1(58).戦後処理
ライザ達の結婚式から1か月が過ぎた。
王都は日常を取り戻し、武器屋から金属の打音が響くことは稀だ。
商店街からは、芳ばしい香りが立ち昇り食欲を誘う。
僕は王都を走っていた。
そこには戦場とは違う殺気が複数感じられる。
魔力探知からわかることは、かなりの実力者たちだ。
僕は大通りから脇道に入る。
しかし、追手も迷うことなく僕を追う。
住民には悪いと感じたが、小屋の屋根から住居の大屋根へと飛び移る。
そこには太陽の逆光に三つの人影が凛としていた。
その中のひときわ大きい魔力が僕に迫り、場の空気を急激に変える。
「ルーシーアーちゃーん!」
僕はファルネーゼ達から逃げていた。
問題は1つではない。
だが、一番の問題は"たち"になったことだ。
そのファルネーゼズへの変化は大きい。
あれは1か月前のライザたちの結婚式だ。
僕はライザ達が用意したタキシードを着て出席していた。
その為か、男性から声をかけられることは殆ど無い。
しかし、年上女性、特にファルネーゼの視線が僕を襲う。
式では、彼女の教養と理性が内に潜む本能を抑えた。
しかし、抑え込まれた本能は時として予期せぬ行動に出る。
それは、類は友を呼び、同様の趣向を持ったものが集まったのだ。
華やかな光景だが、そこには闇が存在し、とりつく男性はいない。
その日、僕は彼女らの教養と理性に助けられた。
しかし、今は違う。
彼女らを押させつけた理性はない。
教養は本能に加担し目標を追い詰める。
僕はファルネーゼの"吸い"を受けながら増えた獣たちの玩具になりかけた。
しかし、神は僕を見捨てない様だ。
街中を疾走する僕を見ていた者がいた。
神の使いは、その疾風のごとき身のこなしで、悪の毒牙から僕を解放する。
横を向く耳、さかだった被毛、そして座った瞳は、まさに天使だと思う。
天使は尻尾を強く降りながらファルネーゼへ迫る。
「貴女は、ファラルド様の護衛ではありませんか。」
「こんなところで何をされているのですか。」
その口調は質問ではなく圧力でしかない。
しかし、ファルネーゼは歴戦の猛者だ。
その圧を気にすることなくそっぽを向き"吸い"続ける。
そして、ミーシャを一瞥し圧をかけた。
「あなた、ルシアのなに。」
僕は彼女の腕を振りほどき、この場から離れたかった。
ココには戦場以上の圧がある。
1匹の猫とそれを取り巻く欲望の獣たち。
ミーシャは一歩たじろぐも、ギリギリとどまり顔を赤く染めながら返した。
「わ、わたしはルシアの・・・友だち・・そう友達よ!」
ミーシャの発言には圧が無かった。
欲望の獣たちは口に手を当て高笑いするかのように彼女を見下す。
しかし、ファルネーゼだけは一瞬で表情を変える。
何かに気づいたかの様に瞳孔を開いた。
僕は、ファルネーゼに抱き上げられたまま思考を巡らせる。
その時、師匠の顔が浮かぶ。
そして、僕はファルネーゼの頬を優しく両手で触れた。
彼女の顔は徐々に赤くなっていく。
僕はまだ何をしていない。
「ルシアちゃん?・・なにを・・・」
しかし、ファルネーゼの腕からはまだ出られない。
師匠仕込みの"至らせ"を調整しつつ徐々に使う。
「こんな所でダメよ・・・・はわわぁわぁ」
ファルネーゼの顔は徐々に恍惚なものに変わる。
見る者が見ればたまらない表情だろう。
彼女の腕が緩んだ隙に僕はミーシャの元へ走った。
そして、なぜかミーシャの腕に収まる。
「ルシアは私がイイって!」
ミーシャは勝ち誇った表情で胸を張った。
ファルネーゼ達は苦虫を噛みつぶした表情でこちらを見る。
僕はファルネーゼが何故僕を追っていたの質問した。
彼女は、敗戦処理の為、旧帝国領を回るという。
その従者は騎士の要望で傭兵から徴兵できるらしい。
そのため彼女は僕に白羽の矢を立てた。
僕には疑問が浮かぶ。
ファルネーゼはファラルドの護衛のはずだ。
であるなら、ファラルドと共に回る筈ではと考えられる。
なぜこの欲望の集団なのだろうか。
その答えは簡単だった。
