16(304).究極対至高
岩壁に背を預けた獣人に寄り添う白狼。
静かに紡がれる言葉の羅列は、サラマの知らない言葉。
それは抑揚のない異国言語の詠唱。
「ナウボウアラタンナウ・タラヤヤ・ノウマクシセンダ・マカバサラクロダヤ ーーーーーーー」
不快な様で心落ち着く響きは温かく、サラマの精神を包んでいく。
心なしか傷ついた体も熱は下がり、気分さえも和らいだ。
呀慶は呪言を終えると、サラマの額に手を当てる。
「爺の手で、すまぬ。」
「・・・」
「成功の様だな・・・この空間のお陰か。」
「・・・有難う御座います。僧侶様。」
「なぜ、私を?」
サラマは、呀慶に視線を向ける。
そこには、目の前の戦闘を隠す様に立つ巨影。
しかし、何処か優しさのある声が彼の問いに返った。
「お主に頼みがある。」
「あの豹の娘を助けるために、た・・ダファとレドラムの支援をしてくれぬか?」
「お主なら、可能ではと見るが・・・出来るな?」
呀慶は崩した表情から眉を顰め、サラマに送る視線を強める。
その言葉に対し、サラマは宮廷魔導士の長然とし強く答え返す。
「はい、私がやります。」
「やらせてください!」
言葉を返したサラマは、目を瞑り強く息を吐く。
その姿は、呀慶には何処か強い信念の現れに映った。
表情を確認した呀慶は、腰を上げ状況を確認する。
そして、ドゥルーガの元へと戻っていく。
残されたサラマは、体を起こしダファ達に合流。
目の前では、二つの力がぶつかり合い、手が付けられない状態だ。
少し時を置き、呀慶の呪言らしき詠唱が聞こえ始めた。
そこにドゥルーガの声。
「ダファ、魔人を引き付けてくれ!」
「待ってたぜ!」
「よっしゃあ、行くぜレドラム!」
反応するダファとレドラム。
彼らは既にサラマ率いる魔術師隊からの加護は受け終えている。
気合と共に発せられた声は魔人へと走る。
トリジャータと魔人の間に割って入るダファとレドラム。
彼らを背には、ドゥルーガと数名のファウダ兵。
魔人を前にレドラムは叫ぶ。
「カイナラーヤ、お前はここで俺が討つ!」
魔人は、顎を上げ蔑む様に声の主に視線を向ける。
そして、口元を緩めた。
「誰かと思えば、レドラムか・・・」
「ふむ、”お前”・・・か、いつからそんなに偉くなったんだ?」
「お前ではない、お兄様だ・・・違うかレドラム?」
「俺は、一度も貴様をお兄様などと呼んだ事はない!!」
「では、何と呼んでいたのだ、んん?」
魔人からの不意な質問に狼狽え視線を泳がせるレドラム。
そこには、兄弟の何かが存在した。
「いや・・・兄上だ・・・」
緊張感の無い会話にダファは、レドラムに視線を向ける。
そして、眉を顰め視線を戻し声を挟んだ。
「やめろ、馬鹿。」
「どうでもいい話で空気を乱すな。」
「これじゃ殺し合いの空気じゃねえだろ。」
「・・・」
「すまん、しかし間違いは正さねば。」
「このままでは、俺がアイツに懐いていた様に思われかねない・・」
「そうじゃねえだろ・・・」
ダファにより会話の腰を折られたカイナラーヤは、初めて口を閉じた。
その表情には、笑みすら一切ない。
眉を顰めた魔人は、ダファに強い殺意の滲み出た視線を向ける。
「蛸如きが、兄弟の会話に口出しをするか!!」
それは、投げられた言葉と共にダファを襲う。
無造作に掴んでいた兵士の死体は、血肉をばら撒き風切り音を残す。
それは、ダファの槍の柄に防がれ、肉片を辺りにまき散らせる。
魔人の手に残った物は、辛うじて足と判る肉塊1つだけだ。
衝撃により吹き飛ばされたダファは、苦笑いを浮かべた。
「おいおい・・・人を片手で振り回すってあり得んだろ・・・」
その姿に目を細める魔人は、視線を外し鼻で笑う。
そして、レドラムに声を掛けた。
「アイツは、お前の連れか?」
「あまり良い趣味ではないぞ。」
「見た目ほどヌメリが無いからな・・・」
「まぁ、触手はいいモノだ・・・褒める所がない訳じゃない。
「わかるな、レドラム。」
「わかる訳があるか!」
「俺は、アンタほど変態じゃない!」
レドラムは、構えたハルバードを脇に挟み走り出す。
そして、魔人の前で勢いを回転へと変える。
それは、遠心力となりハルバードの斧刃を加速させた。
斬撃は、それを防ぐための腕を跳ね飛ばす。
魔人の右腕は肘関節から上を失い、足元には紫の血だまり。
当の魔人は、口元を緩める。
「いい斬り込みだ・・・王子と寝たか?」
「馬鹿を言うな!」
「ファラルド様は、もう範囲外だ!!」
「いや、そうじゃあ無い・・・ふざけているのか貴様!」
「貴様が喋ると俺の株が下がる・・・・サッサと死ね!!」
レドラムは腰を入れ体重を乗せた斬撃を放つ。
それは、容易に避けられる。
しかし、後方からダファの声。
「汚ねぇ会話に花咲かせてんじゃねえよ!」
レドラムの斬撃を回避した魔人には、更なる行動がとれる程の異質な肉体は持たなかった。
残る腕を捉えたダファの鉾は、骨を捉え強引に腕を引きちぎる。
さらに鉾は振り払わられ、魔人の体に打撃を与えた。
しかし、その感触は尋常では無い。
「クソ、どんだけ重てぇんだよ・・・」
ダファは反動を利用し、その場から退避し距離を置く。
残された言葉に、眉尻を上げるカイナラーヤ。
「筋肉は重いのだ、勉強になったかイカ臭い獣人め。」
「何だとテメェ!」
「俺は、イカじゃねぇ、カナロアだ!」
「・・・」
「貴様は、言葉の意味も理解できぬ童貞野郎か・・・」
「レドラム、貴様の親交に口出しをする気は無い。」
「しかし、お兄ちゃんは悲しい・・・こんな下郎とつるんでいてはな。」
魔人は、ダファからレドラムへと視線を移す。
そして、目を瞑り眉を強く顰めた。
その表情は、悲しみの様にも蔑んでいるようにも取れる。
一瞬の間を置き強く見開いた瞳は何かを悟った様だ。
魔人は、睨むようにレドラムを諭す。
「・・・いや、そういう事か。」
「だから、年端も行かぬ者を愛でるのか・・・それは良くない・・良くないぞ。」
「私の様に来る者は全てを受け入れろ・・・これこそ真理。」
カイナラーヤの蔑む様な視線に、ダファは冷静さを欠いている。
とは言え、レドラムも苛立ちを隠せない。
その感情を振り払う様にレドラムは走り出す。
「この悪食野郎が!!」
「天使を愛して何が悪い!」
「ロリこそ正義! ショタこそ希望! 純真無垢よ永遠に!!」
斬撃と共に放たれた言葉。
それは、魔人の首と共に獣人兵達の想いを切り裂いていく。
レドラムへ向けられる眼差しは、羨望から惨劇へと変わった。
しかし、レドラムにはどうということは無い。
彼のには遠くから聞き慣れた声が聞こえた気がした。
それは、身近な女性の声で "よく言った" っと。




