31(319).決断、そして別れ
洞窟内に響き渡る二つの声。
一方は、歓喜にも似た歪んだ笑い。
そして、もう一方は絶望と怒りに満ちた叫び。
怒りは時として、その者に隠された力を呼び覚ます。
「ソラス、貴様だけは許さない!!」
アリシアは、剣技の様に腕を振る。
その軌道には閃光が生じた。
地面に崩れ落ちる鎖は、その殆どが空中で塵に変る。
赤黒い魔力に包まれた彼女の腕は、更に魔力濃度を高めた。
その姿に笑みを浮かべるソラス。
「やはり、特異点だけの事はある・・・見ていて腹立たしいよ。」
「ふざけるな! 貴様のせいでルシアは・・・」
「ゆるさない・・・」
一瞬、体制が沈んだアリシア。
次の瞬間、ソラスは岩壁にめり込む。
辛うじて魔防壁に守られたが、追撃を避けることは出来ない。
ソラスは、アリシアに問いかける。
「お前の力は、ローエンのそれだな。」
「吸収して、一つに成った気分はどうなんだ?」
投げかけられた言葉にアリシアの手が一瞬止まる。
ソラスは、彼女の拳を免れた。
しかし、既に放たれた魔弾は容赦なく襲う。
だが、長く生きた ” 魂 ” は賢者の境地を越えていた。
口元を歪めた魔術師は、手を翳し魔弾を吸収する。
そして、アリシアへ高圧の魔水撃で反撃。
「四肢など不要。」
「貴様の魔力と心臓さえあれば事足りる。」
複数の水撃は、彼女を襲う。
アリシアは、眉を顰め怒りを露わに距離を縮める。
しかし、彼女は冷静だ。
飛び交う水撃を交わし、防ぎ致命傷を避ける。
そして彼女は体を沈め、フルーレの柄に手を沿えた。
次の瞬間、ソラスの目の前で爆発音と飛び散る白熱した金属の破片。
アリシアは、言葉を漏らす。
「なん・・・だと・・・ならば!」
抜き放たれたフルーレは、刀身を消し去りソラスを襲った。
しかし、摩擦熱に耐え兼ね刀身は崩壊。
粉々になった金属はソラスを襲う。
それは、男の醜い叫び声を生み、洞窟内に響き渡る。
動揺したアリシアだが、フルーレを捨て魔力を高める。
一方魔術師の体には、複数の白熱した金属片が突き刺さり、顔は爛れ血だらけだ。
魔導を極めた男は、怒りに任せ魔力を振り翳す。
「グゾ女があぁぁぁ!」
それは、一瞬早く纏われた魔防壁ごと彼女を岩壁へと跳ね飛ばす。
衝撃波が先に壁を抉り、次いで彼女の体が壁へめり込む。
制御を越えた彼女の体は、本人の意思に応えない。
歪み暗くなる世界で、彼女の脚に縋る毛玉の感触。
「アリシア、しっかりして・・・」
「ウチ・・・アリシアがいないなんてヤダよ!」
「ラス・・ティ・・・」
アリシアの瞳に映るラスティ。
そして、ソラスの奥で横たわるルシアの姿。
彼女は、歯を食いしばり、震える手を拳へと変える。
しかし、現実は無情。
生きている事が不思議な程痛々しい姿の男は、彼女の頬を鷲掴む。
「やってくれたな・・・頭も不要か・・・」
「ダメ!!」
ラスティは、ソラスに飛び掛かる。
その小さな拳は、男の傷口を抉る。
しかし、小猫の拳でしかない。
眉を顰めるソラスは、手の平で彼女を払う。
それは、並みの人間の力では無い。
小猫は、毬のように飛ばされ岩壁へ激突。
それでも、血だらけの小猫は、横たわる少年の下へ駆ける。
「ルシア、起きてよ! アリシアが死んじゃうよ!!」
縋る様に揺さぶる小猫は、涙ながらに叫ぶ。
しかし、揺さぶるも反応がない少年。
片腕で女を持ち上げるソラスは、洞窟の中を見渡す。
1人は、意識はあるが抵抗など出来ない。
