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12(38).失われる命、激化する戦場

凍り付いた通路には、もう争いはない。

静かな空間には女性の声だけが響き渡る。


「小兄ィーしっかりしてよ。」

「ねぇ、目ぇー開けてよ・・・ねぇ・・・」


そこには、血だらけのアンリの肩をゆするミーシャの後ろ姿がある。

その場だけ時間が止まったかのように見えた。

氷は少しずつ解け始め、辺りは幻想的な霧で包まれている。


「ルシア・・・押さえても・・・血が止まんないよ・・・」

「ルシア、回復薬・・・もっと回復薬をちょだい・・・小兄ぃが・・・」


僕は何もできなかった。

ミーシャの流す涙が、僕の心を締め付ける。

医療班も駆けつけているが、彼らは俯き顔を横に振るばかり。

回復薬は万能ではない。

人は体力と魔力が無くなると死ぬ。

体力が少なくれば魔力も減っていき衰弱していく。

衰弱すれば、自然治癒も間に合わなくなり死ぬ。

死んだら生き返ることはできない。

遠くで、戦闘の騒音が聞こえる。

聞こえづらい筈の2人の声が耳に残る。


「うっ・・・ミーシャ・・・だめ・だよ・・・無理言っちゃ・・・」

「みんなが・・・困っているだろぉ・・・子供だなぁ・・・・・・」


アンリの体からは魔力がなくないり、ぐったりとしていった。

その顔は、痛みに耐え辛い表情だが、妹を想う優しい笑顔だ。

女性の嗚咽がさみしく辺りを包んていく。



激化する戦場は、城門に主戦場を移していた。

兵士たちの波はぶつかり合い、乱戦化する。

そこかしこで剣戟の火花が散り、ボルトさえ飛び交う。

ルーファスは士気を下げぬよう檄を飛ばす。


「お前ら、もう少しだ!一気に押し出せ!!」


「「「うおおおおおーー!!」」」


城門で攻防が続く。

激しい剣戟、壁を染める鮮血。

鉄錆の臭いが辺りを包み、精神を蝕み正気を奪っていく。

その中で大剣を振るう一人の男が、人の波を操るように戦線を引き上げた。

戦場は少しづつ場所を移していく。

そして城門から荒野へ移り、男の剣閃はさらに激化した。

それは、踊りを舞うかの様に男は血の嵐を作り出す。

その光景に帝国軍の将軍は焦りの声を上げ指揮を執る。


「き、貴様ら戦線を下げるな!、第二陣突撃!戦線を押し返せ!」


しかし、帝国の足並みは重い、血の嵐を目の当たりにし士気は低い。

持ち場から離れ、逃げ戻る兵さえも出始めていた。

その光景を遠巻きに眺める2つの人影がある。


「ハハハッ!|おもしろうのーてきた(面白くなってきた)

