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24(51).麓の廃村

雪の降る渓谷の乱戦まで時は戻る。

兵站部隊が白銀の竜に襲われ、2つの影がはるか下の川に落ちていく。

崖上からは高笑いが聞こえ、呼応するように竜たちの咆哮が響き渡る。

僕は、ミーシャを抱きかかえ頭から川へ落ちる。

衝撃でミーシャから手が離れるが、流されるミーシャを引き寄せ頭を水面から出す。

晩秋の水は肌を刺すように体温を奪う。

猫人族は猫同様に体温が苦手である。

川の流れと水を含んだ革鎧が二人を水中に引きずり込む。

僕たちが川岸までたどり着くころには、落ちた崖はどこにもなかった。


「ミーシャ、大丈夫?」


彼女からは返事がない。

ミーシャの革鎧を脱がせ呼吸を確認するが、胸部の動きは見られない。

僕は彼女の全身を確認し、出血の無い事を確認する。

必死に訓練の内容を思い出す。

僕は、ミーシャの胸を強く数十回押す。

そして、口を重ね息を吹き込む。


「ミーシャ、戻ってきてくれ。」


5回ほど繰り返すと、ミーシャは口から水を吐き、呼吸を戻した。

しかし、意識はまだ戻る気配がない。

僕は、彼女が息を吹き返したことに安心しその場で脱力した。

周りには薄っすら樹木がある程度で見晴らしは悪くないが、川音が気を散らせる。

魔力探知をするも帝国兵の気配はないが、それでも追手が気になった。

僕はミーシャを背負い、下流を目指す。

暫く下ると廃屋が立ち並ぶ村だった場所を見つけた。

以前にも帝国領で似たような廃村を見ている。

生活感はないが、村が無くなってからだいぶ経つ様には見えない。

それだけ戦争の影響が大きいのか、帝国が民を苦しめているのかはわからなかった。

しかし少なくとも民にとって良い国ではない事だけは理解できる。

僕は、天井がある廃屋を選びミーシャを運んだ。

魔力が近くに無い事を確認し、崩れかけた暖炉に木材を放る。

軍より支給されている発火ピストンを使い、種火を作り徐々に火を大きくしていく。

僕は、ミーシャを寝かせ、体を拭き傷の手当を施す。

日は沈み、外はシトシトと雨が降り始めていた。

適当な縄を見つけ、濡れた服をかける。

室内は、暖炉のお陰で外よりは温かいがその程度だ。

ミーシャは、少し震えている。

僕は彼女を抱え込み、体温で温めて朝を待った。

目の前の炎の揺らめきは、様々なことを考えさせられる。

僕の脳裏には母を捨て僕達のもとを去った男の事が浮かぶ。

何故アイツが竜に乗り、あの場所にいたのだろうか。

僕には全く理解ができないが、わかることはあった。

それは何も出来なかったことだ。

僕は、10年前と何も変わらなかった。

ミーシャを助けることもままならない。

僕の脳裏には師匠の顔がよぎる。

僕は自分の無力さ不甲斐なさがつらかった。

時間はゆっくりと過ぎていき、外は暗く雨音だけが静かに聞こえる。

気が付くと、暖炉は火種を失いほのかな温かさを残すだけになっていた。

服は暖炉のお陰でだいぶ乾いている。

ミーシャも乾いていたが、まだ震えていた。

僕はミーシャを乾いた毛布でくるみ、抱え込み抱きしめる。

その夜は、雨音と遠くの遠吠えが眠ることを許さなかった。

日が昇る頃には、ミーシャの震えはなくなり、寝息を立てるまでに回復した。

僕は、近くに危険がないか確認し外へ出た。

昨日の雨が嘘のように晴れ渡った空。

太陽は東の空に上がったばかりだ。

川は雨で増水し濁流へと変貌している。

周辺の森を探索し食べれそうな木のみを探す。

二人では満足できる量ではないが、ミーシャのことを考え戻ることにした。

廃屋に戻るとミーシャは起きていた。

