20.男の娘と師匠
僕は無事ライザの師匠ことアリシアの弟子になった。
僕は魔力操作はできるが属性適正がないことを伝えると、それは問題ないという。
師匠は何か閃いたかのように眉を動かす。
「ルシア、最初の修練だ。」
「掃除をしよう・・・なんだ、その顔は・・・私も手伝うぞ。」
僕の修行生活はここから始まった。
部屋の掃除を終えるとそれなりの空間が広がる。
片づける前には判らなかったが、薬の調合道具や見たことのもない機材がそこにはあった。
いつから使われなくなったかのかと見ていると、彼女は釣り竿を持ち現れる。
僕たちは並んで釣り糸を垂らす。
鳥のさえずりを聴きながらゆっくりとした時間が流れた。
僕は師匠の歳について疑問に思った。
見た目は、身長こそ高いがライザと大きく変わらない。
しかし、ヒューマンではありえない年齢のはずだ。
かといってミランダ曰く、女性に歳を聞くのはダメだという。
師匠はガサツでズボラだが、感覚的なものは鋭く僕の疑問を自ら語った。
彼女から語られた内容は節々で濁す部分もあったが納得できるものだ。
若く見えたのは彼女がエルフだったからだ。
しかし、耳の端が切られており、エルフのそれではなくヒューマンやドワーフのそれだ。
見た目は20代後半から30代だが、本人は500歳ぐらいだという。
僕はその表情を眺めていた。
そして頭上に衝撃を受る。師匠はライザの様に前置きは無い。
「フン、失礼なヤツだ。」
彼女は付け加えるように種族の寿命について説明した。
各種族は寿命は違い、ヒューマンは100年行けば大往生だが、エルフには1000年近く寿命がある。
その為、師匠はエルフでは成人程度だという。
日が傾き空を赤く染め始めた頃、師匠から声をかけられた。
「どうだ釣れたか・・・ハハハハッ、坊主じゃないか。」
近くで釣っていたはずなのに、彼女は4匹ほど吊り上げていた。
僕は何もできなかったことに少し凹んでいた。
師匠はソレを察したように僕の頭を雑に撫でる。
「気にするな、少年。2人で食う分はあるさ。これが500年の差というものだ。」
彼女は、いたずらな笑顔で僕を慰めた。
二人で夕焼けの中、優しい風を感じつつ庵に帰りる。
庵に戻り食事の支度をを始めたが、今日は師匠が手本を見せるという。
そこにはいつもの姿はそこにはない。
師匠はミランダのように無駄のない動きで、てきぱきと料理をする。
「明日からは、お前の仕事だぞ。よく見ておけよ。」
その姿の彼女は寝起きとのギャップは大きかった。
食事の後片づけをしていると師匠から仕事を追加される。
それは隣の部屋にある大きい石の桶に、魔導具を使ってお湯を張ってほしいとのことだ。
僕は食器を片付け、師匠に魔道具の使い方を訪ねた。
「魔道具は使ったことは無いのか?」
「いえ、水の湧くコップならあります。」
「これも同じだよ。ただデカいだけだ。」
僕は指示された魔導具を使いお湯を張った。
こんなものは普通の家にはない。公衆浴場か貴族や大商人ぐらいだろうか。
しかし、大きさのわりに大して魔力の消費を感じない。
浴槽はすぐにいっぱいになった。
そして僕は師匠にその事を伝える。
すると師匠から予想がしなかった言葉が返ってくる。
「また沸かすのは面倒だろ、一緒に風呂に入るぞ。」
彼女は着ていた服を脱ぎ始める。
僕は恥ずかしくなり、後で入ることを伝え部屋の戸を閉めた。
部屋からは師匠の声が聞こえた。
「子供が恥ずかしがるな。私に幼児趣味はないよ。」
師匠には僕が幼児に見えているのだろうか。少し心外だった。
僕も師匠が出た後、風呂に入った。
街の公衆浴場とは違い、花の香りがするお湯だ。
今日は色々あった。
湯舟で天井を見つめると師匠のいたずらな笑顔が浮かぶ。
風呂を出ると窓辺の椅子に腰かけ本を読む彼女の姿があった。
星明りと蝋燭の火に照らされた横顔はとても幻想的なものだ。
僕は用意された部屋のベットに入る。
