22.魔導の神髄
修行を始めて1年が経つ頃、師匠から魔力譲渡について話された。
魔力譲渡によるオーバードーズの効果は、以前に師匠やライザから聞いている。
「ルシア、オーバードーズは知っているな。この状態が危険な理由を行ってみろ。」
僕はオーバードーズの副作用を答える。
その答えに師匠は満足そうな表情で話を続けた。
「うむ、よく勉強してるな。では、追加で覚えておけ、お前にとって大事なことだ。」
「麻痺を引き起こすには、対象の最大魔力量の1.5倍程度を短時間で与える必要がある。」
「そして2倍程度を与えた場合、生命維持に必要な臓器が麻痺し始める。」
「3倍になると生命維持に必要な全ての臓器がマヒし死に至る。」
僕は妓楼で師匠に教わってから安易に使っている。
考えてみれば見た目以上にえげつない事に僕は唖然とした。
そんな僕を見つめる師匠の表情は真剣だ。
「普通は、最大魔力を超過した魔力は時間と共に発散され元の魔力量に戻る。」
「よほどの魔力量と魔力送量がある魔術師でもないと起こすことができない。」
「その為、一般的な魔力譲渡では起こりえない状態なんだ。」
僕は師匠に他の魔法使いも使える技術なのか質問を投げた。
師匠は、一瞬口に手を当て考えたが、すぐに答えを返す。
「いや、古代魔法王国のエルフ達は使っていた技術だな。」
「まぁ、今では、ここまで魔力操作を使う人間もいなければ、必要ないからな。」
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師匠は、現在の術式における構築式について話した。
今は、事象についての記述以外に、必要魔力量、魔力送量などの記載をするのが主流だと話す。
この術式は魔力を渡しさえすれば事象が発現できるが自由度は低いという。
ただ、この術式の利点は、属性適正さえあれば、誰でも同じ事象を発動できる。
その為、魔力操作の鍛錬が不要になるので普及している。
結果として、魔力操作技術は廃れたと教えてくれた。
僕は、いつも師匠の知識に感心する。
それは、彼女の話は当時を感じさせるほど鮮明だった。
今回の話も古代魔法王国など2000年前に滅亡した国だ。
時は過ぎ、オーバードーズの講義から半年ほど経つ。
その日は、師匠からスクロールを渡された。
「ルシア、テストだ」
内容は "スクロールに魔力を流し1時間発光させる" というものだ。
この手渡されたスクロールは師匠が作ったもので、一定量の魔力を与えると発光する。
しかし、発光から一定量を超えるとスクロールは燃える作りになっていた。
さらに、スクロールの魔力保持は不安定で魔力を強く発散するものだ。
その上、普通に魔力を渡すだけでは光さえしない、かといって強く送るとすぐ燃える。
僕は、いやらしい笑いを浮かべる師匠が腹立たしかった。
注意しつつ魔力譲渡を行ったが速攻で3枚燃やし、師匠に殴られた。
師匠は真剣なまなざしで優しく僕を諭す。
「しっかり見てやるんだ。送る力は強ければいいわけじゃない。」
「ゆっくりでいい。今まで通りやればできる。」
ゆっくりと砂時計の砂が山をきづく。
どうにか1時間キープできた。僕は気が抜け、あおむけに倒れた。
「まぁ、上出来だな。」
「とりあえず起きろ。じゃあ、今日の授業を始めるか。」
言動はスパスタだが、師匠の表情はうれしそうな笑顔だった。
その笑みはすぐに真剣な表情に変り、師匠は話を続ける。
「ルシア、お前はこれで魔力の送量を調節する方法を抑えたことになる。」
「属性が使えた場合、同じ術式で構築した魔法でも、効果に変化が与えられるということだな。」
「この技術は上級魔導士でも使えないぞ。この時代じゃ無駄な技術だからな。」
師匠はものすごくいやらしい笑顔だ。
それはそうだろう、術式構築する際に効果範囲を大きくすればいいだけなのだから。
僕が少し不貞腐れたことを師匠が感づく。
