34(322).詩歌の真実
鬼の戦士は息を吐き捨てる。
その背には吸血鬼の女剣盾士。
彼女は、驍宗に声を掛けた。
「驍宗・・大地から続く魔力・・・弱まっておりませんか?」
「芭紫姉も感じたんか。」
「下んバカでけ魔力・・いや・・何かはないじゃ?」
視線を交わす事なく二人は状況を判断する。
しかし、目の前の状況が大きく好転した気配はまだない。
声を張り上げる驍宗は、呀慶に指示を仰ぐ。
「呀慶! いけんすっ?」
「下の事だな・・・」
「ルシアの魔力が消えた・・・」
「しかし・・・」
藻はその言葉を補足するべく、眉を顰める呀慶に声を飛ばす。
「呀慶様、アリシア様の魔力は健在でありんす。」
「しかし、何か不思議な力もある・・・神力・・・そんな筈・・・」
呪術を継続しつつ悩む二人。
目の前で感じる魔力の筋は徐々に弱くなり途絶える。
それは、人々に一縷の望みを生む。
東の戦士達の後方で、集団術式を作り上げていくリーファ達。
リーファは、ファルネーゼから薬の便を受け取り口を付けた。
それは膨大な魔力を失ってなお、使用制限のある薬物を喰らい続ける他ないからだ。
「まっずっ・・・ありがと、ファルネーゼ。」
「次は飲みたくないな・・・」
「さてと・・・ギリアムそっちはどう?」
リーファは、術式調整する魔導技師へと視線を飛ばす。
男は、何度かのチェックを終え彼女に答えた。
「あとは、必要量が充填されれは行ける。」
「リーファ・・無理はするんじゃないよ。」
ギリアムは、眉を顰めリーファを見つめる。
術式の中心でリーファは、自身の魔力を高めつつ声を返した。
「大丈夫・・・誰も怪我なんてしないわ。」
「だって、彼女が改善した術式よ・・・私は信じる。」
返る言葉にギリアムは表情を崩した。
そして、最終調整を終え声を返す。
「リーファ、行けるよ。」
「フフッ、第二撃・・・いってみよう!」
「皆、頑張って頂戴よぉ~・・・・」
リーファは地面に造られた術式に巡る魔力を感じる。
そして、正面に突き出し構えた両の手の平に集中。
目の前にある見えない壁は、今まさに鬼が襲い掛かっていた。
「良くやるわ・・・フフッ。」
「みんな~、いーくーわーよー!!!」
周囲の魔力は1人の魔術師に集中。
それは、地面そして空中に刻まれた術式を光らせた。
女術士の両掌は光る。
「いっけーーーー!!」
鬼の斬撃は、空間にヒビを生んでいた。
鬼は後方から迫る莫大な魔力に気付き、その場から飛び退く。
鬼の作ったヒビを目掛け進む膨大な魔力。
次の瞬間、爆発と共に発せられる熱量。
ヒビは巨大な亀裂となり空間は砕け散る。
リーファの後方では歓喜の叫び。
着地した鬼は、口元を一瞬緩め叫ぶ。
「呀慶!!」
その声に続くのは、二色の呪言。
そして、脇を横切る疾風は声を残す。
「行きますわよ、驍宗。」
「押ぅさぁ!」
芭紫は、進行を邪魔する女神の腕に集中。
振り払われた腕を大小手でいなす。
その姿は異常。
少女の様な大きさの女性が巨木を流す。
そして続くのは、鬼の斬撃。
抜刀からの斬撃は、音の壁を越え神の腕を斬り飛ばす。
『下郎が・・・ソラス! 何をしておるか!!』
女神の叫びは空しく響く。
羽虫を払うように迫る残る一椀。
芭紫は驍宗に視線を送る。
「驍宗。ここはお任せなさいな。」
「貴方は、封印なさい。」
「まかっせっ!!」
「呀慶! 光じゃ!!」
声の飛ぶ先では、呪言の準備を終えた白狼と妖狐の姫。
藻は、呀慶に視線を送る。
呀慶は頷き、魔力を解放。
