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17(305).獣の血

獣人女性の後方では、激しい戦闘が繰り広げられている。

その光景とは対照的に睨み合う獣たちの姿がそこにはあった。

ドゥルーガには、目の前の友人が獣の様に映る。

その姿に、眉を顰めまがら涙ながし笑顔を作った。


「トリジャータ、もういいんだ。」

「お前は、戦わなくていい・・・」


手を広げ、敵意の無い事を伝えドゥルーガ。

しかし、相手は牙を剥き唇を震わす。

トリージャの後方には、呀慶が手を合わせ呪言を唱え始めていた。

それは抑揚無く、ただ言葉の羅列にしか思えない。

ドゥルーガ達には、理解できない言葉だ。

しかし、目の前のトリジャータは、反応する様に唸り声を大きくする。

彼女の視線は、ドゥルーガから呀慶へと移り、体勢を低くした。

その姿に、ドゥルーガは眉を顰め唇を噛む。

それでも、彼女は出来る事をする。

周囲に飛ぶ、ドゥルーガの指示。


「・・・仕方がない。」

「トリジャータを押さえるんだ!」


兵士達は、ロープを使い彼女を取り囲み取り押さえ込む。

強引だが、ファウダの屈強な戦士たちの力。

騎士団の副隊長であろうが、一人ではどうこう出来るモノでは無い。

しかし、それは簡単に優位性を失う。

そこには、簡単に浮くはずもないファウダ兵達が宙を舞う光景。

軽装ではない彼らが子供のように扱われる。

ロープを掴み兵士達を翻弄するトリジャータは、高々に咆哮を上げた。

それは、強者が弱者にその立場を教える姿だ。

そこに殺意にも似た感情を感じた呀慶は、尚も呪言を続ける。

その声は、途切れる事なく彼女の頭の中を埋め尽くす。

頭を抱え悲痛の表情を浮かべたトリジャータは、元凶に襲い掛からんと体勢を沈める。

そして、反動をつけ呀慶を襲う。

それを背後から抱きしめるドゥルーガ。

彼女の声は、寂しさと悲しみが溢れている。


「もうやめてくれ・・・お前は、もう戦わなくていい。」

「元の優しいお前に戻ってくれ、トリジャータ!」


思う様に距離を縮められないトリジャータ。

取り付くドゥルーガを、振り返る様に大きく腕を振り、振り払う。

それは、彼女を岩壁まで飛ばす。

着地したドゥルーガは、言葉の通じない友人を視線に捕らえる。

その瞳に映る友の姿は、少しずつ歪み、足元の地面を濡らす。

二人の姿に眉を顰める呀慶だが、呪言を止めることは無い。

だが、呀慶の感情は一瞬小さな囁きに変わる。


「耐えてくれよ・・・」


少しづつ上昇する呀慶の魔力。

対象では無いはずの兵士達ですら不快さを増す呪言。

効果を受ける対象は、理性を失くし自らを見失ったトリジャータだけ。

強まる魔力に比例する様に大きくなる声。

目の前で頭を抱え蹲るトリジャータ。

吹き飛ばされたファウダ兵士達は、再びロープで彼女を抑え込む。

無駄の様に思える行動は、彼らが信頼する彼女への感情。

兵士達は、トリジャータへ声を掛ける。


「姉さん、戻て来てください。」


「トリー、帰ってきて!」


「先輩、意識をしっかり!」


かけられる声は、無駄かもしれない。

そう呀慶の目には映る。

しかし、彼は、ある少年と旅をした事で ” 想いの力 ” を信じる様になっていた。

それは、無意識に彼の口から零れ落ちる。


「ファウダの者達よ、豹娘への声掛けを続けろ。」

「お前たちの声が、その者を繋ぎ止める!」


怯える様に牙を剥くトリジャータを強く、そして優しく抱きしめるドゥルーガが叫ぶ。

それは、怯え蹲る獣の様なトリジャータの想い人の名。

どこか頼りなさげな風貌の頭の固い魔術マニアだ。

長い間3人で国を支えてきた仲だけに、二人の想いなど判らない訳がない。

呼ばれた男は、視線を向ける事なく声を返す。


「僕は信じているよ。」

「彼女は・・トリジャータは大丈夫だ。」

「僕は、僕の出来る事をする。」

「トリジャータが、その姿にならなくていい様に。」


「しかし、お前の声が必要なんだ。」


滞留する魔力を吸収し、自身の魔力を高めるサラマ。

それは、その身すらも傷つける。

魔導の光に浮かぶ彼の横顔は、一瞬笑みを浮かべた。


「・・・」

「トリジャータ・・・僕は待っているよ。」

「必ず君が戻ってくる事を信じている。」

「・・・ドゥルーガ、トリジャータの事・・頼んだよ。」


視線と逆行する様に向けられた声は、優しくそして強く聞こえた。

それは、ドゥルーガ達の、抑え込む力に変化をもたらす。

ドゥルーガは、反発に合わせ徐々に力を弱めていく。

それは、暴れる力が弱まったからだ。

その姿に手ごたえを感じた呀慶は、呪言を別の物へと変える。

それは、サラマに掛けた物と同じ。

暴れていたトリジャータの姿はそこには無い。

牙を剥き、唇を震わせる表情も、徐々に穏やかなモノへと変わる。

ドゥルーガは、兵士達を下がらせ、取り抑えるのは彼女だけ。

静かだが淡々と羅列された呪言は、彼女に抱き締められたトリジャータを輝かせる。

それは、次第に強い光となり二人を包んだ。

少し経つと、光の中からはドゥルーガの囁くような声。


「トリジャータ、大丈夫。」

「私は、お前の味方だ・・・・怖がらないで・・・」


やがて光は弱くなり、2人の姿がハッキリと現れた。

そこには、優しい表情のドゥルーガと、彼女に抱き抱えられたトリジャータの姿。

その表情は、以前のように凛とした中に優しさのある女性のものだ。

呀慶は、呪言を止め息を深く吐き出した。


「戻った様だな・・・よくやった。」


兵士達は、歓声を上げ彼女達に駆け寄る。

しかし、ドゥルーガの表情が獣と化す。


「男は寄るな!」

「布を持ってこい!」


駆け寄る女性兵士は、彼女を布で包む。

トリジャータは、"獣の血" から戻ることができたのだ。

その知らせは、サラマにも直ぐに届いた。

魔術師は、その言葉にも視線を向ける事なく、彼の成すべきことを続けた。

それでも、だた一言だけ伝令に伝える。


「トリジャータに一言伝えてくれないか。」

「ありがとうって。」


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