25(313).悪夢、再び
魔力が飛び交う戦場で、鈍い打撃音へと変わる斬撃。
指揮をとる女傑の将は額の汗を拭う。
彼女は、目の前の魔人の顔に辟易していた。
「リーファ、何で全部同じなのよ!」
「知るわけ無いでしょ・・・私も苦手って言ってるでしょ!」
至近距離で発動する魔氷撃破は魔人を壁に押し飛ばす。
しかし、氷撃がその肉体を貫くことは無い。
だが、その衝撃に合わせ走る斬撃は、魔人の腕を飛ばす。
二人の戦姫の活躍に沸く兵士達。
同じように、ルーファスとゴリアス。
獣人の将達、そして冒険者や傭兵達。
硬直していた戦況は徐々に傾き始めた様の思えた。
しかし、一つの戦場だけは違った。
「ルシア殿、アリシア殿を連れて下がっていてくれ。」
「あれの狙いは、彼女だ・・・あの視線・・反吐が出る。」
「・・アイツは俺が討たなければいけない。」
「レドラムさん・・・無茶だけはしないでくださいね。」
僕は、アリシアの手を引き兵士達の中へと紛れる。
その一方、ハルバードを構え眉を顰めるレドラムは叫ぶ。
「カイナラーヤ! 何故蘇る。」
「お前の首は飛ばした筈だ!」
それは、複数体出現した魔人の中で一回り程大きくそして少しだけ顔立ちがいい。
魔人は、眉を顰めレドラムの問いに答えを返す。
「あの程度で・・・だからダメだといったのだ。」
「周りを見てみろ。」
言葉を受け、周囲を見渡すレドラムは視線を魔人に戻す。
そこには、ある表情は以前とは違う。
「・・・」
「何故、アンタの顔が・・・」
「言ったではないか、俺は神の眷属だと・・」
「俺が人間などという不完全なモノに敗れるとでも思ったのか?」
「よく考えろよ、レドラム・・・」
「人が・・・ヒューマンが講釈を吐ける環境とは何だ?」
「・・・」
レドラムは、兄を睨む。
そこに返る表情は未だに無。
「だからダメだと言った。」
「この程度の話も理解できんとはな・・・」
「兄弟のよしみだ、教えてやる。」
「ヒューマンは、己が頂点だと考えている環境だ。」
「お前達ヒューマン・・・そうだな古代語でヒューマ低魔力者だ。」
「お前たちは、時の流れに与えられた立場に胡坐をかく。」
「与えられた力を自分のモノの様に扱う。」
「そして得た力を行使し、己が神にでもなった様に振る舞い他者を蔑む。」
「・・・」
「どうだ・・・出来たではないか、お前達が掲げる共存とやらが。」
「お前たちが言う調和とは、お前達が優位でなければ成り立っていないではないか。」
「そこに、他種族を認め敬う愛はあるのか?」
「・・・」
「それでも、それでも俺はヒューマンだ。」
「そんな、話・・・どうでもいい。」
「周りの奴らが、笑顔でいられればそれで・・」
「俺は、もう、アンタもダッシュウッドもどうでもいい!」
「大切な仲間の為に俺は戦う!!」
「会話の出来んヤツになったな・・・」
「想いの押しつけ、思い込み、自己陶酔、どれも愛ではないぞ・・・」
「もう、お前を弟とは思うまい・・・お別れだ・・・レドラム。」
ハールバードを脇に抱え込んだ巨漢は体を沈め走り出す。
周囲からは、彼の体へ加護の魔力が集まる。
空気の壁は、風にかき消され戦士の足取りを加速させた。
一瞬、消えた様に迫る刃は、魔人の首筋を狙う。
しかし、棒立ちの魔人は、容易くそれを掴んだ。
「お前の刃は届かぬよ・・・」
「俺の教えた技術だからな。」
捕まれた刃は、その握力により指の形を残す。
それが、レドラムの瞳に映った瞬間、彼は空中に。
そして、強い衝撃と共に口の中は鉄錆の香りで満たされた。
「なぜ・・あの時は殺れた筈だ・・」
「あれは私あって私ではない・・・ただの幻影だ。」
「お前は、兄だった者の顔すら覚えていないのか・・・情けない。」
魔人は壁際のレドラムに手を翳す。
それは、魔力が集中し空間を歪ませる。
一向に変る事の無い魔人の表情。
しかし、何処か寂し気にも映った。
「神の元で安らかに眠れ・・・・レドラム。」
その言葉をはっきりと聞いた者はいない。
はなたれた魔力は、空間に炸裂音を残す。
刹那、レドラムは岩壁に埋まり、鎧は砕け散った。
それを見つめる魔人。
だが、その表情は少し違和感を感じている様だ。
「それ程の鎧か・・・いや、障壁か。」
「賢者の石・・・貴様が邪魔をしたのだな・・・」
魔人の視線は、文字道理兵士達を弾き飛ばしアリシアを見つけ出す。
僕はその間へと割り込んだ。
「ほぉ、あの時の ” 器の小僧 ” か・・・威勢だけはいいな。」
「まぁ良い、邪魔な魔力が消えてしまえば賢者の石もただの石。」
初めて口元を歪めた魔人は片腕を頭上にかざす。
そして、魔力は空間を包む。
それは、準備されていたかの様だった。
初めに広がった魔力を上書きする様に広がる新たな魔力。
それは、彼女の知識をもってしても抵抗できなかった。
突風は、僕を跳ね飛ばし、あの時のと同じ光景を僕に見せる。
叫ぶアリシアは手を伸ばす。
「ルシア!」
指先が触れた次の瞬間、彼女を抱えた魔人は彼女ごと姿を消した。
それは、他の魔人も同様だ。
兵士達の悪夢は終わった。
駆け付けるラスティ。
その表情に僕は頷く。
「ウチがルシアの目になるよ。」
「行こう・・アリシアを助け出す・・」
闇の中に消えて行く者を追う兵士は誰もいない。
僕は、アリシアの魔力の色を追い駆けた。




