸ばした。
「いきなり触んな! お前、やっぱりバカだろ。」
また声が聞こえ、伸ばした手に爪を立てられた。
僕は、怪我をしてようやく声の主に気付く。
猫は肉球を舐めてからもう一度、語り掛けてくる。
「お前、一人ならガイド欲しくないか? ウチがなってやってもいいぞ。」
僕は目を丸くして、その小さな猫の話を聞くことにした。
彼女はこれでも獣人だと語る。
彼女は僕の周りをまわりながら、獣人について説明を始めた。
獣人は、異種族間でも血の近い種族同士なら子をもうけられるという。
僕は、ミーシャの母たちから聞いた話とは食い違ったことに疑問を懐いた。
正面の猫はその表情を見逃さず、得意げに話を続ける。
子供が授かる可能性はあるが問題があるのだという。
疑問は増えるばかりだ。
彼女は、僕を置いてけぼりに、話を獣人の成長へと変えた。
獣人は生まれて1か月ぐらいはどの獣人も獣の様だという。
それを過ぎるとよく見る獣人の姿に変わるそうだ。
しかし、中には1か月を過ぎても獣の姿のままの者もいる。
それは、異種族間で身籠った場合に起こることだという。
その発生頻度は全体の1割程度でそれ程いるモノでもないらしい。
ようやく疑問は解けた。
彼女は説明を終えると、僕の正面に座り、小さな前足で地面をちょこちょこ叩く。
それを見ていると彼女は耳をたたみながら声を荒げた。
「説明したんだから料金!」
僕は銅貨を1枚彼女の前に置いた。
すると彼女は満足そうな表情で背中の小さな背嚢をおろし、器用に前足を使い銅貨を納める。
僕は彼女の知識に興味を持ち、ガイドの話を聞くことにした。
すると彼女は、ダンジョンから出る為に雇い主を探しているという。
前はヒューマンのパーティーで奴隷の様に扱われていたのだそうだ
そして、ココの下層で雇い主は魔物にやられたらしい。
彼女はこの3層まで必死に帰還した。
しかし、上層を目指す冒険者からは雇われることがなく今に至ったという。
僕は下層に行くことを伝えると、彼女は少し悩み広場を後にした。
銅貨の音は集落の中に消えて行く。
僕は、門兵に教わった施設に行くことにした。
施設にはガイドがそれなりにいるのだが、その反応は良くはない。
最下層を目指すことを伝えると、返答は高額を提示されるか、笑い飛ばされるかの二択。
昼もすぎ、僕は諦めて集落の露天へ食材を求めた。
道すがら、ふと路地に目が行く。
そこには小さな猫を逆さに摘み、背中の背嚢から金を巻き上げる男達の姿がある。
僕は、そのヒューマンの男達に声をかけた。
「かわいそうじゃないか! 離してやれよ。」
男達は眉間に皺をよせ、僕を睨む。
そして僕を確認すると、その表情は薄気味悪い物に変わった。
「ほぉー、嬢ちゃんが、代わりにめぐんでくれるのかい。」
「へっへっへっ金が無きゃ体でも構わんがな。」
絵に描いたようなゴロツキだ。
ぼくは、ため息をつき、手前の男の腹に手を当て魔力を流し込む。
すると男は表情を変えて、そのまま倒れた。
周りの男達は、その光景を勘違いし笑い始める。
「ガハハハハッ、腰がたたねぇほど気持ちよかったんかい!」
「なぁ嬢ちゃん、今度は手じゃなくて、口でしてくれよ」
僕は、無言で倒れた男を通り過ぎ、左右の男達に手を当て急激に魔力を流す。
二人は、泡を吹きその場で痙攣して倒れた。
僕は、残る一人を睨みつけ、剣を抜き殺気を放つ。
「僕は男だ! こいつらを連れて、さっさと消えろ。」
男は仲間を見捨て、消えるように雑踏に消えていった。
その場には、木箱の裏で怯える小さな猫の姿がある。
僕は、小さな猫に振り返り、腰を落とし声をかけた。
「猫さん、ガイドしない?」
小さな猫は、耳の裏を前足で撫で、バツの悪そうな顔をして答える。
「助けてくれた分ならいいよ。でも危なくなったら逃げるからな。」
彼女の頭を撫でると、脚の周りをまわり、脚に額をこすりつけてくる。
僕は彼女を抱え上げ、肩に乗せた。
「よろしく。猫さん」
「変な持ち方するな!・・・ウチ、ラスティ・・・よろしく。」
彼女は、僕の肩から外套のフードに隠れるように入った。
僕は、ラスティと昼食をとり、第四層への階段を目指す。
そこにはまた、闇が広がっていた。




