11(37).忍び寄る悪夢
「 そっちの状況はどうだ。」
ファラルドはザビーネと物資の確認をしていた。
彼の声は、たくさんの足音と共に倉庫内に響く。
ザルツガルドの倉庫には、今まで占拠した街とは比べ物にならない量の食料や武具が保管されている。
その為、兵士たちは勝利の美酒を味わうことなく働きづめであった。
ファラルドは食料を確認しながら、後ろを歩くザビーネに視線を向け声をかける。
「うん、大丈夫そうだ。」
「さすがはザルツガルド。貯蔵してる量も多いな。」
「これは助かりますな。」
「この分だと第三次補給部隊の合流を待たずに、このまま進軍できそうです・・・」
彼の目に映るザビーネの表情には一抹の不安があった。
ザビーネは足を止め、ファラルドに心の内を投げかける。
「ファラルド殿はこの勢いで、帝都進行ができるとお思いか?」
ザビーネは、今回の進軍が順調すぎると感じているのだ。
確かに、王国には城門を貫く程の集団術式がある。
しかし、それだけでしかない。
帝国の物量は王国をはるかに上回った。
ファラルドはザビーネの言いたいことも理解している。
しかし、士気を下げる発言はしたくなかった。
「ん~・・・そうだなぁ、よほどのことがなけれ大丈夫だろな。」
「俺たちがザルツガルド到着する前の情報では他の部隊も善戦してる。」
「北部州侯率いる北部制圧部隊は、要所であるゲルセンシュヴァイアを制圧した。」
「ヘルネ領のボンデブルグ伯率いる南部制圧部隊の結果はまだだったか・・・」
「確か、帝国軍南方戦線総司令官総督率いる部隊と交戦しているが善戦らしいな。」
「まぁ、開発局が用意した集団魔法陣がありゃ、大丈夫だろ。」
ファラルドは戦争の現状を考え、今の優位性をザビーネに説く。
ザビーネはファラルドの話に乗り不安を払った。
「あれは反則です。一方的じゃないですか。」
「たしか、ギリアム様の部下が開発したとかだったか。」
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二人は、戦況を話しつつ作業を進める。
周りの兵士もその会話を聞き、頷く者や一緒に作業する者と称賛する者がいた。
彼らは兵に指示を出しながら倉庫巡りは続ける。
次第に話題は戦況から受勲に変わっていく。
「またギリアムは勲章貰うんだろし、今回はルーファスもあるだろうな。」
「たしかに、ルーファス殿もやりますな。」
「あの一騎打ちは、武人ではない私も鳥肌が立ちましたよ。」
本来、貴族以外にはいい顔をしないザビーネも、ルーファスの話題で大人げなく熱狂し称賛する。
二人は、たわいもない話をしながら、兵士たちを労いつつ倉庫を一回した。
そして、ファラルドはザビーネに指示を出す。
「武具があったことを、第3中隊に伝えてやってくれ。あいつ武器ねぇだろ。」
「かしこまりました。伝えておきましょう。」
日は、傾き空は赤く染まる。
兵士たちは作業を終え、勝利の宴を始めた。
ひと時の幸せでも、死と隣り合わせの状況では、この上ない贅沢だ。
日は沈み、そして冷ややかな闇が包んでいく。
闇に潜む帝国軍の影は静かに近づいていた。
宴も終わり、廊下を巡回する3人の姿かそこにはある。
僕は、アンリとミーシャの会話を聞きながら彼らにつき従う。
「小兄は明日、出立するんだよね。」
「そうだねミーシャ。」
「・・・歩きながら食べるのは良くないよ。いつも母さまが言ってるじゃないか。」
彼女は少し恥ずかしそうな表情で、僕をちらっと見てからアンリに反論した。
僕は、苦笑いを送るしかできない。
「父さまは怒らないじゃん。」
「てか、いつまで子供扱いしてんのよ。大兄やニーヤ姉は、子供扱いしないのに・・・」
アンリの小言に、ミーシャは耳を後ろにたたみアンリを睨む。
しかし、アンリはその行動を流すように諭した。
「ハハハ、そこだよ。」
他愛もない話をしながら巡回をしていると、下の階が騒がしいことに気づく。
この下の階は捕虜を集めた部屋のはずだ。
僕たちの正面には下の階へ続く階段がある。
静かに階段を下りた先には予想したくない光景があった。
そこには帝国の女子供、敗残兵がいる。
そして見たことのない兵も交じっていた。