「なんだ、その顔はぁ・・・」
「馬鹿にするためにやらせたと思ってるだろ。私はいつも真面目だぞ。」
師匠は目を細めこちらを見る。
疑ってはいないが、反応を見て楽しんでいるようにしか思えない。
師匠は咳払いをして続けた。
「魔法操作には、もう一つ技術がある。大体予想がつくと思うが吸収だ。」
「この技術は結構危険でな。」
「失敗すると自滅する可能性が非常に高い技術だ。意味は分かるな?」
師匠はおオーバードーズの事を言っていた。
しかし、吸収なんて考えたことも無かった・・・いや一度だけ何故か起こったことがある。
師匠は僕の表情を察し、眉をひそめた。
「ルシアお前、常世の存在に魅入られたことがあるだろ。」
僕にはよく変わらなかったが、魔生洞窟で声を聞いたことを伝えた。
すると師匠は、唇を噛み頭を掻いく。
「そうだったのか。お前、声を聞いてから体の成長を感じないだろ。」
僕には心当たりがあった。ライザと別れる時に王都で買った装備が小さくならないことだ。
師匠に問題があるかを尋ねると、今は問題ないという。
しかし彼女は、干渉が続くと意識を奪われる可能性があると答えた。
僕は今は大丈夫ならと本題の話を促す。
師匠はため息をつき話を続けた。
「師匠、魔力を吸うってどうやるんですか?」
「今まで教えた技術の集大成みたいなものなんだが、考え方の違いだな。」
「魔力を送ったり流したりではなく、魔力を移動させると考えるんだよ。」
「相手から自分の手元にだ。」
「それでは、ゆっくりやってみるぞ。」
師匠は机を挟んだ距離から僕に手をかざす。
僕の魔力は減り、体がだるくなるのが判る。だいぶ吸われた。
「・・・と、こうなるわけだ。」
「お前は、私にやるなよ。危険すぎるからな。これを使ってみろ。」
僕は薄っすらと理解した。
師匠は僕よりも数倍魔力量がある。
下手に行えば流量をミスし、オーバードーズで自滅する可能性が高いからだろう。
師匠から見覚えのある青白い花弁の花を渡された。アモリウムだ。
「そいつに直に触れてやってみろ。」
「お前では、まだ触れずに出来ないからな。」
僕は、アモリウムに触れながら、目の前にある魔力の塊を動かすイメージをする。
手の平に魔力が溜まるのがわかるが・・・溜まるだけだ。
師匠は優しく、僕に動きに合わせて指導した。
「発想は悪くないぞ。まずは相手の魔力をみろ」
・・
・
「その魔力を動かすんだ・・・ゆっくりでいい。」
・・
・
「そうだ・・・焦らず、少しずつ。」
・・
・
「手まで来たら、腕を伝って体の中心までもってくるんだ。自分の魔力の中心まで。」
徐々に、体が温かくなってくる。先ほどの怠さが消えていく。
僕は成功した事にホッとし、師匠に視線を向けるた。
すると彼女の表情は、いつも通りの嬉しそうな笑顔だ。
「よくできたな。初めてにしては悪くないぞ。」
「適度に吸ったらやめとけよ、その先は分かるな。」
師匠は、念を押すようにこちらを見る。
それはオーバードーズの依存度の高さだ。
師匠はこれで魔力吸収も習得できたという。
師匠のように離れた位置から吸収できるようになるにはどのくらいかかるかわからない。
距離はともかく滑らかに素早くできるようにすることは、鍛錬次第ですぐにできると言われた。
因みに、ライザはこの技術を未習得だそうだ。
理由は、前段階の技術を持たない為、危険だからだった。
季節は廻り、魔力吸収を覚えて1年が経つ。
覚えた魔力操作の一連の動作は、ぎこちないが失敗はなくなった。
しかし実戦では隙にしかならない。
師匠が授業の準備をし椅子に座る。
「今日は最後の魔力操作技術を勉強しよう。」
「ルシア、今まで教えた魔力操作技術を全て答えてみろ。」
師匠は、お茶を飲みながら指導する。別に文句はない。
しかし、服装は寝間着である。
昔も、褒められた格好では教えてくれなかった。
