36(324).黄泉路の邂逅
少女の様な少年は、闇の中を歩く。
彼の瞳に映る風景は、何処かの河原。
そこには、泣きながら石を摘む幼児達。
その石は、ある程度の高さを迎えると牛頭の魔物がそれを崩す。
幼児達の涙は、枯れる事がない程だった。
ルシアの視界に一艘の船が入る。
そこでは、ファルネーゼより少し背の高い男が、船頭らしき者と口論を始めていた。
それは、声の様に声でない様にも感じるが判らない。
「はぁ?・・・ねえよ金なんて。」
「規則じゃ。」
「何だよ規則って、そもそもここはラトゥールじゃねんだろ?」
「 ここは ─── の河。」
「そしてこれは、あちらへ渡る唯一の船。」
「規則無くして守れる秩序はございません。」
男は船頭を睨みつけ、その場を後に捨て台詞を吐く。
「うるせえババアだ・・・こっちは農民だってんだよ!」
「金なんざ、嫁に預けて来たってんだよ馬鹿野郎。」
「はぁ・・どこだよここは・・・・ガキが生まれたばっかだってのに。」
男は、河原を歩き腹いせに牛頭の魔物の背中に蹴りを入れる。
「てめえは、ガキばっか虐めてんじゃねえよ!」
「ちったあ、まっとうに働けや!」
牛頭の魔物は、勢いよく頭から砂利に滑り込む。
その光景は、ルシアには痛々しく映った。
しかし、相手は魔物の様に見える。
ルシアは、腰に手を当てるが舞姫も封魔鬼盾も無い。
「なぜ・・・でも、あの人が危ない。」
ルシアは駆け出す。
そして、二人の間に割って入る。
牛頭の魔物は、手に持つ棍棒を振り下ろす。
ルシアは、脇を閉め腕を立てる。
そして、振り下ろされた棍棒を腕でいなす。
「いけるのか・・」
魔力も高まることは無い。
しかし腰の入った掌底は、牛頭の魔物の顎を捉え、魔物を川へ吹き飛ばす。
後方の男は、眉を上げ下げし口元を緩めた。
"ヒューゥ。遣るじゃねえか・・・お前どっちだ?"
「僕はルシア、男だよ。」
「お兄さんは?」
何処か懐かしい感じのする男はルシアの肩を軽く叩く。
"そうか、男か。"
"どっちでもいいが、お前やるじゃねえか、大したもんだよ。"
"ウチの小僧も、お前みてえにしっかり育って欲しいな。"
"おっと、自己紹介が遅れちまったな。"
"俺は、リューゲって庭師だ。"
「よろしく。リューゲさん。」
「んっ、リューゲ・・・いやそんな筈は・・」
リューゲは、悩む少年を覗き込む。
"子供が悩むんじゃねえよ。"
"悩むのは親の仕事だ。"
"俺みてぇなオッサンで良かったら、聞いてやっぞ少年。"
二人は河原を歩きながら会話する。
ルシアの違和感は会話の中で確証を得た。
しかし、時の流れはそうさせなかった。
ただ、現状で分かる事は、いつの間にか元の場所に戻されている事だけ。
抜け出す方法は、河を渡る事ぐらいだろうか。
ルシアは、リューゲに質問を投げる。
「リューゲさんは、これからどうするの?」
”そうだな、あの婆でも判らせるか・・・棍棒も拾ったし。”
その表情は、どこか悪戯めいている。
それは、表情通りやり兼ねない様にもそうでない様にも見える。
ルシアは、苦笑いしか浮かばなかった。
それも、二人の脚は桟橋へと向かっている。
それは、そこ以外に行く場所が無い為だろう。
桟橋で待ち受ける船頭の老婆は視線を向け告げた。
『お戻りになられましたか。』
『して、ご用意はいかに?』
"おう、婆さんコイツでどうだ?"
ルシアは、すかさず止めに入る。
「リューゲさんダメだ。」
「力じゃ何も解決しないよ。」
抑え込まれたリューゲは、天を仰ぎ挑発するような表情。
"かぁーーーー、これだから困るぜ。"
"お前な、俺はそこまで野蛮じゃねえぞ。"
"悪人面でも、悪人じゃねえんだよ。"
"お前は、俺の嫁みてえな奴だな・・・まぁ、見とけ。"
リューゲは、棍棒を老婆に見せ品定めさせる。
そして交渉開始。
小一時間値切るリューゲに対し、普段は見せる事なさそうな表情の老婆。
『足りぬ分は、小僧に付ける。』
『お主、感謝せえよ。』
『お主と違って、小僧には相応の徳がある。』
『二名じゃな・・・さっさと乗れ。』
二人は船に乗る。
ゆっくりと進む船の先には、先ほどの河原とは打って変わって美しい花畑。
川を隔てただけだというの光さえ当たっている。
そこに映る人影に、ルシアは追慕を現実に感じた。
「ミーシャ?」
横でくつろぐ男は、ルシアの呟きを拾う。
"ほぉ、知り合いかい。"
"それじゃぁ、ラトゥールに帰れそうだな、こりゃ。"
「・・・」
船は対岸の桟橋に到着。
船頭の老婆は意味深に笑みを浮かべ、ルシアに言葉を残した。
『行くも返るも、お主次第。』
『どちらに転ぶも苦しむのはお主じゃ。』
老婆の漕ぐ船はゆっくりと桟橋を離れ対岸へと戻っていく。
残された二人は、先の園に視線を向けた。
そこには、白い被毛が美しいケットシーの女性。
"ルシア、ここはダメだよ。"
彼女の表情はきつい。
そこに笑顔などまったく無く、悪戯をしたラスティに向けるそれと同じだ。
ルシアの横では、苦笑いするリューゲ。
"お前、何やらかしたんだ?"
