21.閏月祭
狩りを一人でするようになってから3か月が経った。
庵に隣接する倉庫兼氷室の中身が減ってきている。
朝食も終わり師匠に相談すると買い出しを頼まれた。
往復で1日かかる為、町で宿泊することになる。
僕が準備していると、師匠も一緒に行くと言い始めた。
目の前の師匠は少し笑顔だ。
大体こういう時は何かを企んでいる。
僕たちは庵に鍵をかけ、馬をつれて出発した。
師匠は馬の背に揺られ心地よさそうに瞼を閉る。
町に着く頃には、太陽が真上に来ていた。
僕たちは宿屋に馬を預けて、併設している食堂で食事をする。
師匠は辺りを軽く見回す。その表示は少し不思議そうだ。
彼女が言うには、町並みは40年前とあまり変わらないが人が増えたという。
僕たちは彼女の提案で、買い出しの前に少し散策することにした。
町は以前に来た時よりも賑わっている。
噴水のある広場は屋台で賑わい、まるで収穫祭の様だった。
師匠は様々な店をめぐり目を輝かせている。
はたから見れば、背はかなり高いが綺麗な女性だろう。
夕暮れに近づくと人混みは増した。
予想はしていたが僕は師匠とはぐれた。
「ねぇ、君ひとり?一緒にご飯でもどう?」
僕は眉間をよせ、声の先を確認した。
気安い雰囲気の男性冒険者は食事を奢ってくれると言っている。
僕は適当にあしらい、その場を離れよう足を急かす。
しかし、彼らはそれを遮るように立ちはだかった。
「祭りなんだからいいじゃん。僕たち怖くないよ。」
僕は囲まれてしまった。
いろんな意味で不安を感じていると、後方の男が宙に舞う。
そして聞きなれた声が聞こえた。
「おい、嫌がっているだろ!そもそもソイツは私の連れだ。」
師匠は僕と男たちの間に割って入る。
師匠の背中越しに見える横顔に僕は心を奪われていた。
僕の頭の中では、このおかしな状況を処理しきれない。
男達は酒の臭いをばら撒き、遮る長身の女性に絡む。
彼らは状況を理解できていない。
師匠は伸びる男の手を強く締め上げ彼らを下がらせた。
そして彼女は僕の手を引き、その場を離れようとする。
しかし、僕は空気にのまれ、つまずいてしまった。
そして変化する状況に神を恨んだ。
「なんだこれ・・・」
気が付くと僕は師匠に抱きかかえられていた。
師匠の騎士様ムーブに、僕は不本意ながら頬を紅く染めている。
彼女の横顔は凛々しく見えた。
しかし、師匠は抜けていた。
夕暮れで分かりずらいが、彼女の口元にはクリームがついている。
広場の端で僕は降ろされた。
「フフフッ、やはりそうなったか。」
師匠は笑顔だ。いつもの様に僕の頭をなでて数回ポンポンと軽く叩く。
嬉しい反面恥ずかしい。
僕は俯き顔を赤らめていると師匠は優しく告げた。
「なにも恥ずかしくないさ。私はお前のことが好きだぞ。」
僕は師匠のその言葉は嬉しい。
しかし、口元のクリームが気になった。
師匠は僕の手を握り、広場へ戻る。
「こうしていれば、もうはぐれることはないな。」
ぼくの頭には二つの感情が芽生えた。
一つは勿論、師匠に対する愛情だと思う。
それが敬愛するものなのか、純愛なのかは分からない。
もう一つは、はぐれたのは師匠ではないかという疑念だ。
僕の感情を読んだのか、師匠は一瞬ジトッとした視線を向けすぐに前を向いた。
町は夕闇に包まれているが、未だに賑わいを見せる。
師匠は前を向いたまま説明してくれた。
この祭りは"閏月祭"という。
3年に1度あるお祭りで、どの"まち"でも1月続くという。
これは月日が3年経つと暦がづれるため、これ"神の悪戯"と言うようになり。
いつの間にか話に尾びれが付き、"神の軌跡"として祭りに変わり今に至っているという。
僕は、師匠が街に来た理由はこれなのか質問をすると彼女は違うという。
彼女の目的は鯛焼きだった。
あの時のちょうどいい甘さが忘れられなかっただけだ。
僕たちは色々な屋台をはしごした。
師匠の笑顔は僕の心を熱くするものだった。
夜も更け僕たちは宿に戻った。
次の日は本来の目的に移る。
師匠は宿で寝ている。僕は起こす事を諦め、一人で町に出た。
色々な露天や食材屋、薬屋をめぐり大量の食材を購入する。
奴隷時代からの鍛錬で、荷物は見た目ほどは重く無い。
宿に戻り荷物を置くと、太陽は西に傾いて空を赤く染めていた。
部屋では、師匠は起きて本を読んでいる。しかし、色々雑だ。
髪はボサボサで、服装も肌着に近い。
それは昨日の想いを返して欲しいほどだが、それも愛嬌に見えた。
「もどったか。」
威厳ある表情と言動は一致するが、見た目が一致しない。
僕はため息が出た。
それに共鳴するかのように師匠からクゥーと可愛い音が聞こえる。
師匠は少し顔を赤らめているが威厳ある表情を変えない。
お腹がすいているはずだが、自分から言わない辺り師匠らしかった。
「・・・師匠、食事にしましょう。」
僕たちは街に出て夕食も兼ねて食事をとった。
翌朝、僕は少し早く目が覚めた。
顔を洗い、宿の庭に出て日課の鍛錬をこなす。
「よぅ、嬢ちゃん、前より様になってんな。」
「お、おはようございます・・・ありがとうございます。」
宿屋の主人に覚えていたことに驚いた。
主人は、彼の知る限り鍛錬をするのは騎士か向上心の強い冒険者ぐらいだという。
一般人で強いやつは、生まれた時に恵まれた体をもらった奴ぐらいだそうだ。
そういう奴は、仕事に関係がなければ趣味でもないと体を鍛える者はいないという。
だから小柄の女性で、且つ騎士でもない僕を覚えていたそうだ。
最初の部分は聞き捨てならなかったが、聞きなれたのでその言葉を流す。
僕は主人と話した後、鍛錬を終え部屋に戻る。
予想通り、部屋ではスヤスヤと師匠の寝息が聞こえた。
僕は彼女を放置し、馬に荷積みをする。
作業を終え部屋に戻ると、師匠はようやく起きた。
僕は彼女の髪をとかしながら、身だしなみを整えるよう促す。
食事を終えた頃には、昨日の様に町は賑やかになっていた。
僕たちは主人に挨拶すると、宿屋の主人は、あれからだいぶ時間が経っていたことに苦笑している。
僕たちは目的を終え、馬を連れて町を後にした。
半日ほど歩き日の傾く。空を赤く染める頃、何事もなく庵に着いた。
僕は買い込んだ食料を倉庫にしまう。
庵の倉庫は地下があり氷室となっている。
師匠は適当でいいというが、探すのが面倒なので種類ごとに分けて収納した。
倉庫から戻ると、師匠が料理を作り待っていた。
町の料理も美味しいが、僕は師匠の料理が好きだ。




