6(63).想い人の歌
王都から南下し、海に臨む港街ヘルネに到着した。
海には帆船が停泊し、潮風の匂いと海鳥の鳴き声が気分を高揚させる。
僕たちは馬車を下り、1隻の帆船へ向かった。
停泊する船の外壁にはフォンランド家の家紋が描かれている。
僕は船長と話をするミーシャの凛とした佇まいに、改めて高貴さを実感した。
僕の元へ歩くミーシャは少し浮かない顔だ。
今は時化の時期ではないが、夜になると決まって時化るという。
詳しく状況を調べる為、僕たちはギルドを訪れた。
そこでは、見た目から海の男然とした者たちが不貞腐れ酒を喰らっている。
僕たちが受付嬢に時化の原因を訪ねていると、数人の犬獣人が隣接する酒場へ食事に入っていく。
不貞腐れた海の男達は、犬獣人たちに聞こえる様に会話をする。
「時化でこっちはイライラしてんだ。獣が同じ飯を食うんじゃねぇよ。」
その言葉に同意するように、取り巻きの海の男達も煽る様に呟く。
1人の犬獣人は牙を剥き唸るが、周りはソレを諫め無視する様に席に着いた。
僕がよくある光景に気を取られていると、ミーシャは傍らで情報を集めている。
彼女の話では、時化の原因は近海に住むセイレーンの影響だという。
しかし、セイレーンの住処までは距離がある。
その為、近海での時化の原因としては弱く、ギルドでもまだ詳しくは分からないらしい。
それでも、夜になるとその歌声に呼応する様に海が強く時化りだすのだという。
僕は犬獣人から意識を戻し、受付嬢にセイレーンの住処を確認した。
そうこうしていると、隣接する酒場は込み始め、食欲をそそる匂いが辺りを包む。
僕はミーシャを誘い、匂いの元へと向かうことにした。
「今度は猫連れの小娘かい。今日はツイてねぇな。こりゃ時化て当たり前かぁ。」
悪態をつく海の男に、取り巻き達は哄笑で煽る。
ミーシャ呆れたように頭を縦に振る。
僕たちはそれを無視し、海の幸に舌鼓を打った。
食事も終え、ミーシャとセイレーンについて相談していると、犬獣人たちが声をかけてきた。
彼らは、交易でこのヘルネに来ていた獣人国の武装商船団の水夫だという。
そして、出港するためにと同行を願い出た。
その理由は聞くまでも無い。
ヒューマン至上主義にうんざりしているだけだ。
僕たちが意気投合していると、海の男は海に帰れる可能性を感じて言い寄ってくる。
「嬢ちゃん、さっきは悪かったな。 俺たちも力を貸すぜ。 海に出てえからな。」
海の男達は、自分たちで招いたばつの悪さを笑いで隠す。
獣人たちは、その調子の良さにうんざりしていた。
僕たちは、街から海岸沿いに北上していく。
海岸は砂浜が無くなり、荒波で削れた岩礁に変わる。
その一角に海底に続くかと思えるような洞窟が姿を現す。
目的地はあれだ。僕たちは2手に別れた。
それは、一方を残し夜になっても戻ってこなかった場合、ギルドに連絡する為だ。
僕とミーシャ、犬の水夫2人、海の男2人の6人で洞窟に進んだ。
潮の香りはさらに濃くなり、かすかな歌声が聞こえてくる。
その歌声は澄んでどこまでも届きそうだが、何処か寂しく悲し気な響きだった。
洞窟を奥に進むと、その声は次第に大きくなていく。
そして一行は大きな空洞にでた。
そこには複数の巨大なカルキノス(蟹:シオマネキ)が行く手を阻む。
僕たちは陣形を組んで巨蟹に対峙する。
僕はミーシャとペアを組み1体のカルキノスに向かう。
ミーシャは術式を完成させ、カルキノスの巨大な爪を熱閃で焼き切る。
僕はその間に距離を詰め腹下に滑り込む。
