16(43).暗躍する赤い影
渓谷を東に抜け高原の先に帝国の帝都はある。
夜も更け静かな街とは対照的に、城の一室は明かりを讃えた。
その明かりがつく会議室では、家臣たちが皇帝を諫めている。
「皇帝陛下、もうおやめください。民をないがしろにしては、国が滅びます。」
「貴様は、儂に物申すのか?」
「儂の臣が、儂の言うことを聞かんというのか?・・・そうか、貴様も儂を裏切るのか?」
「フッ、フッ、フッ、ハッハッハッハッ・・・そうじゃな、貴様は王国の回し者か。」
「陛下、お気を確かに。」
帝国の文官たちは乱心した皇帝を必死で止めようとしていた。
彼らは代々帝国に仕える家系だ。
今まで皇帝が国民の為に政治を行う姿も見ている。
しかし、今の皇帝は臣下たちの声を聞き入れようとはしない。
「・・・そうに違いない。」
「王よ!私は違います。代々、王家にこの命捧げてきております。」
「王の為に、王の治める国民の為に仕えてきました。」
文官の一人は、皇帝の前で跪きく。
そして服を脱ぎ、自身の胸部から腹にかけてさらけ出す。
そして腰に下げた、レイピアを自身の正面の床に置く。
「私をお切りになられてもかまいません。何と度、お考え直しを!」
「民の為に、どうか、今からでも王国と和睦を!!」
その時、月の光が遮られバルコニーの窓ガラスを風が激しく叩く。
そしてドラゴンの嘶きが王城を包み、一人の騎士が会議室に入る。
「おー、リューゲか、良く戻った。首尾はどうじゃな?」
皇帝にリューゲと呼ばれた鎧の男は、焦げた兜を脇に抱え皇帝の前で跪き答える。
「ハッ、我が王よ。魔物の制御は順調です。この度の王国軍兵站部隊の襲撃も成功といえましょう。」
「これで王国軍は3軍全てが孤立状態になり、いかようにもできましょう。」
リューゲは皇帝の満足そうな表情を横目に、臣下達をゴミの様に見下す。
そして、仰々しい手振りで皇帝に提案する。
「しかし、ここで王国との和睦などしては、国が舐められましょう。」
「よって、私は我が王に愚案させていただきます・・・王国軍の殲滅が最善かとぞんじます。」
男の提案に満足そうに髭をなでる皇帝。
それとは対照的に皇帝の表情に落胆する家臣。
臣下達は、この結果を招いたリューゲを睨みつける。
その光景を恍惚な表情で見る皇帝は、リューゲの提案に賛同した。
「ほぅ、王国軍の殲滅とな。良い響きじゃ・・・王国への見せしめにもよかろう。」
「我が娘をないがしろにした報いを受けてもらわねばなぁ。」
リューゲは跪き、深く頭を下げる。
表情は見えないが、その影は笑っていた。
その状況に憤りを感じた臣下たちは王とリューゲの会話に割って入る。
「王よ、そのような考えはおやめください。」
「このような、どこの馬の骨とも分らぬ者の意見など。」
「まして、魔物を利用するなど人の領分を超えております。」
「必ず、分を超える力は報いをうけます。」
リューゲが臣下たちを窘めるように会話を遮る。
その行動に臣下達は、このリューゲという男に怒りを隠せない。
「人はダンジョンを抑えているではないか。これは人が魔物を従えるも同義。」
「現にあなた方もダンジョンの恩恵、魔物の恩恵を受けているではありましょうか。」
リューゲの表情はこの状況に酔っていた。
しかし、その本心は別にある。
仰々しく皇帝と臣下の間を歩き、そして臣下達を一瞥すした。
「・・・いや、あなた方はそうではない。」
「我が王よ、この者たちは、王を追い落とし国を乗っ取るおつもりです。」
「この者たちは、王国と繋がる売国奴です!この者たちの意見など、王の耳を汚すだけです。」
リューゲは、大げさな手振りでそれが真実かの様に続ける。
その光景に皇帝は、満足な表情で鎧の男の演説に聞き入っていた。
そして、男の演説が終わり皇帝はリューゲに告げる。
「リューゲよ、そちの言葉は我が力になる。」
そして皇帝は、臣下たちに視線を向け、そこに王国兵でもいるかのように言い放つ。
「皆に命じる。以降、我が言葉に異を唱える者は逆賊とし投獄する。分かったら、下がれ。」
臣下達は唇をかみ、ほくそ笑むリューゲを睨む。
そして、乱心した皇帝に対し誠意をもって懇願する。
しかし、そこには昔の皇帝はいない。
「しかし、王よ!」
「衛兵!この者をひっ捕らえよ!」
一人の臣下は、近衛兵に両脇を抱えられながら部屋から引きずり出されていく。
重い空気と、その中にどす黒い感情だけが室内に残った。
リューゲと呼ばれる男は皇帝に頭を下げ退出する。
そして、自室に戻り赤いローブを纏う。
姿見鏡に映る姿に歪んだ表情は、さらにおぞましく変わる。
彼は部屋の外に控えた近衛兵に命じ、不気味な彫刻2体を城の階段広間に運ばせた。
そして、隻眼の白銀竜を連れ帝都近隣のダンジョンへ向う。
彼の横顔は不敵な笑みを讃えていた。




