表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/325

25.ミノタウロス

第4層に下りる階段は螺旋階段になっていた。

僕は魔力探知は切らさないよう下る。

さすがに、こんな狭いところで鉢合わせたくはない。

壁に掛けられた青白い光が長い廊下を交互に点々と照らした。

廊下を包む静けさは、本当に危険な魔物が居るのかと思えるほどである。

足音だけが長い廊下に響き渡る。

廊下を抜けると開けた空間に出た。闘技場だ。

そこは薄暗いが見渡せるほどに明るい。

正面に自分が通った通路に似た格子門があるが今は閉じている。

巨大な魔力はソコにはない。

視界外の右手奥にうずくまるミノタウロスは、背を向け何かをしている。

僕は体制を整え近づく。

すると、そこで何が起こっているのか理解できた。

久々に見る光景だ、僕は軽い吐き気に襲われた。

ミノタウロスは顔を赤黒く染め、まだ鮮血するボロボロの女性の前に佇む。

僕は距離を詰め、両手で鉈を大きく振り被り、ミノタウロスの後頭部に斬撃を与える。

ミノタウロスの頭を割ることはかなわなかった。

僕は、食い込んだ鉈ごと振り回され宙に舞う。

僕はバランスを崩すも勢いを殺し着地。そして体勢を整える。

鮮血にまみれたミノタウロスは、雄たけびを上げ空間を震わせた。

冒険者のものだったのだろうか、総鋼づくりのハルバートを拾い上げ、こちらを睨みつける。

いやな緊張が場を支配した。

ミノタウロスは再び、咆哮を上げ突進する。

盾は悪手だろう、僕は全力でミノタウロスを回り込むように走る。

回避は間に合あった。僕はミノタウロスとの間合いを取る。

遠くから師匠の声が響く。


「釣りを思い出せ!」


すでに魔力感知はしている。

鉈はあの釣り糸のように魔力で操作はできない。

しかし師匠は魔力を使えと僕に促していた。

僕は鉈を自分の手であると考え、魔力を流す。

微量だが魔力は鉈の表面を覆う。

意識を離した隙に、ミノタウロスはじわじわと間合いを詰めていた。

既にハルバードの間合いだ。力任せの一撃が右手に伝わる。

僕は、盾を軸にミノタウロスの下に潜り込むように躱す。

そして鉈でハルバードを持つ腕を仰ぐように狙った。

僕は、ミノタウロスの腕に刃が当たる瞬間、大量の魔力を急激に流し込む。

そのまま、ミノタウロスの後方へ転がり距離を取る。

ハルバードは、ミノタウロスの右手首と共に地面に落ちた。

ミノタウロスは一瞬麻痺し、残る腕は力なく垂れ下がっている。

師匠は強く拳を握った。


「よし!・・・・・いや、まずいな。」


師匠は、弟子が真意を理解したことに満足したが、相手の力量を見誤っていたことを悔いていた。

僕は魔力の大半を失い、立っているのもやっとになっていた。


「やばいな・・・魔力が足りないよ。」


僕は肩で息をしながら、強い倦怠感の中、体制を整える。

激昂したミノタウロスは頭から突っ込んできた。勢いは明らかに増している。

厳しくも、盾を利用し突進をいなす。

次の瞬間、いなした筈のミノタウロスは、鮮血する頭を大きく振り、その角で僕の懐に迫る。

咄嗟に回避するも、角は鎧の薄い部分を引き裂き、肉に咬みつく。

僕はミノタウロスの頭上まで振り上げられ、その勢いで宙を舞った。

背中から地面に落ち、口の中は、砂っぽく鉄の味がする。

痛みの中、意識は朦朧とし力も入らない。

激しい地響きと共に地面が揺れる。僕は終わったと感じた。

消える意識の中で、首から上を失ったミノタウロスは、土煙を上げ僕の横をかすめたように思えた。

僕は意識が戻ると、闘技場の天井を見ていた。

体はまともに動かないが、えぐられた脇腹は縫い合わされ、包帯がまかれていた。

頭を動かすと、焚火越しにウトウトとする師匠がいる。

僕は痛みで声を上げると、師匠はコチラに気づき、視線を向けた。

師匠は立ち上がりコチラに来る。

その表情は、安堵の表情だが、怖い顔をしていた。


「どうしてあんな真似をしたんだ!」

「魔力が無くなっているなら、盾を使おうとなんてするな。死んでいたらどうすんだ!」


そこには涙を浮かべ心配し、叱ってくれる人がいる。期待にこたえられなかった自分がいる。

僕は、チカラの無い自分が悔しかった。

そんな感情の波に押しつぶされ、涙が頬を伝う。


「ごめんなさい・・・」


涙が止まらない。

師匠は優しく抱きしめてくれた。

静かな時間だけが過ぎる。

気持ちが落ち着き、泣き止んだことが分かると師匠は触診を始めた。

彼女は僕の傷を確認し、新しい包帯を巻いていく。

包帯を巻き終えると、彼女は立ち上がり、食事の準備を始めた。

焚火が温かい。

そこには闘技場の端でミノタウロスを捌く女性がいる。

まだ温かい肉塊を手ごろな大きさに切り、焼き始めた。

焼き上がると、パンに乗せて僕に手渡す。

師匠は、俯いている僕に励ましの言葉をかけた。


「あれだ、ヤツの手を切り飛ばしたのは良かったぞ。」

「生きているんだから、お前の勝ちさ。」


彼女のやさしさが辛かった。いつものいたずらな笑顔を直視できない。

師匠は屈み、僕の顔を除く。そして頭を雑に撫でる。


「冷えてしまうぞ。さぁ一緒に食べよう。」


魔物の巣窟で落ち込んでいて良いわけがない。

僕は手渡されたパンを頬張り、気分を入れ替る。

師匠のパンは少し塩辛い気がした。

食事後、師匠からココポーションを渡された。

ココポーションは、経口薬で肉体の自然治癒能力を増幅するものだ。

マナポーションよりは安いし副作用がない。

師匠は3層への廊下に目を向け優しく話す。


「さっさと飲んで、少し寝ておけ。見張りはしておく。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