ミーシャは僕の顔を見ると、ホッとしたのか笑みをこぼした。


「ありがとう、ルシア。 私、川に落ちた時もうダメだって思ってた。」

「周りは真っ暗で、すごく寒くて・・・」

「そしたら、小兄が、まだこっちに来ちゃだめだって、そんな声が聞こえてくるの・・・」

「そしたら、ルシアの声が聞こえたの、戻ってきてくれって・・・ありあと、ルシア。」


僕はミーシャに両手を握られ凝視されたが、涙目のミーシャを直視することができなかった。

それは、彼女の笑顔で昨夜の不甲斐なさが少しは和らいだことが情けなかったからだった。

僕は自身の感情を気づかれないように話題を変えた。


「そうだ・・・木の実とってきたよ。」

「一緒に食べよう。ダメなやつとかあったら言って。僕のと交換するから。」


「フフッ、ルシアは優しいね。」


僕達は久しぶりの笑顔で食事をした。

すぐそばに戦火があるとは思えない程ゆっくりとした時間が過ぎていく。

日が真上に昇るが、あまり高くはない。

僕達は装備を整え、廃屋を後にした。

落ちた渓谷からはだいぶ離れている。

僕達は周辺状況から王国方面へ足を進めた。

歩きながら、ミーシャはぽつぽつと言葉を紡ぎいていく。


「ねぇ、ルシア。 私ね、兄弟がいっぱいるのね。」

「でも、10年戦争で、お父さんと2番目のお兄ちゃんが返ってこなかったの。」

「でね、今回の戦争でも領地に兵士を出して欲しいって依頼があったの。」


僕は足場の悪い砂利道をミーシャの手を取り進むことしかできない。

彼女の話にどう答えていいかわからなかった。

ミーシャの声は少しずつ震えを孕んでいく。


「私は嫌だったの。誰も戦争に行ってほしくなかったの。」

「でも、大兄ちゃん、1番目のお兄ちゃんね。大兄ちゃんが、領民を守るためには必要な事だって。」

「小兄ちゃんも仕方ないことだからって、、、、うっ、、ぅ、」


ミーシャは俯き、その頬を涙で濡らす。

僕は、彼女に何も返す言葉が見つからない。

だから、彼女を抱きしめる事しかできなかった。

彼女が落ち着くまで、僕は彼女を抱きしめた。

次第に嗚咽はなくなり方の震えも収まっていく。


「ルシア、ごめんね。 勝手にしゃべって、勝手に泣いて。」

「最低だね。わたし。」


「ミーシャ・・・気にしなくていいよ。」

「誰だって辛いときは、誰かに聞いてほしいことも、泣きたいことだってあるよ。」

「ミーシャ、僕に話して。 ゆっくりでいいから。」

「僕は君の前からいなくなったりしないから。」


彼女は、僕の胸で声を上げ泣いた。

木漏れ日が、紅く色づき夜を告げる鳥の鳴き声が聞こえた。

彼女は何度も僕に謝るが、その都度元気を取り戻していく。


「ごめんね、ルシア。フフフッ何度目かな・・・」


「ハハッ、気にしてないよ。また、木の実だけど食べる?」


「うん、ありがと。これ、交換してくれる。 苦手なんだ。」


他愛の無い会話が、静かな夜の森に音を作る。

戦争が身近にあるとは思えない程にゆっくりとした時間が流れた。

枯れ木を集めて作った焚火が、寄り添う二人を温めている。

ミーシャは軍に参加した理由を教えてくれた。

それは、兄アンリが戦争に行くことになり、彼だけを行かせるならとのことだ。

それは、自分も彼の役に立ち家族を死なせないためだったという。

僕の脳裏には疑問がわいた。

それは、それだけの理由で家族は彼女を送り出すのだろうかと。

実際、彼女は子爵の次女である。

このことは、疑問ではあるが聞くべきではないと感じた。

それは、本人が話さないことは聞くべきではないとミランダから教わったからだ。

それが相手を想うやさしさだと。


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