「「オンバザラヤキシャウン オンバザラヤキシャウン オンバザラヤキシャウン!!」」
驍宗の駆ける目の前には、天井を貫き落ちる光の柱。
それは、耳をつんざく巨大な爆発音と共に女神の器を焼き尽くす。
光から姿を現したモノは女神とは呼べる代物ではない。
見るに堪えない姿に西の戦士達は眉を顰める。
女神の皮膚は溶け崩れ、肉は爛れ蒸気を上げる肉体。
女神が怒りを覚えない訳がない。
『ソラス!!』
『一度ならずに度までも・・・貴様は終わりじゃ!』
その叫びに被せる様に鬼は叫ぶ。
「終わったぁ、貴様じゃぁ!!!」
加速する男は体勢を更に落し姿を消す。
その刹那の中で独特の運びにより魔力、そして集中力は爆発的に上昇。
閃光は黒く燃え上がり一つの斬撃へと昇華。
爆発音と共に両断された女神の上半身は沈む。
その先には、白熱した刀身を振り払い、仰々しく納刀する鬼の背中。
女神の肉体は、器のそれに戻る。
ソラスの魔力が途絶えたソレは、腐臭を放ち限界を超え塵となり消えた。
呀慶と藻は、女神だったソレを二方で囲み封印を始める。
一方、芭紫は驍宗の下へ。
「驍宗、よくやりました。」
「芭紫姉も・・・」
芭紫は鬼の笑顔を見つめ目を瞑る。
生を感じ鬼もまたそれに答えた。
封印を終えた呀慶は、ファルネーゼに告げる。
「西の戦士よ、助力感謝する。」
「全てが終わった・・・あとは地上を目指すだけだ。」
ファルネーゼは、かけられた言葉に笑みを漏らす。
しかし、足りない感情に辺りを見回す。
「ねぇ・・・アンタ達、ルシアちゃん達知らない?」
「すまん・・・」
呀慶は目を瞑り項垂れる。
その姿に藻が補足を加えた。
「何故かはわかりんせんが・・・」
「ルシア様達の魔力を下から感じんした。」
「でも・・・今は感じんせん・・・」
ファルネーゼは眉を顰め唇を噛む。
そして、眉尻を下げ作り笑い。
しかし、彼女の頬は冷たく湿る。
「ちょっと・・ルシアちゃんなんだよ・・」
「そんなわけないじゃん・・・ねぇ。」
「ファルネーゼ様・・・これも戦です。」
レドラムは、ファルネーゼに視線を向け首を左右に振る。
それでもファルネーゼは辺りを見回す。
「ねぇ、アンタらだって・・・ルシアなんだよ・・ねぇ。」
芭紫は目を瞑り視線を合わそうとしない。
湿った空気の中、驍宗はその拳で岩壁を抉る。
そこに在るのは、鬼の血がにじむ岩壁。
鬼は眉を顰め叫ぶ。
「糞馬鹿野郎が!! 死んじまったや、終いじゃねえか!」
それは、洞窟内に響き渡りファルネーゼもまた現実を受け入れた。
しかし、悲しみに浸る時間など女神が用意するはずもない。
大地は揺れ、祭壇は崩れ落ち、さも人柱にする為に帰還を阻む。
ファルネーゼは、息を吐き捨て意識を集中させた。
「ドゥルーガ様、レマリオ、先導をお願い。」
「全体! これより最も深き祭壇より撤退する・・・」
「生きて・・皆、生きて地上を目指せ!!」
後に神殺しの英雄 ” 戦姫ファルネーゼ ” を謡うハーデンベルク叙事詩の一幕。
しかし、真実は無情で、共に笑い戦い抜いた友人はそこには居ない。
神殺しの一節の真実は、実に残酷なモノだった。
そこは、人の力では到底到達できない戦い。
現実は、活躍した者が全て英雄と呼ばれる程甘くはないのだ。
それから数日経ち日の光を浴びた勇者たちの軍勢は報告の為法王庁へ向かう。
驍宗たちは、法王ピエトロに挨拶し、その足でワイバーンの背に乗り東へと帰還。
後に蓬莱国の資料には、西の守人 ” 魔剣盾士ルシアと賢者アリシア " の名が残る。
しかし、西にはその様名は残されていない。