そして、体全体で回転を加えた刃で、カルキノスの脚の関節に斬撃を与えた。
カルキノスからは青い透き通った血しぶきが上がる。
ミーシャは、僕と巨蟹の間合いを見計らい、術式を完成させる。
カルキノスは炎の熱線を巻きつけられた。
そして、熱線は先端から連続して爆発して行く。
爆炎に包まれたカルキノスは完全に沈黙。
僕の目には、ミーシャの姿が、海の男達への憂さ晴らしも行っている様に見えた。
何匹か討伐すると、歌声は止み1人のセイレーンが姿を見せる。
「あなた達は、また私たちの村を荒らしに来たのですか!」
「もう共存などどうでもいい・・・許しません!!」
彼女の表情は、戦争で焼け落ち、野盗に襲われた村人のそれと同じだった。
セイレーンから魔力の上昇を感じ、僕はミーシャに視線を送った。
ミーシャは、すぐさま術式を完成させ、風の防壁を生み出す。
セイレーンを中心に大きな水の波が発生する。
しかし、風の防壁に阻まれそれは終わった。
僕は、水夫たちに手を出さないように指示し、セイレーンに声をかける。
「あなたを脅かしに来たわけじゃない。 話を聞かせてくれ。」
僕は剣を納め、戦意が無い事を示し彼女の目を優しく見つめた。
セイレーンは高圧で水玉を打ち出す。
しかしそれは僕の頬をかすり、後方の岩壁に穴をあける。
僕は、ミーシャ達を抑える様に腕を出す。
「僕は、君たちに嘘はつかない。」
するとセイレーンは魔力を抑えカルキノスを下がらせた。
そして、セイレーンは怒りを抑えながら話始める。
1か月前にヒューマンに襲われ、魔法の使えない子供たちを連れ去られたという。
話を聞き、僕はうんざりした。
戦争もそうだが、問題の元をたどればヒューマンに辿り着く。
どれも権力や利益の為だ。
1人や1つの集団の為に国が荒み民は絶望する。
僕はため息をつき、セイレーンに子供を連れ戻すことを約束した。
僕たちが洞窟を出ると、洞窟で反響した悲しい歌が風に乗り海を包んだ。
翌日、僕たちは街で聞き込みして回った。
良い結果が出ないまま、時間だけが過ぎる。
日は沈み、街にもセイレーンの歌声が悲しく響く。
その歌声に、ミーシャと犬の水夫たちは耳を動かす。
そして僕に告げた。
彼女たちは、この声の主が洞窟のセイレーンとは違うと。
僕は、ミーシャ達の案内で声の出所を目指した。
そこには巨大なテントがあるが奴隷商ではない。
テントの外には様々な獣の檻があり、看板には見世物小屋と書いてあった。
テントに入ると、ガラの悪い男が無表情でこちらに来る。
「お客様でごさいますか?・・・ではないようですね。」
「街には届け出は出してあったはずだが・・・営業妨害ですか?」
そして男は部下に指示を出す。
部下たちは槍を手に僕たちを囲う。
男はミーシャを値踏みするように見ると、彼女の素性に気づく。
「ほう、フォンランド家のご令嬢ではありませんか。」
「そうですね・・・これは多額の請求ができますね。」
彼は話ができる相手ではなかった。
僕たちは武器を抜き、彼の部下たちを対処していく。
大した戦力ではなかったが、男は想定していたかの様に1つの檻を開けた。
「大損害だよ。あいつらを殺れ、キマイラ!」
巨大な檻からは低い唸り声が聞こえた。
特有の獣臭さが辺りを包み、空気が張り詰めていく。
そして闇の中から大木の様な獅子の腕が空間を切り裂いた。
海の男はそれを避け、もう一つの大木に斧を突き立てる。
ミーシャは、闇の中の2つの光が何かを理解し叫ぶ。
「下がって!」