もう一方では、意識の無い少年に縋る小猫。
男は笑う。
その声は、勝利を確信したかのように響き渡る。
「フハハハハハッ、邪魔者は居ない。」
「馬鹿な東の連中は、あの糞女神で足止めだ。」
「あの糞女神も、私に利用されているとは知らず・・・クククッ。」
「あぁ、なんて滑稽だ。」
「弄んだ分、全てを返してやる・・・・・・所詮、私は ────── 」
独り言を続ける男に掴まれたアリシアは、最後の力を振り絞る。
彼女の瞳に映るのは少年と小猫。
「・・・まれ・・・」
「・・・まだ、意識があるか。」
「伊達に、複数の力を纏めた存在ではないという事か。」
「黙れと言っている!」
アリシアは、凝縮した魔力を腕に纏わ振り払う。
それは、容易く男の魔防壁を破り、肉を裂き骨を断つ。
斬撃は、男の腕を落とし、さらに肉体に大きな傷を作った。
ソラスの呼吸は荒く、抜ける呼吸音が耳障りだ。
「ヒュー・・・ハハハ、まだ暴れるか・・・ヒュー。」
「人の・・ヒュー・・・体などに・・・ヒュー・・・」
「執着した事が・・・・・」
男はその場に崩れ落ち、その呼吸は停止した。
アリシアは、小猫が縋る少年の下へ。
「おい、ルシア!」
「しっかりしろ!!」
「ルシアが・・・ルシアが・・・・・」
少年を揺さぶる力は格段に上がる。
アリシアは、消えゆく魔力に同調し魔力譲渡を行う。
「ルシア、死んじゃダメだ!」
「おい、起きろ! 目を覚ませ!!」
やはり、現実は無情だった。
起きたのは、少年ではない。
彼女達の後方では、急激に魔力が高まる。
地面に横たわる躯は、人の動きとは思えぬ動きを見せた。
関節は、可動を確かめる様に可笑しな方向に回り、傷口がボコボコと泡を立てる様に修復。
躯男は叫ぶ。
『カイナラーヤ!!』
彼の目の前には、死んだはずの魔人の姿。
その主人は、魔人に告げる。
『汝の力、再び我と共に・・・』
魔人は、その姿が溶け出し魔力の塊に。
ソラスは、それを受け入れる様に、目を瞑り両手を広げる。
『我が身に戻れ・・・』
魔人だったそれは、天井高く舞い合上がり、ソラス体へと吸収された。
その瞬間、周囲に存在した魔力も強引に吸収される。
アリシアは、ラスティを抱きしめ、その力に抗う。
「せめて、ラスティだけでも・・・・ルシア・・・・」
アリシアは、空間を見渡す。
ルシア達が入って来た扉は、既に瓦礫で埋まり逃げ道などない。
それでも、彼女の頬を擦る風の流れはある。
「あれか・・・」
「ラスティ、お前は逃げるんだ。」
「ほら、ここから上に逃げろ。」
「ウチ、一人は嫌!」
壁には、小猫1人が通れるほどの亀裂。
風は、告げている。
アリシアは、ラスティを諭す
「ラスティ、お前は私達の大切な子供だ。」
「私は、お前に死んで欲しくは無い。」
「幸せになって欲しい・・・・頼む。」
「ウチ・・・もう独りは嫌!」
アリシアは、ラスティを押し込むと風魔法をそっとかける。
「聞こえるか風の精霊達!」
「私には、お前達の言葉はもう聞こえていない。」
「それでも、私の娘を守ってくれ!」
「イ デゼーア アーダ アル アイレ ベーラ」
『 ───── 』
ラスティは、優しい風にお尻を押され、亀裂から上へと持ち上げられた。
そこからは、アリシアの顔はもう見えない。
小猫の叫ぶ彼女の名は空しく響く。
次の瞬間、ラスティの脚元は強い揺れ、爆風が彼女を吹き飛ばした。
もう戻る事など出来ない。
傷だらけのラスティは、光の無い亀裂をトボトボと登り外を目指した。