"猫の嬢ちゃん、えらくご立腹だぞ。"
そうこうしていると、新たな人影が手を振り此方へと駆け寄った。
それは、何年も前にやつれた表情を最後に見た女性。
ルシアは呟くも、横から大声が響く。
「 ──── 」
"ティーネじゃねえか!"
"すまねえな、迎えに来させちまったみてぇで。"
笑顔の女性は、リューゲを抱擁する。
そして、拳でリューゲの頭を強く殴りつける。
"アナタ、どこ行ってたの!"
"心配だったのよ。"
リューゲは彼女の尻に敷かれる事に笑顔を浮かべる。
それは、ルシアの見た事の無い親の姿だった。
呆然と立ち尽くすルシアにティーネは告げる。
"ルシア、無理させちゃったわね。"
"でも、男らしくなったわ。母さん嬉しい。"
"ほら、アンタも何とか言いなさいよ。"
促されるリューゲは、目を瞑り悩む。
そして、全てが繋がったかの様に話し出した。
"記憶が繋がったよ・・・ルシア。"
"お前には苦労しか贈ることができなかったな。"
"本当にすまなかった・・・"
"俺が言うのも変だが、最高のガキだぜ、お前。"
"まぁ、俺に似なんで良かったって事だが・・・"
"あんまり人をどつくなよ。"
ルシアは、二人を見つめる。
そして、頬を伝う涙を拭い言葉を返した。
「ありがとう、母さん、父さん。」
リューゲはティーネの肩を寄せ優しくルシアを見つめる。
そして、何かを想い出したかの様に告げた。
"それと・・・・"
"あん時は、ティーネのロザリオで、ちったあ致命傷は免れたんじゃねえか?"
"お前には帰る場所がまだある・・・お前は帰れ。"
"後は・・・大事な奴は泣かすなよ。"
"ほれ、猫の嬢ちゃんと話してこい。"
リューゲは、視線を送りルシアを促す。
少し離れた場所で、ようやく笑顔になったミーシャ。
その口調は、いつもの様に優しいがどこか悲し気だ。
"まだ、来ちゃダメだよ。"
"ルシアは、まだこっちに来ちゃダメ。"
"ラスティが悲しむよ。"
"さぁ、あなたは帰るの・・・みんなの所に。"
ルシアの視界はだんだんと暗く歪む。
ハッキリと聞こえていた筈の声には少しずつ遠く小さくなる。
そしてミーシャは、呟くように囁く。
”アリシアを大切にね。”
ルシアは、急に体に痛みを感じた。
そこには、涙するアリシアの顔。
吐血し息を吹き返すルシアは咽る。
アリシアは、嗚咽しルシアの胸に顔を埋めた。
「ルシア・・・よかった。」
ルシアは半身を起こし、頭を掻きばつの悪そうな表情を浮かべた。
そして、胸に埋ずまるアリシアへ言葉を返す。
「帰されちゃったよ・・・」
「ミーシャがね、アリシアを大事にしろって。」
「フフッ・・・いってくれるなミーシャ嬢。」
アリシアは、強く抱きしめ離さない。
ルシアは、彼女の温かみに生を感じ、優しく彼女を抱きしめ返す。
暫くして表情を見せるアリシアの瞳は赤い。
ルシアは震える指でその頬の涙を拭う。
そして、互いのは見つめ合い、ゆっきりと唇は重なり合う。
「「・・・・」」
「アリシア、帰ろ。」
「ラスティが待ってるよ。」
「・・そうだな。あいつは寂しがり屋だからな。」
それから数日後、小さな亀裂は隧道に変る。
現れたのは見慣れた武器屋のオヤジ。
「相変わらず、しぶてぇな、おめぇはよお。」
「年寄りを泣かすんじゃねえよ。」
聞きなれたオヤジに導かれ二人は太陽の下へと戻る。
訪れる町は何処も活気に溢れ、どの街でも英雄達を讃え祭りがおこなわれていた。