海の男達は反応できない。
尻尾の蛇頭は鋭い牙を剥き、一人の水夫を襲い丸のみにする。
悲鳴を上げる海の男、しかし現実は無常だ。
突風が吹いたと思った瞬間、水夫の上半身は消えた。
残る海の男は、事態の異常さに気づき後方へ下がる。
山羊頭は甲高く嘶き、魔力を解放する。
キマイラを中心にイナズマの衝撃波が辺りを包む。
僕とミーシャは距離を取り、それを躱した。
キマイラの足元から海の男は急いで走るも光に包まれる。
「さっさと走れ、毛無猿!」
犬の水夫が男を抱え、衝撃波から退避する。
男の顔には血の気がないが戦意は失っていない。
「すまない、獣人の水夫・・・ありがとう。」
彼らはお互いに名前を言い合い、彼らはお互いを認め合った。
同じ海を生きる物同士、認め合えば連携も容易い。
犬獣人3人と海の男は、タイミングを見てキマイラに斬撃を与えていく。
僕たちもその流れに乗る。
ミーシャは術式を完成させ、爆動索でキマイラを爆炎で包む。
海の男と犬たちは、獅子を牽制し、その意識を釘付けにする。
僕は、爆動索で混乱する蛇頭に飛び掛かり、根元を大上段から斬撃を加えた。
熱せられた鱗は簡単にはじけ飛び、赤い鮮血を舞い上がらせる。
着地と同時に逆袈裟に切り上げ、残りの肉を切断。
地面には爆動索で弾け飛んだ山羊頭と蛇頭が転がる。
水夫たちは獅子の腕を避け、その爪を斧の斬撃で飛ばしていく。
獅子の顔は歪むも、喉の奥に熱をため込み一息にそれを吐き出す。
高温が辺りを包む。
ミーシャは僕に目配せする。
僕はその意を理解し、キマイラの正面に陣取り炎を誘う。
キマイラがまた喉に炎を溜めた。
瞬間、ミーシャの魔力がキマイラの口内に押し込まれ、巨大な爆発を巻き起こす。
辺りにはキマイラの肉片が飛び散り、その巨体を沈めた。
見世物小屋の主人は膝を落とし、悲痛の叫びをあげた後むせび泣く。
僕たちは、小屋の奥から聞こえる歌声の主を探す。
数人のセイレーンの子供が見つかった。
夜が明け、事態は公になる。
時化の原因であった見世物小屋の主人は、漁業組合から訴えられた。
時化が収まり、漁港の関係者は安堵し漁港は動き出す。
全てが終わる頃には、街のヒューマンは獣人たちに少しずつ寄り添う様になっていた。
僕はミーシャと街を歩く。
隣を歩くミーシャの笑顔は、街の光景に希望を感じているように映った。
人の流れの中で、僕は予想しなかった光景に心を奪われる。
風になびく白銀の髪、そして浅黒い肌。
僕の足は、その人物を追いかけた。
街の角を曲がり、人影は岸壁へ向かう。
人混みで思う様に進めない。
それでも必死にソレを追った。
岸壁につくと、透き通るような声で不思議な詩が聞こえてくる。
僕は声の主を探す。
そこには、銀髪の黒いエルフが竪琴を片手に唄を奏でていた。
黒いエルフは目を細め、首だけ向け斜交いに視線を飛ばす。
その雰囲気に師匠のそれを感じた。
「唄はイイね・・・その心の揺らめきは、君の想い人かい。」
黒いエルフは僕の心を覗くように言葉を続ける。
「見える詩は、その者が望んだ詩しか見せない。」
「君の物語は君だけのものだよ。」
強い風が吹き、僕は目を閉じたじろいだ。
そして風が止み目を開けると、そこには黒いエルフの姿はもうなくなっていた。
少し経つと遠くからミーシャの声が聞こえてくる。
「もー、呼んだのに。 どっかいっちゃうんだから!」
僕は、白昼堂々狐につままれた気分になる。
それ以降僕は、黒いエルフが残した言葉の意味を考える日々が続いた。




