13(39).弔いの篝火、民への想い
日は沈み、澄み切った星空は悲しく儚く見えた。
鼻の奥にしがみつくような臭いと共に、天高く火の粉が登る。
せせり泣く者、むせび泣く者、想い人の冥福を祈る人の影が、そこにはあった。
兄の髪の毛とネックレスを握りしめる女性がいる。
彼女は耳を横にたたみ、尻尾は力なく垂らしていた。
僕は、何も声をかけることができない。
それでも、ただ寄り添った。
呆然と炎を見る人々の輪は時間と共に疎らになっていく。
「・・ルシア、ごめんね。 前に、そんなことしても喜ばないって慰めてたのに・・・」
「今度は・・・なんか・私が・・なぐ・慰められちゃったね。」
ミーシャは、僕にもたれ掛かり炎を目詰める。
彼女の涙は止まることはなかった。
僕たちは、空が白み、炎が消えるまでそこにいた。
日が昇り真上に来る頃、王都より第三次補給部隊が本体に合流する。
そのころ会議室では今後の進軍について話し合われていた。
アレキサンドリアは会議を進める。
以前にもまして場の雰囲気は明るいものだった。
文官は彼女に促され状況を説明する。
「ルーファス殿、上々のようだな。」
「皆の者、ザルツガルド攻略よくやった。それでは、会議を始めようか。」
「はっ、帝都戦において、想定できる敵軍の戦力は3900。」
「内訳は、帝都本体の1軍2500、西方戦線総司令官総督率いる諸侯3軍1400になります。」
「一方わが軍は現在1500、北部制圧部隊500 南部制圧部隊450 計2450」
「数では劣りますが、わが軍には大規模集団術式があります。」
アレキサンドリアは武官からの情報を受け、次の作戦を告げた。
「うむ、では進軍は、予定通り我が軍でオトリを請け負う。」
「各方面制圧部隊で帝都に南北より叩く。問題はないか?」
「概ね問題ないかと。」
アレクサンドリアは全体を眺め、眼鏡をかけた白髪長髭の初老魔導士に同意を促す。
彼は法術隊第二中隊長で王国に長いこと使え、軍略にたけた御仁だ。
魔力は軍では五本の指に入る程である。
「ラングルス殿、どうだ?」
「はっ、僭越ながら私の意見を申し上げます。」
「陣を敷くバーミル高原と帝都の間にはダンジョンがございます。」
「帝都に送り込んだ斥候の情報では、ここ数カ月不穏な動きがあると報告が上がっておりました。」
「何を考えているのかは不明ですが、嫌な感じがいたします。」
「ここは、力による服従よりは言葉による併合を考えてはと。」
ラングルスは淡々と提案を述べた。
そこには明るくも暗くもない彼の表情がある。
それは、ただ状況を鑑みて話しているだけに過ぎない。
しかし、現状の流れは止まらないと考える将もいる。
ゴリアスだ。彼は一言で言うと大きな熊。
筋肉の塊といっても語弊はない。
「ガハハハハッ、ラングルス殿、何を弱気な。コチラには大規模集団術式があるのですぞ。」
「さらには、常勝の将と敵兵より恐れられるルーファス殿もいるではないか。」
「帝国はもとより、第三王子派への圧力、ひいてはその解体につながる。」
「売国を疑いしきは罰せよ。安寧は国を豊かにするのだ。」
彼は物事を民を第一に考える。
その為、現状を良しとしていない。
彼は早く国を平定したいのだ。
ただ、彼には自領民の幸せには、自身の出世が必要とも考えている。
ラングルスは、ゴリアスの発言は間違っていないと理解もしている。
しかし、その発言と表情には焦りも感じた。
その想いは、アレキサンドリアもラングルスと同じところがある。
「ゴリアス殿のおっしゃることは分かるが・・・しかしな。」
「うむ、ゴリアス殿の言うことは正しいが、ラングルス殿の違和感とはなんだ。」
アレキサンドリアはランクルスの違和感が気になった。
彼の感は状況から来るモノがほとんどだ。
今まで、その感に国が救われたこともあった。
ランクルスは、アレキサンドリアの促しを受け、自身の感を少しずつ言葉に変え始める。
「はい、私はファラルド殿と魔窟暴走の防止や終息対応で駆り出されることが多いのですが・・・」
「もし、帝国が魔物を手なずける、もしくはそれに準ずる行為ができたなら・・・」
「我が軍は魔物に釘付けにされ、両方面軍のみでは、この戦力に対応しきれないかと。」
ラングルスの意見にファラルドもうなずき賛成の意を示した。
