3(60).王族の想い
僕たちは、貴族の館に潜入する為、彼らが住む街で聞き込みをしている。
街は、戦争が終わったというのに重苦しい空気が支配していた。
大通りは出店は無く、商店を訪れる人影もない。
そこは、ただただ閑散としていた。
一歩路地に入ると、生気なく壁に背を預ける者や、いやらしく大通りを覗く野盗のような男達。
彼らは、すれ違いざまに体をぶつけてくる。
「イッテテッ!アーイテェヨ!」
彼らは僕たちを囲み因縁をつける。
しかし相手が悪かった。
ぶつかられたのはレドラムだ。
彼は朝の件から重い空気を放ち近づきがたくなっている。
レドラムは、ヘラヘラと煽る取り巻き達を一瞥し、必死に痛がる演技をする男を無言で睨みつけた。
彼から放たれる空気は殺気へと変わり、レドラムの行動すべてに恐怖を付与している。
レドラムは倒れる男に無表情で手を差し出す。
その無言の圧力に、演技する男は演技を止め土下座し自分の存在を謝った。
「イッテ・テ・・いてくありません。・・・生まれてきてすいません!!」
僕たちは彼のお陰で、野盗の様な集団から、街の実情を聞き出すことができた。
野盗の話によると、村人の話と齟齬は無く、むしろ問題を増やした。
その結果、僕たちはこの街でも深く落胆する。
それはここの貴族は、王国王妃と第三王子を匿っていたのだ。
ファラルドは、この件の厄介さに頭を抱えている。
山賊の情報から、僕たちはその貴族の屋敷に出入りのある商人の元に向かった。
「いらっしゃいませ・・・どういったご入用ですか?」
店の番頭は、店に入る僕たちを値踏みするように視線を向ける。
一通り値踏みした彼は、カウンターの奥に控える丁稚に目で指示を出す。
そして、ファラルドの元まで進み頭を下げた。
ファラルドは揉み手する番頭に、いつもの表情で店主との対談を要求する。
番頭は僕とミーシャに視線を送り、何かを理解したように頭を下げ店の奥に消えていく。
ファルネーゼは商品を手に取り眉を顰めていた。
商店に置かれる商品はどれも質のわりに値段が高いことは明確だ。
少しすると番頭が戻り、店の奥へと案内された。
通された部屋には、脚を組み椅子に深く座る男が紅茶を啜る姿がある。
「これはこれは、高名な冒険者とお見受けいたしますが、なに様でございましょう?」
店主はファラルドの顔を見ても、その言動は変わらなかい。
ファラルドは、貴族の名前をだし、僕とミーシャそしてファルネーゼに視線を飛ばす。
主人はその意を察し、ファラルドの話に乗っていく。
店主その表情は大きくは変わらない。
しかし口元はいやらしく歪んでいた。
商人は話をまとめると、入り口に控える使用人に指示を飛ばす。
「踊り子の衣装を3つだ。」
「ファラルド様、明日までにはご用意できます。」
「ご用意できましたら使いを向かわせますのでよろしくお願い致します。」
商人は席を立ち、ファラルドに深く頭を下げた。
僕たちは使用人に促され店を後にした。
今回の作戦はファラルドが商人として貴族の晩餐に入り込む。
その際、踊り子の貢ぎ物として僕たちが用意されたわけだ。
僕は状況を理解したが納得はしなかった。
翌日の夕方、僕は一室で二人の踊り子の論争の的になっていた。
「ミーシャ退きなさい! ルシアは胸がないからいいんじゃない! 詰め物なんて外すわよ!」
「ファルネーゼ! アンタ、また理由を付けて、ルシアの体触るつもりでしょ!」
一方は正論を飛ばし、もう一方は締まりのない顔で僕に迫る。
そして、扉を挟んだ先からも激しい物音と男達の叫びが聞こえた。
「ファルネーゼよく言った! 胸など不要! 願わくば、俺にも拝ませてくれ!」
「レドラム、気を確かにしろ!」
僕はこのパーティを作ったファラルドを呪った。
ミーシャが事態を物理的に納めたことでメスの獣は落ち着きをみせた。
僕は、部屋の外で欲望の獣を抑える男に、死んだ魚の目を向ける。
ファラルドは、それを察し苦笑いで詫びを入れた。
夜も更け、僕たちは貴族の晩餐に招待された。
僕達は、ファラルドから教えられた”それらしい動き”で場には違和感がない。
場は温まり、貴族は酔いが回り呂律が怪しくなる。
僕達は用意していた魔導具を使い、その場を惑わせ3人の幻影を映し出す。
そして晩餐の場から僕たち3人は離れ、隠しておいた武具を纏い屋敷内を探索する。
そこには、獣人国との人身取引の書類や王妃の書状が見つかった。
僕たちは、証拠を別の場所に隠し、さらに探索を続ける。
貴族の書斎から"離れ"へと続く渡り廊下には2人の私兵が道をふさぐ。
ファルネーゼは引きつった笑顔で二人を誘惑する。
