5(31).上級騎士の実力
翌日、僕は武器屋に行き武具を受領した。
その足でライザから聞いた場所へ向かう。
蒼い屋根の家は、2階建ての家で町並みに溶け込んでいた。
玄関のノッカーを使い家主を呼ぶ。
「ちょっと待ってろ、今開ける。」
聞き覚えのある爽やかで通る声だ。
扉が開くと、見上げるほど上背があるガタイのいい男が入り口を塞ぐ。
起きたばかりなのだろう、その表情は少し不機嫌そうだ。
「どこの娘だ。帰れ帰れ、俺は宗教に興味はねえ。」
有無を言わさず扉は固く閉ざされた。
もう一度、玄関のノッカーを使い家主を呼ぶ。
そして先行して話を切り出す。
「久しぶりだね。ルーファス。」
ルーファスは一瞬悩むも、すぐにはっとした。
「ルシアだよな。なんだその姿は・・・」
当たり前の反応だった。僕は経緯を説明する。
ルーファスは盛大に吹き出し僕の肩を叩く。
一瞬、彼の顔が変わるが、すぐにその表情を戻す。
「しっかり鍛えてるじゃねえか。見違えたぞ!」
「それでいつ戻ったんだ?とりあえず入れよ。」
僕は、中に迎えられ椅子を勧められた。
室内に置かれている家具は簡素だが、品質はいい物ばかりだった。
彼は、奥の部屋から陶器できたタンブラー2つと酒壺を持ち戻ってくる。
ルーファスは爽やかな笑顔で話し始めた。
「いやぁ~、タイミングいいな。昨日王都に戻ってきたんだよ。」
「お前、酒飲めるよな。」
ルーファスは椅子に勢いよく座り、酒を飲み始めた。
その姿は、奴隷時代に見た姿より大きく見える。
「アイツらにはあったのか?」
僕は、注がれた酒を飲みながら近況を報告した。
ルーファスは質問を交えながらその話を聞いている。
「牛とやり合えるようになったのかぁ。そりゃいい。」
「昔のお前じゃ、吹っ飛ぶどころじゃねぇもんな。」
「アイツらも褒めてたろ。サシでアレとやれりゃ、どこでも十分通用するぞ。」
「俺はすげーうれしいよ。」
ルーファスもミランダと同じように自分の事の様に反応してくれる。
そして話は、細かい部分へと変わっていった。
「おまえもすっかり戦士だな。ってかお前魔法使いの弟子じゃねのかよ。」
僕は師匠と剣技の修行について掻い摘んで彼に伝えた。
「さすがにライザの師匠だな。違和感ねえよ。」
「まぁ、戦士だろうが魔法使いだろうが、お前を部下に欲しいくらいだ。」
「つうか、聞いてくれよ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ルーファスから、ライザのように愚痴を聞かされた。今度は部下についてだった。
なんでも、貴族の息子は口だけだとか、汚れがどうだとか。
僕は、社会というのは上も下も人間関係が大変なのだとつくづく感じた。
窓に西日が差す頃、ルーファスは酔いもさめ席を立つ。
「ちょっとついて来いよ。お前の成長が見てみたい。」
ルーファスの家を出て、騎士団宿舎の前にある訓練施設に移動する。
施設では、騎士団の若い兵士たちがルーファスを挨拶で出迎えた。
「隊長、お疲れ様です。」
「おう、今日ぐらい休んどけ、大事な時に持たなくなるぞ。」
僕は団員達の眼差しに彼への信頼を感じた。
自分のことではないのに、それは誇らしくなる。
僕は、ルーファスの先導で武具が立てかけられた一角に着く。
「何使うんだ、ここのは刃は落としてある訓練用だ。」
「好きなのを使え。準備ができたら言ってくれ。」
僕は、盾と鉈の刃渡りが同じくらいのショートソードを選ぶ。
ルーファスは、奴隷時代と違い身の丈ほどの大剣を持っていた。
僕は、訓練場の真ん中に立つルーファスと対面する。
「ルーファス、準備できたよ。」
正面のルーファスは、笑顔で大剣を正眼に構える。
僕は、いつも通り半身で盾を構え、腰を落とした。
施設の騎士たちの声は静まり、視線だけが集中した。
立ち合いはルーファスの掛け声ではじまった。
「よし、来い!」
僕は思考を巡らせた。
あんな大剣を振り下ろされれば、盾ごと腕を持っていかれるだろう。
そして盾は平らな盾だ。いなすにはあまり向いていない。
そんなことを考えていると、ルーファスは動き出す。
彼の足取りと共に場の空気が変わっていく。
それはミノタウロスの時より重い。
彼は間合いを詰める。
そしてそのまま大上段からの鋭い一撃を放つ。
僕は半身を引き、盾を斜めにして一撃を無理やりいなす。
そして体を回転させつつ、ショートソードで右から横薙ぎにする。
お互いの刃は空を切るが、次の一撃は1拍早くルーファスの横薙ぎが走った。
僕は回避が間に合わない。
剣を持ちながらも盾を両手で抑える。
衝撃で防御を剥がされない様に盾に体を密着させ全体で防ぐ。
