8(34).絶望の嵐
貿易都市バルハンブルクから本体が出発。
それを追うように、僕たち第一補給部隊も移動を始めた。
本体はこの先の町アナスタシアを越え、
この戦争で帝国防衛の要となるアルハンブルク渓谷城塞を目指す。
補給部隊はこの先のアナスタシアで2部隊に別れる。
半分の部隊を部隊長のファラルドが指揮を執り本陣へ合流させる。
もう一部隊は、法術団第四中隊中隊長ザビーネが指揮を執り、追加物資の受領を行う。
そして、アナスタシアで受領後、本体を追う流れだ。
僕は後者の部隊に配属されている。
部隊を率いるザビーネは、ファラルドとは真逆の性格に思えた。
彼は、自ら傭兵団には声をかけない。
その上、ことあるごとに平民ごときがと悪態をつく。
しかし、正規兵たちからは慕われている様だった。
王国や帝国に根ずくヒューマン至上主義とは別に、昔から貴族至上主義を唱える人々がいる。
本で得た貴族主義とは、貴族は平民から税を徴収し、貴族として煌びやかな生活を行う。
その代償として、平民を天災や戦争から命に代えても守るといった内容だ。
しかし、ヒューマン至上主義の台頭と共に内容は捻じ曲げられた。
今では、貴族こそ神、敬われて当然となっている。
そのためか、ファラルドから隊を引き継いだ後は、一部騎士と傭兵の間で衝突が増えた。
数日が過ぎ、僕たちはアナスタシアの町に着いた。
この町は懐かしい、師匠と買い出しに来た町だ。
だが、あの時に比べ町は閑散とし活気がない。
僕は作業を終え、ギルドで話を聞くことにした。
職員からの回答では、帝国の徴兵が幾度かあったという事だ。
町の若者は、半ば強引に徴兵されたという。
話を聞くうちに、僕は師匠のことが気になっていた。
物資受領まで1日以上がある。
僕は、話が通じる副指揮官に時間をもらい馬で町を出た。
目に映る光景は、農地が踏み荒らされ荒廃し、森も一部切り開かれている。
戦争は人を殺め、環境すらも変化させていく。
僕は、日が落ちる前に師匠の庵に着くことができた。
湖畔はあの時のまま静けさを讃えている。
しかし、庵の扉は風に遊ばれ軋んでいた。
僕は、馬から降り、急いで庵の中に入る。
「師匠!」
壁は焦げいくつもの穴が開き、辺りは荒れはて、床を血痕が染めていた。
僕は胸が締め付けられ、頭から血の気が引くのがわかる。
心音が高鳴る中、裏庭に走る。
「アリシア師匠!」
そこに繋がれているはずの馬は、その形状を残さず、頭だけがその場に横たわっている。
嫌な想像だけが、頭の中を駆け巡り、進める足を重くした。
「師匠!!」
離れの倉庫を探すも、声はむなしく響くのみだ。
そして奥には、人だったであろう肉片が無残にも転がっていた。
僕は目の前が真っ暗になり、体の力が抜け膝からその場におちる。
あの師匠との日々が頭の中を流れる。
そして、ここにいるはずの彼女のいたずらな笑顔を想い出す。
頬を温かい涙がぬらす。
溢れ落ちる涙は止まらない。
僕は嘆き悔いた。どうして彼女のそばを離れてしまったんだと。
感情と彼女への思いが交差し、僕は叫ぶしかなかった。
僕は倉庫にあった肉片を集め埋葬し、翌日の昼過ぎ町へ戻った。
残された庵の窓辺には、寂しく青白いアモリウムが色をたたえる。
僕は馬に揺られ、アナスタシアへ戻った。
アナスタシアでは追加物資の受領中で、同僚たちが物資の確認中を行っている。
僕も物資の確認作業に入り、機械的に業務をこなす。
この日は出発前の食事も何を食べたかすらわからなかった。
町の喧騒、人々の笑顔、全てがどうでもよくなっている。
部隊は補給物資を受領し、渓谷城塞を目指し出発した。
まだ太陽は沈んでいないが、森は暗く静かだった。
半時が過ぎたあたりだ、多数の風切り音と共に血しぶきが飛ぶ。
周りには魔力を感じない。
それは法術隊も同じで、王国兵はだれも予想していなかった。
ザビーネから指示が飛び、集団の速度は上昇する。
しかし、部隊は長距離から囲まれていた。
矢は八方から飛び、王国兵に襲い掛かる。
僕たちは待ち伏せされていた。
魔力感知ができない以上、視覚以外で敵の位置は確認できない。
王国兵たちは木々の影に入り射線から逃げる。
ザビーネは当たらな指示を出す。
法術隊は手段の中心で魔力を高める。
傭兵団は術士の壁になり、術式の完成を待った。
少し時間を置き、傭兵部隊の正面には魔法による土の防壁が完成する。
王国軍の隊列は、時と共に縦に伸び始めていた。
僕は人の命が消える光景になにも感情が湧かない。
それでも、最後尾で魔術士の壁になり盾で矢を防ぐ。
遠くから法術隊副団長の指示が飛ぶ。
「傭兵団、射線を開けろ!」
放たれた魔力は、地面を凍らせながら巨大な冷気の塊となり、すぐ横を駆け抜ける。
そして放射状に広がり、辺り一帯を氷の世界に変えていった。
帝国兵の攻撃が弱まると、副団長は兵士たちを先導する。