こいで勝てんな(ここで勝てないと)、帝国はやっせんかろうな(ダメだろうな)。」


「フッ、稼がせてもらおうじゃないか。」


「・・・そいでは行っか(それじゃあ行くか)!」


身の丈を超える程の刀を携えた人影は駆け出した。

大太刀の男はもう一つの人影に声を飛ばす。


呀慶(ガキョウ)、雑魚は頼ん(頼む)!」


「適当にやらせてもらうさ、巻き込まれるなよ!」


呀慶と呼ばれた狼の獣人は、東方の国の山伏と呼ばれる僧の格好をしている。

上背もルーファスと変わらない程に大きい。

彼は、聞きなれない言葉で詠唱しなが、巨獣に跨り戦線を目指す。

白い狼獣人を目の当たりにした王国兵たちは彼に突撃する。

狼の声は抑揚がない。

理解できない言葉の波が、王国兵達の頭の中で反射するように耳から離れなかった。

兵士たちの走る速度が徐々に遅くなっていく。

最後には足を止め、その場で膝をつき崩れるように倒れた。

助かった者は後にこう語る。

ある者は自分の体が燃え始めた、またある者は全身が凍りき動けなくなった。

それは幻覚の様でそうではない、実際にそうなった者すらいたのだ。

白い狼が駆け抜けた後には、兵士たちが倒れているだけだった。

それでも戦況は王国優勢である。

大太刀を片手に走り抜ける男は、叫びながら周りを威圧する。


「雑魚は下ごーとれ(さがってろ)!」

あんわろ(あいつ)おいん獲物じゃ(俺の獲物だ)!」

加速する刃は、血しぶきの嵐に突っ込む。

激しい剣戟と共に、嵐は止まった。

ぶつかり合う刃から放たれた衝撃波が辺りを震わせる。

そして二人の周りには砂煙が渦巻いた。

ルーファスは衝撃に耐えるように力む。

その反動で奥歯が欠け、歯ぐきから血が流れる。

大太刀の男は状況を楽しむかのような笑顔で、衝撃を耐えた男を称賛した。


良か太刀筋じゃ(いい太刀筋だ)!・・・たまらんな(最高だ)!」

おまんも(お前も)そう思うじゃろ(楽しいだろ)!?」


ルーファスは、その力を今迄に戦った何よりも重く感じた。

そして続けざまに押し込まれる。

人の力とは思えない程に重い。

ルーファスの腕は筋肉が張り、血管が浮き上がる。

そして、踏ん張る脚はその衝撃に耐えきれる自信はない。

なにより、目の前の男からは殺意が感じられない事が彼に恐怖を植え付けた。

ルーファスは恐怖を払うかのように叫ぶ。


「あんた、何言ってんのかわかんねーんだよ!!」


ルーファスは持てる力を振り絞り、圧し掛かる刃を強引に払い飛ばす。

大太刀の男は、自分の間合い内で飛びのいた。

しかし、その表情は余裕しかない。

実際、彼が下がらなければ、ルーファスがが反動で下がっていた。

それは壁を押しているとしか思えないほどに重い。

ルーファスは、口に溜まった血を吐き出し息を整える。

そして、大剣の握りを確かめ体制を整えた。


おう(おぉ)・・押し返すんか(押し返すのか)。」

じゃっどん(しかし)こんたならどげんな(これならどうだ)!」


大太刀の男は体制を半身にし、下段に構え剣先を下げる。

彼は笑顔だが、場の空気が明らかに変化した。

戦場の雑踏は二人だけの空間に変り消る。

ルーファスの手が汗ばみ、喉が渇く、明らかに嫌な汗が背筋を伝う。

それでも彼は、力を抜き精神を研ぎ澄ませる。

それは一瞬の事だ。

重い破裂音と共に男は消えた。

先の一閃を超える衝撃と共に、ルーファスの構えた大剣は天を仰ぐように弾かれた。

そして鍛え上げられたルーファスの巨体は宙を舞う。

ルーファスは愕然とした。

彼が宙を舞うなど十数年ぶりだろう。

目に映る大太刀の男は、まだ余裕すらある表情だ。

大太刀の男は、片手で大太刀を数回素振りルーファスを見る。

ルーファスは全力で戦っていた。

それなのに眼前の男は笑いながら間合いを詰める。

彼にはその容貌も相まって悪魔にしか見えないかった。


きばっじゃらせんか(頑張ってるじゃないか)、想像以上じゃ!」

そいでは(それじゃあ)そぉそぉ(そろそろ)本気でやっか(本気で行くか)!」

まちっと(もう少し)楽しませてくれや(楽しませてくれよ)!」


大太刀の悪魔は駆け出すと共に、大太刀に魔力が籠り始める。

ルーファスは、その状況に眉を顰め唇をかんだ。

明らかにヤバい。彼は地獄の門が目の前に開いていく気がした。

その時だ。

遠くから声が聞こえた。


「遊びすぎだ、驍宗(ギョウソウ)。」

「大将首が落ちたぞ。依頼人が死んでは金にならん。引き上げだ。」


巨獣に乗った狼の獣人が叫び、こちらに向かって来る。

悪魔の走る速度は一気に落ち、大太刀を背中の鞘にしまう。

彼はやる気をなくし項垂れた。

そして、頭を静かに左右に振りため息をつく。


なんちな(なんだよ)最悪じゃ(最悪だ)。」

おまん(お前)おもしてかったじゃ(面白かったよ)そいではな(それじゃあな)!」


悪魔は、狼獣人から出された手を掴み、その勢いで巨獣の後ろに乗る。

悪夢のような時間が嘘の様に場の空気は元に戻った。

戦場から嵐は去ったのだ。

驍宗と呼ばれた男は、今まで見たことのない人種だった。

彼は額に二本の角持ち、どう見ても悪魔でしかない。

気が付くと周りから、兵士たちの歓喜の声が聞こえてくる。


「「「うおおおおおーーーーー!!」」」


勝鬨が上がっていた。

ルーファスは天を仰ぐ。

彼は、久しぶりに死を覚悟していたのだ。

剣技にはそれなりの自信もあった。

しかし、圧倒的な差を見せつけられてしまった。

それはルーファスの想像を超えている。

あれは、おとぎ話や詩歌の英雄譚に出てくる魔王か何かなのだろうか。

小さい頃は英雄や勇者を夢見たことがあった。

しかし、あんなものを見せられては笑うしかない。

ルーファスはその場に剣を突き立てて、大の字で仰向けに体を大地に預けた。


「ゥハーーー。なんだありゃ、やばすぎんだろ。・・・ハハハハハッ、ゴホッゴホッ」


眼前の空はどこまでも青く澄みわたっている。

城塞は守られたのだ。

王国はザルツガルドを押さえ、帝国に王手をかけた。



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