そして斬撃に合わせて後方に飛ぶ。
大方の威力を抑え込めたが、それでも僕は大きく吹き飛ぶ。
武具の性能次第だが、今の攻撃は普通に死んでいただろう。
ルーファスは笑顔で首を鳴らす。
「っかぁー、決めるつもりで行ったんだがなぁ。いい反応だ。」
「さぁ、来い!」
こっちはすでに肩で息をしている。しかしルーファスは楽しそうだ。
僕は盾を前に間合いを詰める。
そこから、左から袈裟懸けに切り払う。
その一撃は大剣で防がれるが、僕は続けで右下から逆袈裟に切り抜く。
ルーファスはニヤリとし逆袈裟を弾いた。
そして小さい動きで、縦一文字に大剣を振り下ろす。
僕は、この一文字に合わせ、盾の側面で突きだす様にカウンターを入れる。
僕のカウンターは入るが、ルーファスは体を回転させながら勢いよく切り払いを放つ。
放たれた風圧は僕の首筋を尽きぬける。
その直後、冷たい鉄の感触が残った。
それは寸止めされているのだ。
ルーファスは汗すら流すことはなかった。
「いい動きだ、久々に気持ちのいい立ち合いだった。」
「盾の使い方も上手くなったな。しかし、最後の突きは予想外だったよ。」
「お前、いい師匠に巡り合えたんだな。」
ルーファスに称賛され、認められたことが嬉しかった。
そして、それ以上に師匠が称賛されたことが嬉しい。
しかし、ルーファスの背中は遠く、影すら掴めなかった気がした。
ルーファスは、僕の肩を叩き違和感を話す。
「そういや、魔法も使えんだろ。」
「このままでもある程度なら対応できたんだが、どうして使わなかったんだ?」
ルーファスに使える魔法と効果を教えると、かなり引いていた。
「そりゃ、やべえな。あのタイミングなら負けてたわ。とりあえず飲み行くぞ。」
訓練場の静けさは無くなり、淡々と訓練をする騎士たちの姿があった。
太陽はまだ真上にある。
僕はルーファスに連れられ、ミランダの店に向かった。
ルーファスは僕に入団を勧めた。
戦時下は、良くも悪くおいしい時期だという。
功績を上げれば、爵位をもらえる可能性がある為だ。
だた、貴族でない場合は、一代限りの男爵位だという。
男爵でも爵位があれば、城の文官や正規軍、商人、ギルド職員になることも容易だ。
それは安定した生活が約束されたことになる。
このため、以前にライザも勧めてきたのだ。
ルーファスは、ぼくが騎士団でもやっていけると踏んで勧めている。
しかし、あの天と地ほどの実力差は二つ返事で”入団する”とは言えない。
僕はこの5年、師匠に付きっ切りで教わってこのレベルである。
軍への参加に二の足を踏む理由はそれだけではない。
僕の意志をとどめる理由亜はもう一つある。
それは、軍に入れば自由はなくなることだ。
師匠には世界を見ろと言われて外に出てきている。
僕は腕を組み悩むしかなかった。
ルーファスは悩む僕を見て提案する。
「戦争が早く終われば、その師匠の課題も早く取り組めるんじゃねーかな。」
ルーファスは少し遠い目でさらに続けた。
「俺は馬鹿でよくわかんねぇけど、戦争なんて碌なもんじゃない。」
「始まっちまったら、王でもなければ停戦なんでできないだろ。」
「だったら、自分の周りにいる大切な人ぐらいは守りたいよな。」
「俺は、もう誰も失いたくない。だから俺は、軍人をやってるんだ。」
僕がルーファスを羨望の眼差しで見ていると、ミランダがカウンター越しに話す。
「あたしたちがこうやって生活できるのも軍人様々よね。」
「でもね、人には適材適所ってあるから、大志を持ちすぎるのは良くないわよ。」
「無理してると、人間って結構あっさり死んじゃうんだから。」
街は夕闇につつまれていた。
店がにぎわい席が埋まっていく。
ルーファスと軍隊について話をしていると、後ろから女性の声がかかる。
「ルーファス、誘ってくれるって言ったじゃん。も~」
「ギリアム主任に捕まっちゃったじゃない。ルシアもひどいと思うでしょ~」
ミランダがライザにチャヤを入れる
「あら、ギリアム主任てっ結構素敵よね。良かったじゃな~い。」
「そういう話じゃないわよ。」
ふくれるライザに対しルーファスは、埋め合わせはすると謝罪していた。
三人とたわいもない話をしながら閉店まで騒いだ。
このありふれた空間は、自分にとって大切な空間だと思える。
僕は、このゆっくりと流れる優しい時間を戦火で奪われたくはない。
この一つの想いで僕は軍隊に入隊することを決意した。
しかし、気がかりは師匠の事だ。
戦争で彼女がいなくなることはないとは思うが、考えると胸が苦しい。
僕は星空を眺め神がいるならと、彼女の為に祈りをささげた。
その気持ちとは裏腹に、空の月が少しずつ色を薄くし、やがて漆黒が全てをつつんだ。