「傭兵、走れ! 隊長たちに合流して森を抜けるぞ!」
僕は最後尾から荷馬車を追いかける。
先を行く荷馬車の速度が少し遅くなっていた。
それは先頭集団に近づいていることを示しす。
側面からも矢が飛び交う。
そして、後ろからは帝国の騎馬が迫る。
自分より後方の仲間は蹂躙されていく。
僕の感情は混乱している。
それは胸に空いた大きな穴から漏れ出す感情と生物としての摂理が交錯しているからだ。
そして僕は正気を失い、感情を1つ残した。
虚無の中残った感情は、師匠を蹂躙した帝国への憎しみだけだ。
僕は怒りに叫び、帝国兵へ反転していた。
騎馬は槍の穂先を向け突っ込んでくる。
僕は、半身で体勢を限りなく沈めた。
そして迫りくる槍の穂先を盾でいなし、馬の腹から後ろ脚を横薙ぎに切り裂く。
騎馬は紅い血しぶきを上げ、地面を滑るように沈んだ。
数機の騎馬が横を過ぎていく。
頭の中では、忘れていた声が囁きかけた。
"輪廻に足掻く子よ、力の奔流に従え"
その瞬間、魔力の波紋が辺りに広がっていく。
横を過ぎていった騎馬たちは波紋にのまれ、意識なく地面へ沈んでいった。
周囲には意識を失った両国の兵士たちが恍惚な表情で泡を吹き倒れている。
遠くで鳴り響いていた車輪の音はもう聞こえない。
目の前には、騎馬と歩兵が群れを成し迫っている。
帝国兵の多くは夜目の利く獣人だった。
僕は注目を集めるように、鉈で盾を数回殴打させ、一度鉈を回した。
わずかに覗く月明かりを鉈の刃が弾き、闇にその存在を示す。
帝国兵の波は次第に僕を囲んでいく。
森の中は乱戦状態だ。
血しぶきが舞い、人であったものが形を失っていく。
何人かいた仲間の傭兵も一人また一人と倒れていった。
僕の前には幾人もの帝国兵が、姿を変え繰り返し飛び掛かってくる。
僕はその度に襲い掛かる重い一撃を躱しまた防ぎ、それらを肉塊に変えていった。
鉈の握りに違和感を感じ始めた頃、敵兵の後頭部を勢いよく横薙ぐも、期待した結果は返さない。
血油で切れなくなった鉈は最後の肉塊を作り、そこに食い込んで終わった。
僕は鉈を手放し、迫りくる兵の顔面に盾をぶち込む。
先方からは何かしらの指示が飛んでいる。
そして1人の兵がゆっくりと近づく。
それは拵えの良い鎧を身に纏った帝国軍の騎士だ。
ニヤニヤとおもちゃでも見つけたような表情をして距離を縮める。
「お前らは、手をだすんじゃねぇぞ。俺の獲物だ。へっへっへ、終わったら楽しめそうだ。」
僕は武器がないうえ、肩で息をしている。
帝国騎士の攻撃は、致命傷にならない程度に、しかし着実に僕の四肢を襲う。
帝国騎士は明らかに遊んでいた。
僕は攻撃を受けつつも回避を続ける。
そして、気が付くと大木を背にしていた。
帝国騎士は勝機とばかりに体を大きく引き突きを放つ。
僕はそれを掻い潜り、顔に腰を入れた盾の一撃を入れる。
帝国騎士の憎たらしい顔はつぶれ血まみれになった。
しかし、踏ん張りが甘くなった為か、致命傷にはならない。
帝国騎士は激怒し、一瞬で間合いを詰める。
僕は盾を使った"いなし"を合わせきれず、帝国騎士の強力な一撃で膝を落とした。
続けざまにもう一撃、繰り返される斬撃。
だが、帝国騎士は怒りに我を忘れ、隙だらけになっていた。
この距離は手の届く距離だ。
僕は最後の力で、帝国騎士一撃をかわす。
伸ばした手の先には奴のつぶれた顔がある。
僕は帝国騎士の顔を鷲掴みにし、魔力を送り込んだ。
今まで叫びながら、剣を振り続けていた男はそこにはいない。
帝国騎士は恍惚な表情になったかと思うと白目をむく。
そして、痙攣し口元を泡だらけにする。
帝国騎士から手を放すと、簡単に崩れ落ち地面に沈んだ。
その異様な光景に、取り巻く兵たちは息をのむ。
そして兵士たちは距離を取る。
あの喧騒は無くなり、辺りが静まり返った。
そこにあるのは、こちらを睨む矢じりの輝きだけだ。
僕は現状が馬鹿らしく思え、全てが空しくなった。
「ハハハッ・・・まだこんなにいるよ・・・師匠・・・」
僕の脚や肩に矢じりが食い込む。
僕はまた何もできなかった。
ボルトが刺さる反動で、大地に擁かれるようにゆっくりとあおむけに倒れ込む。
これで悲しみからも解放されるのか、そう思った時だった。
二本の熱閃が、僕を挟むように駆け抜けた。
目の前の帝国兵士たちは、王国の魔術師たちに焼き払われたのだ。
「キミ、生きてるよね?」
うっすらと人影が見える。
その人影は辺りを確認し状況を部隊に報告する。
「負傷者3名確認!」
その人影には2つの角とクネクネとした尻尾が見えた。
僕は助けられたのだ。
母や師匠のもとに行くことはできなかった。
数名の兵士が担架を用意し、負傷者を運んだ。
僕も彼らに運ばれ馬車に乗せられる。
本陣から援軍がまにあったようだった。
僕が最後に見た光景は、まさに地獄そのものだった。




