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28(55).感情の在り方

王都軍部の一角では生存確認が行われ、帰還を喜ぶ声が上がっている。

僕はファラルドからルーファスの想いを聞き、心打たれた。

彼には行軍中会うことは無かったが、ファラルドに咬みつく程に感情をぶつけていたという。

僕はルーファスがそこまで心配してくれていた事に胸が苦しくなった。

医局棟へ向かう足取りは次第に早くなっていく。

それは早く彼に会い、安心させたかったからだ。

医局棟の受付に着き、ルーファスの居場所を尋ねる僕の声は少し上ずり息も上がっていた。


「すいません。こちらに騎士団第三中隊隊長のルーファス様は来ていませんか?」


「はい、4階の奥から2番目の個室にいると思いますよ。」

「棟内には沢山の患者がいますのでお静かにお願いします。」


足音だけが響く廊下、消毒薬の臭いが不安を煽る。

ルーファスが入院しているのだろうかと疑問が浮かぶ。

しかし、ファラルドの話ぶりからそんな様子は無い。

僕は4階にある目的の部屋に向かう。

目的の部屋の前には、上背のある女性が立っていた。

近づくにつれ、それはミランダだと分かる。

彼女に戻ったことを伝えると、彼女は驚き、その瞳に涙を浮かべた。


「ルシアちゃんじゃない。」

「ルーファスの馬鹿、あんたが死んだって言って、ずっとやけ酒だったのよ。」


ミランダは、いつものように優しく心配してくれていた。

やはり、ここで療養しているのはルーファスではなく別の人間なのだろう。

療養中の相手には悪いが、ホッとした自分がそこにはいた。

僕はミランダに、ルーファスの付き添いで来たのか確認を取る。


「そうじゃないのよ。ライザがね。ちょっと・・・」


その答えに、僕は呆然とたち尽くした。

それは、彼女が先頭に参加しているとは思っていなかった為だ。

僕は、ミランダの視線の先にある部屋へ足を急かした。

2号室にはベットに横たわる女性。

魔鉱石と何かの合金でできたベットに、術式が書かれた布団。

仄かに光を放つコレらに、ライザは擁かれていた。

そして、傍らには暗く落ち込んだルーファスが佇む。

僕は相手の事を考える余裕は無かった。

その返答をするルーファスも食い気味に怒鳴り返す。


「ルーファス、ライザはどうしたの?」


「見ればわかるだろ!」

「・・・ってルシア! ルシアじゃねぇか!俺はてっきり・・・」


怒鳴り気味に返された後には、僕の肩をつかみルーファスは涙を流す。

その姿は、以前の自信に満ちた姿ではなく、見ていて辛いほどだった。


「俺はてっきり、お前までいなくなっちまったかと思ってた。」

「生きて帰ってきてくれてありがとな、ルシア。」


僕と会話するうちにルーファスの表情は和らぎ、ライザの事を聞くことができた。

しかし、彼女の話になると、彼の表情は落ち込んでいく。


「あぁ。帝都攻略の時に魔物が暴れてソレに巻き込まれちまったんだよ。」

「意識はないが、息はある・・・」

「ルシア、今日はもう遅い。一緒に帰るか?」


ルーファスは、眠るライザの表情を確認する。

そして、意識が戻ることを祈りながら彼女に声をかけ、部屋を後にした。

その光景は、僕の心を締め付けるように苦しくさせる。


「ライザ今日は帰るよ・・・」

「ルシアも帰って来たんだぜ・・・おまえも戻ってきてくれよ。」

「・・・じゃあ、また明日来る。」


ライザの病室を後に3人でミランダの店に向かう。

ミランダも僕もルーファスを励ます事しかできなかった。



空は紅く、太陽は顔を隠し始めている。

店に入ると、明るい店員の声に出迎えられた。

ミランダは彼女たちに囲まれ外出中の話を聞いている。


「いらっしゃいませ。っあ、店長、お帰りなさい。」

「さっきヤバかったんですよ。俺は王国の救世主様だーって。変な男たちが来てたんですから。」


ミランダは店員たちを心配し、状況の確認をしている。

その表情は僕達に向けるものと同じだ。

僕は少し妬いたが、彼女たちがミランダに向ける信頼が嬉しかった。


「アンタたち大丈夫だったの?」


彼女たちは、たまたま居合わせたファラルドに助けられたという。

ミランダは、ファラルドに頭を下げお礼をしていた。

そこには店長としてのミランダの顔があった。