これに対して、ゴリアスは仮定でモノを話すことにいら立ちを隠せない。
実際に、ここまでの戦果は圧勝とも言えた。
「仮定ではないか・・・我が軍には大規模集団術式があるのだぞ。」
「何が来ようと負けるはずがない! そうだろ、リーファ殿。」
ゴリアスは法術隊第三中隊長のリーファに同意を求める。
彼女はおっとりとした性格だが、王国随一の魔力量を誇る才女だ。
そんな彼女は、軍の仕事の傍らに法王庁が運営する孤児院を手伝う一面もある。
それは彼女が孤児院出身で元修道女だった為だ。
しかし、彼女は合理的な面が多く信心深くはない。
その為、祈りによる光属性を得ることができなかった。
結果、高い魔力と魔法才能に興味を持った貴族が養子に取り、彼女は軍属になった経緯がある。
深く知らないゴリアスは勘違いをしている。
それは、リーファが慈愛の精神が強い人間と考え、"国の安寧"という言葉で釣るつもりなのだ。
「う~ん、確かに大規模集団術式は強力ですが、あれも弱点が無いわけではないですよ。」
「そもそも、あれは攻城兵器で開発されたものすので、連発はできないはずです。」
「その為、接近されては何もできません。」
「仮に魔物まで出てきてしまっては、この術式に頼ることは難しいでしょう。」
リーファの話に、ここぞとばかりにギリアムが言葉を滑りこませた。
そこには、やや誇らしげな表情も交じっている。
「僕から追加情報だけど、対帝都城壁に合わせて、少し強化を予定しているんだ。」
「多分連射は、ある程度できる様になる。」
「それでも、相変わらず敏感だろうね。」
「接近されたら危険なのは変わらない。これは攻城兵器でしかないからね。」
ゴリアスの予想は外れ、会議を有利に進める為の札さえ効力を持たなくなった。
彼は、唇をかみ頭を掻く。
そして、最後の手段とばかりに感情に訴えた。
「しかしだな・・・今、我が軍は波に乗っているだぞ。今、行かずして、いつ行くというのだ。」
アレクサンドラは、ゴリアスの表情から彼の焦りを気にしていた。
彼女は、彼が国民の苦しむ姿に憂い心を痛める性格を知っている。
彼の民を想う気持ちに嘘偽りはないのだ。
しかし、彼はまだ大きな功勲を上げていない。
そのことで戦果を焦っているように見えた。
そして、焦りは失敗を生み、戦での失敗は死に直結する。
「ゴリアス殿、貴公は急ぎすぎではないか? 功を焦っては足を掬われるぞ。」
「ましてや敵は背水の陣、死を覚悟した者と勝利を目前にする者とでは戦況など簡単に覆る。」
「アレキサンドラ様、私は急いでなど・・・」
ゴリアスはアレキサンドリアの言葉に肩をおとした。
それは彼自身わかっている事だ。
彼らが話す事もまた事実である。
アレキサンドラは彼を優しい瞳で見つめた。
彼は筋肉の塊のような男。
しかし、今は哀愁からその風貌が可愛らしいく思えるほどだ。
彼女は心の中で微笑み話をまとめた。
「では、こうしよう。」
「第一陣は、3日後にバーミル高原に陣を設営。」
「両方面軍には待機命令。王都に連絡し、指示を仰ぐ。」
「ゴリアス殿、貴公の気持ちもわかるが今は待て。」
「王都より返答が返り次第、再会議だ。」
「第二陣は一陣出発の後、5日の後を追う。それまでは待機だ。」
会議が終わり、アレキサンドラはルーファスを残こし他の将を払った。
彼女の視線は優しいが、少しイラついているようにも見えた。
「おいルーファス、技局のテントには行ってやったか?」
「いえ、任務中ですので私用ではさすがに・・・」
ルーファスは、彼女の言葉の前ではその上背も見る影を失う。
「フフッ、そういうところは君らしいな。」
「しかしな、こういう時だからこそ時間ぐらい作って行け。」
「死んでしまっては、そこでしまいだぞ・・・悔やんでも悔やみきれないからな。」
アレキサンドリアの表情は母親の様に穏やかだ。
ルーファスはその表情に真剣なまなざしで言葉を返す。
「銘じておきます。」
「分かったら、さっさと行って来い。上官命令だ。」
ルーファスは頭を下げ会議室を後にする。
アレキサンドリアはお節介だと分かっていた。
それでも、自分のように最愛の者に想いを伝えぬまま、死に別れて欲しくは無い。
そして、ルーファスには無茶をして死ねない理由を与えたかった。
アレキサンドリアは窓の外を眺め小さく呟く。
「私も年だな・・・」




