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33(321).ハーデンベルク叙事詩

天は人々の争いに怒り悲しむ。

争いを治めるため、女神は大地を裂き魔物の軍勢を仕向け、互いの協力を促した。

其々の国の王族たちは、民を先導し世界を守るために動く。

人々の長であるグーデンベルクの王は、妹君を筆頭に神を鎮める戦へと出向いた。

人々の王と獣の王たちは手を取り、法王の加護を受け進軍する我らの希望となる。

希望の軍勢は、神を鎮める為に最も深き古の祭壇へと踏み入った。

幾多の試練を越え、戦姫ファルネーゼは神を鎮め世界に安寧を齎す。

沈み行く祭壇は、英雄達の帰還を拒むも、神に認められた者達は無事地上へと帰還した。

戦姫達を迎える法王は、この戦に出向いた者に英雄の称号を授与。

美しき英雄姫ファルネーゼ・ハーデンベルクの誕生である。


法王庁の大聖堂で開かれた宴の席で、その空間を眺める一人の男。

その装いは、冒険者の様で、それにしては軽装で華やか。

吟遊詩人は、満足そうな表情で羽ペンを置く。

そして、目の前の光景に、匂いに生を実感する。

詩人は、背後の気配を感じその主を探し首を向けた。

そこには、彼の詩歌を覗き込む商人。

商人もまた満足な表情で彼の肩に手を置いた。


「ふむ・・・・・・・・」

「素晴らしいではないか。 うむ、良い出来だよ。」


「これは、エドモストン様。」

「ありがとうございます・・・」

「しかし、あの様な地獄には、二度と行きたくはありません。」


「ハハハッ、それ程でありましたか。」


北の国ヴァンタベヴェイロにある港街を中心とした領地を治める豪商は表情を引き締める。

そして、宴の中心にいるヒューマン達に視線を向け、吟遊詩人に話を続けた。


「しかし、良いネタになる。」

「我らの世は安泰だ・・・・分かっては、おりますな?」


豪商の圧のある優しい声色に吟遊詩人は怯むことは無い。

しかし、彼の意を汲み答えを返す。


「はい、都合よく他種族の詩人は地の底です。」

「ハーデンベルクの同業者達の口裏も抜かりなく・・・・」


視線を詩人に向け口元を緩める豪商は、詩人に少し大きめな革袋を渡す。

手渡された詩人は、そのずっしりとした重みに口元を緩め、袋を懐にしまう。

その姿に、人のよさそうな表情の豪商は問いかけた。


「良いのか?」


「えぇ、商売は、情報と信頼ですからね。」


「ハハハッ、分かっておりますな。」

「して、あなたの目に映った出来事を伺っても良いかな?」


吟遊詩人は、ゆっくりと目を瞑り、唾を飲む。

そして息を整え、豪商へ意志を返した。


「えぇ、ご依頼ですからね。」


「では、あちらに部屋を用意しております。」

「よろしいかな?」


「はい、参りましょう。」


詩人は荷物を纏め、宴の場から豪商に誘われるままに彼の後を追う。

用意された静かな部屋で、詩人は雇い主へ報告を始めた。


「あれは、まさに地獄です。」

「時の女神なんて可愛いもんじゃありませんでしたよ。」

「まさに邪母神が相応しい。」


「ほぉ、多くの者が死んだと聞いたが、女神に遣られたのか?」


「いえ、それまでの道のりも・・・」

「そこらの魔窟に出る魔物など、獣と変わりませんよ・・・」

「あんなモノに恐怖していたなんて馬鹿らしいと感じる程です・・・」

「アレだけの軍勢で帰還した者は、出発時の5分の1以下。」

「そもそも、女神の祭壇に辿り着けた者など最初の4分の一以下です。」

「 ────────── 」


豪商は、暖炉の火に視線を落とし息を飲む。

彼の表情に笑みなどない。

その視線、口ぶり、そして声色は真剣だ。

豪商は話を促す様に吟遊詩人に視線を戻す。


「それでもどうにか出来たのは、詩歌の通りなのかね?」


「いや・・・・」

「まぁ、確かにファルネーゼ様を筆頭に、西諸国の軍人達が活躍したのは事実です。」

「しかし、東の地の戦士達・・・アレは敵に回してはいけません。」


「ほほぉ、そうですか・・・良い情報だ。」

「さぁ、話を続けてくれ。」


豪商は、口元を緩め、赤い果実酒でのどを潤す。

それを見る吟遊詩人も、喉の渇きを思い出しそれに習う。

吟遊詩人は、夜空の作を見つめ豪商に言葉を続けた。

幾つかの情報に豪商は笑みを浮かべ笑う。

話はこの戦の佳境に移り、詩人の表情は記憶に引き戻される様に青ざめた。

彼は震える足を押さえ話しを続ける。


「あれは、女神との戦闘でした。」

「私は隊列の最後尾でしたが、洞窟だというのに恐ろしい風が巻き起こるのです。」

「暴風が吹く度に悲鳴が上がり、血肉が舞い散る・・・今思い出しただけでも・・・」

「しかし、微かな希望はありました・・・」

「私の目に映るのは、巨大な女神に立ち向かう東の戦士達。」

「そして、そのサポートをするファルネーゼ様達の姿がありました。」


青ざめる詩人に対し、厳しくも優しい表情を向ける豪商は、彼の器に酒を注ぐ。

そして、眉を顰め詩人に話を促した。


「事実は奇なり・・か。」

「それで、何をそこまで恐怖したのだね?」


「あれは、不思議な光景でした。」

「西の戦士が飛び掛かるんですが、空中で遮られるんです。」

「鉄でも・・それこそヴィーヴルでも真っ二つにできる戦士がですよ。」

「それが、半時・・・いや一刻ほど続いたんです・・・」

「もちろん、女神が何もしなかったわけでは無いんですがね・・・」

「今思い出しても震えが・・・・・あれは絶望しかありませんよ。」


「何もできなかった・・・という事かね?」


詩人は注がれた酒を煽る。

そして目を見開き、豪商の問いを返した。


「あれは正に・・・神の絶対領域・・いや神域とでもいうべきか。」

「触れてはならない存在に思えました・・・」


「それ程か・・・その中で軍隊は減っていったと。」


「えぇ、女神が腕を振れば、最前線で血肉の大波が巻き起こり、血の雨が降るんです。」

「こちらの魔法は女神に届く前に消える・・・・私は何を見せられているのかと。」

「正直、依頼を受けた事に後悔を覚えましたよ・・・」

「戦っていない私ですら、人生を考えなおす程に・・・あれは走馬灯とか言いましたかね。」


豪商は、皿に盛られた魚の乾物を狼狽える男に勧める。

その姿に、表情を崩し、息を整える吟遊詩人。

一息つき、吟遊詩人は話を続けた。


「あれは頭に角がある東の戦士が ──── 」


豪商は話を聞き終え、吟遊詩人を帰し、椅子に深く座った。

部屋に残る豪商は、ため息と共に年甲斐も無く興奮を覚える。

窓から見えていた月は既になく東の空は少しずつ白けて始めていた。


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