5(62).旅支度
僕は、フォンランド家の王都邸宅にいる。
現在の家主は、荷造りに忙しいかった。
獣人だからと言っても、女性であることは変りない。
侍女たちと共に、たくさんの衣装をトランクに詰めていく。
日が落ち家々からは夕餉の香が漂う頃に、ようやく馬車に積み終わった。
僕たちは明日の早朝に王都を発つことになっている。
ミーシャは使用人と話をつけて僕の手を引き街に出た。
彼女は僕にお願いをする。
「ねぇルシア・・・"ピンクのユニコーン"に・・行ってみたいな。」
僕はそんなことかと彼女の手を引き店に向かった。
彼女の恥ずかしそうな言動は僕にはよくわからない。
それでも、嬉しそな彼女の表情に僕は心躍らせる。
いつも通う石畳の道は、思いの他短く感じた。
店の扉を開けると心地良い鈴の音が店内に鳴り響く。
「いらっさいませ~、ってルシアかよ。」
口汚い店員に出迎えられ、ミーシャは眉をしかめた。
接客した店員はフィンといい、気が知れるとこうなる。
別の給仕のアーニーとは対照的で、背丈が高く活発で楽天的な女性だ。
僕の背後では、アーニーから真面な接客をされミーシャはホッとしていた。
カウンターの奥からミランダが出で来る。
「あら、ルシアいらっしゃい。今日はかわいい子連れてるわね。」
僕はミランダにミーシャを紹介し料理を注文した。
ミランダは、ミーシャに食べられない食材を聞くと僕に耳打ちする。
「ダメよ、ちゃんとしなきゃ。 ヒューマンには良くても他種族には毒もあるんだから。」
僕はソワソワするミーシャに謝り、ミランダたちの事を紹介する。
彼女は、話の内容に合わせ彼女達を見ていた。
そうしていると、ミランダが料理を運んでくる。
「今日は特別よ! ルシアちゃんの彼女にプレゼント。」
ミランダは、ミーシャの前に料理とケーキを置く。
そして楽しんでと言い残しまたカウンターの奥へ消えていった。
ミーシャは赤面し、そしてキョロキョロ周りを確認してから僕を見る。
「彼女だって・・恥ずかしいね。 私、ヒューマンにこんなされたの初めてだよ。」
彼女は少し俯き涙ぐんでいる。
僕は彼女の発言と表情に恥ずかしくなり、彼女の顔を直視できなかった。
だからだろうか、僕は噛み気味に彼女に声をかける。
「さ、冷めちゃうから食べよっか。」
彼女は小さく頷き食事を始めた。
その所作は貴族然として洗練されているが、いつもより小さく小分けにしている。
食事が進むにつれ静けさは無くなり、いつものように会話が始まった。
その光景を遠くからミランダ達は優しく見守っている。
僕たちは食事を終え、ミランダに挨拶し店を後にした。
「ルシアちゃん。気を付けて行ってきなさい。」
「それと、ミーシャちゃん頑張るのよ! あたしは応援してるわ。」
ミーシャは顔を赤らめ、ミランダに頭を下げた。
町の明かりはミーシャの表情を隠す。
家々の光は、彼女の被毛に反射しキラキラと輝き美しい。
彼女を邸宅まで送り、僕は町へ戻った。
武器屋の通りは今しがた金音が鳴りやみ、日常を取り戻しす。
僕はミーシャを送った足で、武具屋のオヤジを訪ねている。
相変わらず客足は感じられないが、それなりに儲かっているようだった。
「おう、おめえか。できてるぞ。」
僕は発注していた剣を受け取りに来ていたのだ。
オヤジはカウンターを開け、僕について来るよう促す。
オヤジに促されて店の中庭へ通された。
僕はオヤジから出来上がった剣を渡される。
「調整してやっから、そいつを切ってみろ。」
オヤジが示す先には、鎧を付けた案山子がある。
僕は、渡されたバスタードソードを鞘から抜き素振りした。
刃渡りは僕の体にちょうど良く、片手でも楽に振れる。
それは、拾った物とは比べ物にならない程しっくりきた。
僕は実践をイメージし、案山子を盾で軽く殴る。
そこから、袈裟斬りし、横薙ぎに払った。
案山子の鎧は盾の衝撃で少し上に浮き、2連の斬撃で鎧は4つに分かれる。
「おまえ。可愛い顔してやるじゃねぇか。」
オヤジは僕の肩を強く叩き称賛した。
そして、提案してくる。
「この盾よりもっと攻撃的なヤツがいいんじゃねぇか? ちょっと待ってろ。」
腐っても鯛だ。オヤジの商人魂と育成魂に火がついてしまった。
オヤジは少し大きめだが、表面に曲線を持つ先の尖った楕円型の盾を机に置く。
挑戦的な表情でオヤジはその盾を勧める。
「これは少し重いが、おめぇの戦い方には合うんじゃねぇか。 なぁ?」
"なぁ"ではない。こういう時のオヤジは正論だが、とことんしつこい。
そして、この"なぁ"は同意を求めるものではなく”買え”である。
僕は、オヤジとのやり取りを飛ばし、値段交渉をした。
剣と盾で、銀貨20枚だった。
予想外の出費だが、安心を買ったと思えば安いはずだ。
オヤジの暑苦しい笑顔を後に僕は宿に戻った。
翌朝、フォンランド邸宅へ僕は向かった。
早朝の王都は涼しく、気持ちのいいモノだ。
館ではミーシャが馬車の前で待っている。
彼女もまた旅の装いだ。
彼女の毛色にあわせ水色を基調とした姿。
僕は彼女の装いを褒める。
すると彼女は顔を赤く染めながら、僕の手を引き馬車に誘う。
僕はフォンランド家の馬車で王都を後にした。
王都を囲う様に黄金色に実った小麦は、その穂を風に遊ばせている。