僕とミーシャは彼女の影から、兵士たちを襲い、彼らを渡り廊下から谷底へと消した。
”離れ”には地下へ続く階段があった。
僕が先頭で降りていくが、ミーシャを挟んで嫌な視線は続く。
地下からは、女性の悲痛が響きわたる。
僕たちは、石材でできた冷たい通路を進む。
左右には座敷牢がいくつもあり、縛られた女性や女性だったモノの成れの果てがそこにはある。
そして奥からは、男性の歪んだ笑いが女性の悲鳴に交じり聞こえてきた。
「そうだ、啼け! ゲッヘッヘ、その表情たまらんな!」
僕は、扉を蹴り破り武器を構えた。
そこにはロープに縛られ、吊るされた裸の女性と、ソレを拷問攻めする男の姿があった。
「なんだ貴様らは・・・私は領主だぞ!・・意味は分かるな。」
僕は、ミーシャ達に女性の解放を頼み、領主と対峙した。
領主はニヤニヤしながら隣の牢を開け、何かに繋がれた鎖を引っ張る。
「私にたてつくのか? フフフッ、では実験の成果でも見てみるか。」
牢からは、見上げる程大きい継ぎはぎだらけ生物が呻き声をあげ現れた。
領主は、鞭に魔力を込め生物に打つける。
生物は、甲高い悲痛をあげ僕を襲う。
僕と生物の間合いは一気に狭まる。
僕は、半身で盾を構え、刃渡りの短いバスタードソードを握る手に力を籠めた。
生物は無造作に腕を振りまわす。
腕は空を切り、勢いを殺すことなく石壁を破壊する。
領主はその破壊力に高笑いを浮かべ、もう一度生物を鞭打つ。
僕は、生物の攻撃を盾でいなし、繰り返される攻撃を躱し勝機を窺う。
繰り返される生物の悲痛の叫びは、僕の心を締め付けた。
僕は、バスタードソードを鞘に納め、左手に魔力を集中させる。
生物から繰り出された拳を盾でいなし懐に潜り込む。
そして、左手を生物の胸に当て魔力を急激に流し込んだ。
生物は悲痛から解放され、静かに息を引き取り、その場に崩れ落ちた。
後ろに控える領主は、ミーシャ達に取り押さえられロープで縛られている。
僕はミーシャにファラルドたちへ連絡を頼み、冷たい通路を進んだ。
階段を上がりると嫌な声が聞こえてくる。
権力者という者は業が深い。
建物は甘い香りが充満していた。
僕たちは、声の元へ向かう。
扉の向こうからは、若い男の声とその声を推す様な声、そして件の悲鳴。
僕は、ただならぬ状況に足を急かした。
扉をあけ放つと、甘い香りは一層まし頭痛を引き起こす。
ファルネーゼは表情を一変させ、風魔法で窓ごと空気を吹き飛ばした。
「ルシア、嗅いじゃだめ! 当てられるわ!」
僕は彼女に視線を送り頷く。
そして、全裸の女性に、馬乗りの様な格好で殴る少年を蹴り倒す。
それを目の当たりにした女性は、悲鳴を上げ僕を罵倒する。
「キィーー!!妾のチャールズになんてことを・・・この知れ者が!」
僕は、女の言葉を無視し少年の首を掴みそのまま壁に押し付ける。
少年は、自信に満ちた表情で状況を理解せず提案をした。
「クッ、フハッ・・君も可愛いな、僕の女になりなよ。僕は王子だ。」
僕は、自称王子の頭を壁から少し引き抜き、首を支点に、もう一度壁に激しく返した。
後方から響く女のけたたましい罵声は、ファルネーゼにより沈黙へと変わる。
少し経つと、貴族たちを制圧したファラルドたちが部屋に入った。
そこには、ファラルドたちに連行されている身なりのいい騎士もいる。
騎士は僕と自称王子をみると、激昂し僕に向かい剣を突き立てた。
僕は王子を放し体勢を整えるも、その剣閃に間に合わない。
赤い血が舞い上がり、辺りは騒然とした。
僕の前にはルーファスの様な背中があった。
レドラムだ。彼が僕を守ってくれた。
彼は僕を見ると、優しい笑顔で呟く。
「大丈夫か。フフフッお前は俺が守る。」
「好きな相手の為なら、このくらいどうという事はない・・・」
彼は笑顔のままその場にで気を失った。
騎士はファラルドによって取り押さえられる。
僕は、レドラムに感謝したが言葉の真意を理解した。
彼は感情の制御ができないだけで、元からロリコンだったのだ。
僕は妙な感情に苛まれた。
しかし、それ以上に目の前でいたぶられていた浅黒い肌の女性に師匠の面影が重なる。
心の中にしまった筈の感情が、また顔を出し始めていた。
混乱の中、ファラルドは場の収拾をつけていく。
2日後王都より応援が到着する。
調査の結果、渦中の王妃と王子は本物だった。
貴族や領主は奴隷取引法違法で王都へ連行。
数か月後、王妃と王子は国家転覆罪で斬首刑に処された。
そして、旧帝国領の各領主にはファラルドが推挙した人材が当てられた。
これで戦争も全て終わったのだ。