そして、ファラルドが礼に対し不要と首を横に振ると、すぐにいつものミランダに戻る。


「そっ・・・でも、いいのかしら。」

「ファラルド様の様な方がこんな場末の酒場にいらして。」


「ハハッ、面白いこと言うねお姉さん。」

「今日はね、食事もだけど、ルーファスに面白いものを持って来たんだよ。」

「ルーファス、怒んなよ・・・ほれ、ギリアムからだ。 詫びだってよ、アイツも相当参ってたぞ。」


ファラルドは、ルーファスに大きな包みを渡し席に着いた。

ルーファスはファラルドを睨んではいるが、怒りをぶつける相手ではないことも理解している。


「なんだよ。こんなもん俺に渡されたって魔力なんてねーよ。 ミランダ酒くれ。」


ミランダはカウンターの奥に行き前掛けをして戻ってきた。

そして、母親が駄々をこねる子供をあやす様な表情でため息をつき酒場の仕事を始めた。


「はいはい。待ってなさい。 貴方たちは怪我無い?」


ミランダは、ルーファスに返答し、その後店員の体を心配してから、客の元へ挨拶周りをする。

そして、カウンターへ戻り仕事を続けた。

僕たち3人は、店の一角にある円卓の席につく。

そこでルーファスは、ファラルドから渡された包みを開けた。

包みを開いたルーファスの表情は苦い顔になるが目には光が灯る。

ファラルドがその表情を確認し、彼の考えに同感する。


「そうだね。新型の魔導具だろうね。」

「ギリアム、王都に戻ってからずっと籠ってたみたいだよ。」

「まぁ、あれだけぶっ飛ばせばそうなるかもね・・・ハハッ、まぁ冗談だけど。」


「仕方ねぇとは言わねえけど・・・あいつには悪いことしたな。 今度、謝っとくよ。」


ミランダは3人の料理を給仕し、またカウンターの奥へ消えていった。

彼女の表情には、もう駄々っ子をあやすそれは無い。

僕は、ルーファスにライザの身に何があったのかを質問した。

ゆっくりと話し始めたルーファスの顔は医局棟にいた時に比べ幾分和らいでいる。


「お前はいなかったもんな。帝都制圧後に、帝都のダンジョンが暴走したんだよ。」

「それで・・・その時に出てきた魔物にな。」


「集団術式があっても大変だったんだね。」


「あぁ、白銀の巨大な竜だったな。訓練棟位の大きさだった。」

「最後は、ファラルドがやったんだよ。」


会話はライザの怪我の理由から、当時の戦闘に移っていく。

気の知れた仲間と酒が手伝ってか、ルーファスは徐々に元気を取り戻していた。

僕は、ファラルドの戦果を英雄譚を聞いているかのように聞き入り感激する。

ファラルドは話に乗り、活躍を話し出しすが、彼自身が主役ではないという。


「そうだろー! 褒めてもいいんだぜぇ、って言っても実際搦め手になったのは僕じゃないよ。」


「ちょっと待てよ、お前じゃないのかよ。」

「アレキサンドリア様とゴリアス殿もそう言ってたと思ったんだが・・・」

「誰だよ、お前より強いヤツって。帝都から魔槍拾って来たんだろ。」


ファラルドは、料理を食べながら、当時の真実を語りだす。

その話ぶりは、嫉妬や蔑む様なことはなく、僕がファラルドの話を聞くような目で語っていた。

それを聞くルーファスはいつもの顔に戻っている。


「魔槍使っても、骨ごともってくことはできなかったよ。一応本気だったんだけどね。」


「で、どこの野郎なんだよ。アレを真っ二つにした馬鹿は。」


「この辺の人じゃないんだな。これが。」


ファラルド出し惜しみをする様に会話を少しずつ進め、酒を煽ってのどを潤す。

そして、明るい笑顔が真顔に変った。


「鬼だよ! 何しゃべってるかわからなかったけど。」

「内容をかいつまんで教えてくれる犬もいたね。」


会話と表情の乖離に2人は笑う。

しかし、ルーファスは眉間に皺をよせ記憶をあさり始めた。


「意味わからんわ。なんだそりゃ。」

「ハハハァ・・・俺も見たわ、帝都でもちらっと見たけど、ザルツガルドで戦った・・・」


ルーファスは記憶を見つけるが、その顔は血の気を失っている。

それは、あの時一瞬でも全ての事象がズレていたら、

自分が白銀の竜の様に真っ二つにされていたと肝を冷やしたからだ。

ファラルドは鬼の力を間近で見ているからこそ、ルーファスが生きていることを称賛した。


「おまえ、よく生きてたな。 ありゃ、異常だぞ。」