欲望の獣たちは彼女の趣向友達らしく、だたの手伝いだ。
ファルネーゼから敗戦処理の話を聞きくと、戦時の傭兵より条件は良い。
僕はミーシャと一緒ならと条件を加え、彼女の依頼に了承する。
話はまとまり、僕は欲望の獣から解放された。
僕は軍部までの石畳を2人の獣にか挟まれながら進む。
その姿を目にする女性軍官たちは、視線こそ優しいが口に手を当てクスクスと笑っている。
そんな中、ようやく着いた軍部ではファラルドも苦笑いしながら待っていた。
「悪いねルシア、ファルネーゼがどうしてもって言うしな。」
彼は僕の置かれる状況を無視し、敗戦処理の流れを説明する。
そして、控えていたであろう部下を一人を呼んだ。
部屋に入ってきた者は男性だった。
「レドラム・ダッシュウッド入ります。」
ファラルドより上背がある上、視線が冷淡に感じ堅物そうに見える。
僕は彼のその空気に何故かホッとし彼に挨拶する。
僕らは彼を含めた5人で先行調査の旅に出た。
何故、部隊で動かないのかは、理由は多々あるというが、主にその土地の状況を探る為がだという。
その為、装備は徽章のある物ではなく、冒険者然とした物で揃えられた。
しかし、僕は相変わらず武器屋のオヤジ色の濃い装備だ。
これから僕らは半年かけ、様々な"まち"や村を回る事になった。
季節は麦を巻く時期だ。
最初に向かった旧帝国領の町は、まだ戦争の爪痕は残り、町を囲む畑は荒れていた。
町には、栄養も足りず手足を細くした子供たちが、壁に背を預けうつろな表情で俯く。
レドラムの表情は重い。
同じようにファラルドも唇を噛んでいる。
これは報告と食い違いが大きすぎた。
僕らは領主の状況を見定める為に領主館へ向かう。
領主の従者は、僕やミーシャを一瞥するも、ファラルド達を見ると快く受け入れた。
大広間で出迎えた領主は、脂ぎった顔で侍女たちに食事の用意をさせる。
その風景にミーシャの俯き耳をたたんだ。
それに対しファルネーゼは彼女を諫めた。
そしてファラルドは、空の笑顔で領主の接客を受けている。
僕はこんなことの為に戦争をしたのかと奥歯を強く噛み悔んだ。
食事が終わりファラルドは領主に対し質問を投げかける。
「領主殿、貴方は私の事を知っているね。その上でなぜ接待した?」
領主はニヤニヤとしながら、ファラルドの横に立ち金貨で膨れ上がった小袋を渡す。
その瞬間、レドラムの拳が領主の顔にめり込んだ。
領主の兵士たちが抜剣し、僕たちの周りを囲む。
そして場に強い緊張が走った。
ファファルドは眉間に皺をよせ声を張る。
「国にたかる蛆が! 貴様らには国民の生活が何故見えない!」
その声は領主には届かない。殺意が空気を支配した。
僕は刃渡りの短いバスタードソード抜き盾を構える。
そしてファラルドを庇う様に前に立つ。
後ろからは、妙な視線と奇声が聞こえるが今は無視した。
領主の命令で兵士たちの刃が襲う。
僕は、払われる刃を掻い潜り、脇の隙間を狙い盾の角を勢いよく潜り込ませる。
そして、もう一方から迫りくる刃を逆袈裟に払い、肩口の隙間に向け袈裟切りに刃を潜らせた。
2人の兵士は簡単にその場に沈む。
背後ではミーシャの魔法で拘束された兵士を、レドラムが縄でまとめている。
一方でファルネーゼは、兵士を切り伏せ、ファラルドの警護につく。
僕たちは領主の戦力をすべて沈黙させた。
彼らは戦争に参加せず状況を見ていた連中の1人だ。
実戦慣れした僕たちの敵ではない。
翌朝、ファラルドは王都へ向けて文を出した。
内容は現状と問題提起そして提案というがファラルドは詳しく話さない。
僕たちは、町で炊き出しを行った。
うつろだった子供たちの瞳には希望が満ちている。
それを見るレドラムの横顔は、見方によれば優しさにあふれていた。
しかし、僕はその表情に違和感を隠せない。
それから10日後、王都から支援部隊が到着する。
僕たちは彼らに任を引き継いで次の町を目指す。
来た時はただの荒れ地だった畑には、それを耕す町人の姿があった。