だが、日に日に雑になっていく。
そんな師匠を、僕はため息交じりで彼女の講義を聴いている。
ソレが、彼女の変なスイッチを入れる。
「んっ、分からないかねルシア君。」
いつものいたづらな笑顔だ。そんな師匠をあしらいつつ僕は答える。
「魔力操作には、譲渡、吸収があります。」
彼女は真面目な顔に戻った。これは間違いをしたという事だろう。
彼女は、すぐにいたずらな表情に変わる。
「だめだぞ。ルシアはときどきぬけてるんだよ。
「抜けているのは感知だな。」
「まぁ、日常的に使う技術だから忘れたんだろ。」
「ではルシア、君は聖女や神父の使う浄化について知識はあるか?」
僕は思考を巡らせた。
それは授業で教わった中には無いはずだ。借りた本にもない。
ただ、以前に精霊魔法の話があった気がした。
僕はそのことから光属性ではと師匠に返す。
「ルシア、よく覚えてたな。」
今回は正解の様だった。師匠は満足そうな笑顔を僕に向ける。
そして、手に持つ紅茶で喉を潤し、真剣な表情で講義続けた。
「そう、光属性、この場合は光属性の精霊魔法といった方がいいな。」
「修道院では光属性を持たない者も、長い期間鍛錬を重ねることで精霊と交信できる様になるという。」
「本題はここからだ。彼らは悪魔祓いや悪霊祓いといった技術を持っている。」
師匠は、彼女なりの見解を交えその効果を話す。
そして、僕にどう行使するかを予想させる。
僕は少し悩み、自分の持つ技術から予想した。
複数の予想した手段から消去法で考えられることは1つしかなかった。
「魔力吸収に近い動きが予想できます。」
「しかし、あれは使用者に溜まっていくので、多くは使えるものではないかと。」
「正直これ以上は想像がつきません。」
答えを聴く師匠は満足そうだ。
彼女は僕の頭を雑に撫でてから話をつづけた。
「いい読みだ、ほぼ正解だよ。」
「術式としては、光属性の精霊に、魔力吸収後、大気中に排出させる依頼をするモノだ。」
「もしくは、吸収後、変換し、別の現象として発現させるといったところだろう。」
「実際にこれでアンデッドを討伐することができる。」
僕は疑問を感じた。"変換"とは何なのかと。そして師匠に投げ掛けた。
「師匠、変換とはなんですか?」
「魔法を使う上で基本になる術式だな。」
「説明すると面倒なのだが、魔法使いがどうやって魔法を覚えるかになる。」
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師匠は悩みながら教えてくれた。
変換とは簡単に言うと、魔力を属性に変換することだそうだ
すでに構築された術式には、魔力を所持者の使える属性に変化させる記述があるという。
一般の魔法使いは出来合いの術式を覚え行使する。
その為、魔法使いの知識としてはあまり必要ないという。
魔法技師でも、余程面倒な事象を起こさない限りは一から術式を構築することはない。
それは、大体が出来合いの術式を流用すれば事足りるためだ。
そうなると疑問が湧く。
「師匠、魔導具はなぜ属性を持たない僕でも使えるのです?」
師匠の回答は早い。予想していたのだろう。
「あれは術式を彫り込む際に、属性適正を持った特殊な素材を練り込んでいるんだ。だから使える。」
「しかし、属性適正を持つ者が術式を使い現象を行使する方が、はるかに効果も効率もいい。」
師匠は笑顔で答えたあと、胸の前で手を叩くと話題を戻した。
「それでは、ここからが本題だ。」
「ルシア、今の話から予想はついただろ。」
「魔力操作にはあと一つ、魔力放出という技術が存在する。」
「これは吸収と連携しないと自殺行為にしかならないから、絶対に忘れるなよ。」
「今のお前ならできるはずだ。」
「魔力感知、魔力吸収、魔力譲渡を順に行い譲渡先を空間として考えればできる。」
「これでお前は、魔力操作の技術を全て習得した。」