「訳が分からん叫び声が聞こえたと思った瞬間、あのゴツイ竜の翼が吹っ飛んだからな。」

「正直見えなかったよ。」


ファラルドの発言にルーファスは納得するも大半は驚きだ。

そして鬼の持つ武器に話は移っていった。


「アレキサンドラ様の剣技でも肉までしか到達してなかったのにな。」

「そいつの片刃の剣は魔剣なのか?」


「たぶん。魔力が異常にふくれあがったから間違いないんじゃないかな。」

「しかし、あの魔力量も異常だよ、あいつ魔王かなにかか?」


「ハハハッ、ねえわ。」


ファラルドの突飛な予想に笑い合う二人。

僕はいつものルーファスを見れてホッとする。

ファラルドの話はまるで御伽噺や英雄の詩歌だった。

ルーファスやファラルドの様に強い人間が呆れる強さ。

僕には想像がつかなかった。

村にいた頃なら憧れただろうが、戦争に参加したから言える事がある。

それは、その鬼が完全に敵対した時は全てを奪われるという事だ。

僕が恐怖を感じていると、それを和らげる声が聞こえた。


「あら、もう出来上がってる感じかしら。ルシアちゃんも飲んでね。」

「で、そんなヤバいヤツがいたの?」


「あぁ、力も魔力もバケモン級、間違いなく英雄譚やら叙事詩の主役だろうな・・・」

「俺にも力があったら・・・」


ルーファスはミランダの相槌に苦い表情を浮かべ言葉を返す。

それに乗っかる様にファラルドも付け加えた。


「・・・まぁ、いるんだなホントに。 ああいう奴が詩歌できるんだろうな。」


その話はファラル自身に飛び火するとは本人は思っていない。

ルーファスは、悪い顔になりファラルドに振る。

そしてミランダもその話に乗った。


「そういうお前だって1個ぐらいあんだろ。」


「なにそれ、やっぱり王子のなにがしって詩あるの?」


ミランダは席に座り、ルーファスの話内容に乗っかる。

そして、ファラルドに弄るような視線を向けた。

ファラルドは、面倒臭そうな表情で酒を煽るが、ルーファスの表情を見て少し嬉しそうだ。

僕は会話の節々からファラルドの出生を察しルーファスに視線を向ける。


「お前知らなかったのか。ってそうだよな。すぐに王都出てって5年。」

「帰ってきたら戦争だもんな。こいつは、腹違いの王子だよ。」


あっさり情報を吐くルーファスに対しファラルドは仰々しく振る舞う。


「ちょっ、ルーファス!」

「僕は下町の気のいい兵士長ってイメージでやっているのに、堅苦しい肩書を広めないでくれよ。」


「どこが下町だよ、なぁルシア。」


ファラルドはおどけて見せるが僕も納得した。

僕は、彼が実際にどこかの領主の3男位だと思っていた。

その上で、ファラルドが求めるイメージは僕の中では定着している。

ファラルドは、気楽に返しその話を終える。


「ハハハッ、まぁ、バレちゃったらしょうがないけど。 バレても何も変わらないよ。」


ルーファスは話を元に戻し、鬼についてファラルドに質問を投げた。

酒がっ入っているとは言え軍人なのだ。その瞳には鋭い光が宿っている。


「で、さっきの話に戻るんだが、あいつは誰なんだ?」


「う~ん、よくは分からないんだけど、東から来たみたいだよ。」

「鬼の方は魔鬼族って言ってたね。犬の方は狼人族だね。」

「サンドラ異母姉(ねえ)さんは少し話してたから、多少情報持ってるかも。」


「おまえ・・・情報持ってても、おいそれと聞ける相手じゃねえよ。」

「アレクサンドラ様は、お前以上に天上人だ。」


「ハハハッ、そうかもね。」


僕達4人はその後も談笑が続く。

僕はミランダからも、ライザの意識が戻らない話を聞いた。

僕の頭の中で、師匠と同じ笑顔を浮かべる彼女の顔が僕の胸を苦しめる。

僕は、あの優しい声を聴きたい。

きっと、ルーファスも目の前に置かれた現実を受け止める為に、無理に笑っていたのかもしれない。

3人と別れ、店を出て街の賑わいを1人で歩く。

その賑わいとは裏腹に戦争で失われた者たちの事が脳裏を巡った。

賑わう人々は、戦争が明けようやく希望が見えたから、みんなで喜び合っているのだろう。

嫌なことを忘れる為に笑い合っているのだろうか。

夜の街では外食帰りではしゃぎ走り回る子供。

それを追いかける両親らしき男女。

彼らの笑顔は、僕の擦れた心を癒した。


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