23(311).最後の朝餐
料理人たちの戦いは佳境を迎える。
飛び交う怒号、せわしなく走り回る弟子や使用人達。
それは、ミランダ達も同じだ。
盛り付けを終え最後の皿を送り出す。
昨夜とは打って変わって違和感のある和み。
口数が明らかに少ない兵士達。
しかし、その中に異彩を放つ空間が一つ。
「トリジャータ副長、体は大丈夫かい?」
「サラマ様・・・なんであの時の様に呼んでくださらないのですか?」
そこには、甘ったるい空気がある。
彼らの正面には、眉を顰め地ならしをする雌虎の姿。
それを宥める彼女の部下たち。
「隊長、無理にここに座らなくてもよろしいのでは・・・」
「作戦会議も兼ねてんだよ・・・・ったく。」
「おい! サラマ、聞いてんのか?」
その姿に、視線を右往左往させるサラマ。
彼の姿と言動に対し、ため息をつくトリジャータ。
彼女よりも深いため息をつくのはドゥルーガだ。
彼女らは、横を通り過ぎた僕達を見つけるとその空気を崩す。
サラマは、席を立ち頭を下げる。
「ルシアくんに・・アリシアさんでよろしいですねよ。」
「先日は、ありがとうございました。」
「あのままでは・・・僕は、大切な者を失うところでした。」
「私も同じ気持ちだ、ありがとう。」
サラマに続きドゥルーガ、そしてトリジャータも頭を下げる。
その姿にアリシアは、ドゥルーガの肩を軽く叩く。
「そうか、無事で何よりだ。」
「まぁ、そちらの術士の準備があったから間に合ったんだがな。」
アリシアは、彼らが巻いている布に視線を送る。
彼女の視線に気づくサラマは布を広げ、アリシアに言葉を返した。
「これですね、やはり東の商人から買ってよかった。」
「これほどのモノは西では見たことがありませんよ。」
その言葉に苦笑いを浮かべるアリシア。
それは、その布の出所に心当たりがあるためだろう。
僕達の後ろを歩く兎月は布を覗き込む。
「あぁ~! これ、アリシアさんあれだよ!」
「行商のおっちゃんが何度も頭下げて譲ってくれって。」
「そうだな・・・」
「ここまで販路を広げているとは、すごいものだ。」
その話は、サラマの目を輝かせる。
しかし、その表情にきつい視線が圧し掛かる。
「おい、サラマ・・・会議中だ。」
「感情で動くなよ・・・礼節は大事だが、それ以上は不要だ。」
「サラマ様、ダメです。」
二人の声は、それぞれ違う感情が窺える声色だ。
僕は、アリシアの背を押しその場から去ることにした。
彼女らの様に食事をとりながら会議を進める姿はそこかしこにある。
僕は、懐かしい匂いに導かれミランダの下へと向かった。
そこには、顔なじみが揃う。
何時からか落ち着きのある低く太い声が僕を呼ぶ。
「おぉ、ルシアか。」
「おーい! ミランダ、4人分追加だ!!」
「アンタ喰い過ぎよ!!」
ルーファスの声に背を向け調理するミランダ。
その包丁は、美しい樋鳴りと共にまな板を断つ。
その後方で彼女を宥めるギリアムは苦笑いだ。
僕は、その背中に声を掛ける。
「ミランダ、おはよ。」
「4人分、頼めるかな?」
彼女の背は、男のソレの印象が消え母のそれに変る。
少し低かった声も、いつもの声だ。
「おはよ、ルシアちゃん。」
「4人分ね、ちょっと待ってなさい。」
僕達は、ルーファスの手招きに従い彼の横へ。
正面にはゴリアスやリーファがいた。
そして、リーファの反対にはファルネーゼ。
彼女の視線は僕を越え、ラスティと遊ぶアリシアへと刺さる。
「ルシアちゃん、私には無いんだねー。」
「おはよ、ファルネーゼさん。」
「なんか冷たいなぁー・・・」
ファルネーゼの面倒な絡みにリーファはため息。
続く様に、料理を運ぶミランダは頭部への軽いげんこつ。
「止めなさいって・・・」
「アンタも、いい歳なんだから。」
「はい、ルシアちゃん。」
「理性と感情は一緒じゃないのよ。」
ファルネーゼの言葉に、感情の無いリーファの声が飛ぶ。
「追われてる時が華じゃない?」
「あっちの白エルフでいいじゃん。」
リーファは、視線を変えず対象を指さす。
その先では、こちらに手を振るレマリオ。
彼は、仲間達の制止を振り切りこちらへ。
賑わい始める僕の周り。
そこには、旅で知り合った友と呼べる者たちの姿。
最初は、父への復讐心から始めた旅。
しかし、出鼻は師であるアリシアに挫かれた。
そのおかげだろうか、死地だというのに雰囲気は悪くない。
笑い合い、馬鹿な話ができる仲間が僕の周りには増えた。
それは、ここには居ないファラルドや東の地の者達もそうだろう。
僕は、笑顔で食事するアリシアに視線を向ける。
彼女は不思議そうに優しいで視線を変えす。
「ルシア、どうしたんだ?」
僕は、彼女の声で口元が緩む。
それは、感謝も含まれているのかもしれない。
「ありがと、僕は君に会えてよかったよ。」
「なんだ急に改まって・・・」
「さっさと食べろ・・・冷えてしまうぞ。」
そこには、いつものアリシアがいる。
そして、僕達以外少しだけ歳をとった友人たちがいた。