アンリは、利き腕に魔力を集中し、静かに詠唱しながら駆け出した。
彼は、逃亡する兵達を追い牢のある方に向かう。
そこには見たことのない黒い斥候兵達がいた。
彼らは、敗残兵と新たに侵入してきた兵士を守るように立ちはだかる。
1人の黒い兵士は、残りの影に手ぶりで指示を出す。
そして一足に、アンリとの距離を詰める。
アンリは反射的に下がり、詠唱を完成させる。
アンリの振り上げる右手から放たれた氷の刃が斥候の首筋を襲う。
しかし、氷刃は空を切り、背後の壁を凍らせた。
斥候はアンリと交差し、アンリの首筋を襲う。
斥候の持つナイフには赤い血が滴っていた。
一方帝国兵達と二人の影は二手に別れ散っていく。
ミーシャの目にはそれらの後ろ姿が映る。
何方を追うべきか悩むミーシャにアンリは指示を飛ばす。
「ミーシャ、帝国兵が侵入した事を伝えるんだ。」
「狙いは城門だ。急いてあいつらを阻止するんだ。」
「ルシア、ミーシャを頼む。」
ミーシャは頷くと、後ろ髪を引かれる想いでその場を後にした。
僕は、ミーシャの後ろ姿を確認し、斥候の行く手を遮る。
斥候は慣れた手つきで手信号を出し、仲間達に指示を飛ばす。
僕は、刀身が短めのバスタードソードを抜き盾を構えた。
「行かせないよ。」
僕は階段を背に二人の斥候の足止めをする。
斥候の動きは速く、点として追うことができなかった。
斥候の連携した二つの斬撃は、装備の薄いところを的確に狙う。
僕は、2人の足止めだけを考えて行動する。
相手の攻撃を点から線で捉え、一方の斬撃を剣ではじき、もう一方の斬撃を盾で防ぐ。
師匠との訓練に比べれば大したことはないが、攻め手に欠けた。
それでも、僕は少しずつ相手の動きを誘導し、アンリとの距離を作る。
アンリも同じように2人の斥候と交戦中だ。
彼はミーシャの後を追わせまいと、魔力を集中し相手を威圧する。
二人の斥候、は間合いを詰めようとアンリに近づくも、彼が放つ氷の吹雪に阻まれる。
幾度となく間合いの取り合いをする3人。
青い被毛は徐々に紫に染まっていく。
肩で息をするアンリに、黒い兵士たちは称賛をおくる。
「我ら二人を相手によく戦ったな猫・・・諦めて死ね。」
アンリは一瞬僕に視線を送った。
その瞬間、二人の斥候がアンリを襲う。
だが、彼らは光に包まれた。
それは、詠唱と共にアンリが輝いたからだ。
アンリを中心に空間を凍らすほどの衝撃が広がる。
そして、天井や壁を厚い氷が覆う。
僕は唇をかんだ。
そして正面の二人を睨み、剣と盾に魔力を這わせた。
帝国の斥候の一人は笑みを浮かべ口を開く。
「猫にやられるとはな。だが、奴らの実力は我らの中で最下位だ。」
「小娘よ、我らと戦えたことを光栄に思い死ね。」
飛び掛かる斥候の刃を掻きくぐり、強引に盾の側面で殴り倒す。
衝撃の瞬間、僕は魔力を流し込む。
斥候は、抵抗なく壁まで吹き飛んだ。
残りの斥候は倒された仲間を無視し、背後から斬撃を放つ。
僕は感じた魔力めがけ、回転しながらバスタードソードで薙ぎ払う。
斥候は身を翻し斬撃を躱すが、僕は飛び掛かり間合いを詰めている。
そして盾の握りを離し、斥候の頭を鷲頭にした。
斥候は笑っている。
僕は宙に浮き彼の顔にぶら下がっているにすぎないためだ。
しかし、男の表情は一瞬恍惚になるが、泡を吐きそのまま床に沈む。
この廊下で5人の命が消えた。
そして、城塞では王国兵の声が静寂をかき消した。
「敵がが侵入したぞ!管理棟に急げ!」
城内は大声の波と共に、張り詰めた空気が飲み込んでいく。
搦手口からは帝国兵があるれかえる。
城内は乱戦状態になっていた。
剣戟が飛び交い、血しぶきが舞う。
「管理棟を目指せ!」
「「「うぉおおおおーー!」」」
半時もしない内に城門は開き、空には魔法信号が炸裂した。
闇の中から地響きと共に帝国兵の波が城門に押し押せる。
城壁から炎の雨が降り注ぐが、その勢いは止まらない。
アレクサンドリアは状況を確認し、各隊長に指示を飛ばす。
「ゴリアス殿、貴殿の隊は城壁の左右に別れ法術団のサポートをしろ。」
「ルーファス殿は第三中隊で城門の敵を押し返せ。」
「ファラルド!お前と私の隊で場内を抑えるぞ。」
各将は別れそれぞれの戦場へ向かった。