これからどんな修行を受けられるのか不安だが楽しみだった。
翌朝、朝食の準備して師匠を呼ぶ。
部屋から返事はない。
少し待って同じことを繰り返す。
半時もすると昼間の師匠がそこにはいた。
席に座らせ食事を与える。
紅茶を飲む頃には会話が成立するようになった。
今日は何をするのか尋ねると実力の把握だという。
僕は師匠にできることを伝える。
すると見たことのない色のな魔鉱石を渡された。
この魔鉱石は見たことがあった。それは白く少し淡い桃色がかっている。
「お前の最大魔力量を調べる。そいつに魔力を全て渡せ。」
僕は集中し魔力を注いでいった。
魔鉱石はだんだんと色味を濃いものに変化させていく。
かなりの勢いで魔力を持っていかれる。
僕は1時間もすると目の前が真っ白になり倒れた。
気が付くと長椅子の上に寝かされていることに気づく。
窓からは西日が差しこみ、かなりの時間が立っていた。
顔を横に向けると、椅子に座り紅茶を飲む師匠がいる。
師匠はこちらに気づき、僕に渡した魔鉱石について説明した。
この魔鉱石は、特殊な方法で魔鉱石とルビーを魔法による合成をさせ作られた魔導具だという。
これは、魔力の総量、出力、濃度をざっくりと調べることができるらしい。
師匠は僕の魔力量に感心し褒めてくれた。
「大したものだ。妓楼の頃から多いとは思っていたが、鍛錬していたんだな。」
僕の結果は、ヒューマンの上位宮廷魔術師よりは上の評価らしい。
これは、ライザの教えが結んだ結果だろう。ライザに感謝である。
師匠は、また別の魔鉱石を放って渡してくる。
渡された鉱石は青黒く高純度の魔鉱石だろか。
寝る前にこれを使い魔力を空にしろとのことだ。
無加工の高純度魔鉱石は吸収力と魔力の発散性が高い。
魔力の出力調整と魔力量の向上には、これ以上のアイテムはないという。
とは言え、この高純度の魔鉱石の価値は、軍幹部の年収ぐらいは必要だ。
それでも師匠は雑に扱いう。
気にするなとは言うが、気にしない方がおかしい。
やはりルーファスの言う通り師弟は似るものだ。
僕はこの後、釣りをすることになった。
まだ日があるとはいえ夕方に近い。
僕はこんな時間に連れるのか不安でしかなかった。
その事を師匠に話すと彼女は鼻高々に説明した。
「若いな少年。釣りは朝夕の薄明薄暮の時間帯がよくつれるんだ。漁師たちはマズメとよんているぞ。」
昨日のように師匠と畔で糸を垂れた。
結果は昨日と同じだ。師匠は釣れている。
僕の結果も昨日同様で当たりすらない。
しかも今日は師匠の隣で釣っていてだ。
不思議そうな顔で理由を聞くと昨日と同じことが返っていた。
そして最後に、いたずらな笑顔で一言。
「色々と試してみるといいさ。」
次の日は朝から机に向かっていた。識字の勉強だ。
師匠から、1冊の本を渡された。
「とりあえず読め。分からない字は聞きに来い。わからない言葉も聞きに来いよ。」
師匠はそう言い残すと、庵の外へ行き馬の世話を始めた。
僕が何度か質問をしているうちに昼になった。
昼食を終え師匠に指示を仰ぐ。
午後は外で剣術の訓練をするという。
僕は不思議に思い、魔術師に剣術が必要なのか質問した。
「ルシア、魔術師は戦場でどう立ち回るかわかるか?」
「後方からサポートですか?」
「少し正解だな。ライザを参考にしたのだろうが、アイツは元々と貴族だ。」
「貴族の宮廷魔術士なんざ、後方支援がほとんどだ。」
「君は貴族じゃないだろ、戦場ではそれじゃダメだ。」
師匠は、戦場では自分で自分を守らなけらば戦えないことを説明した。
戦いでは、相手の動きを理解できないと何もできない。
魔力ぎれを起こした場合も何もできないと説く。
師匠は適当な枝を2本拾うと、1本を放り投げてくる。
「さぁ、打ち込んで来い。」
僕は渡された木の枝で打ち込む。
師匠は数回打ち込ませた後、数回頷き納得する。
そして、次に打ち込まれた枝に自分の持つ枝先をうまい具合に合わせる。
僕は気づいたときには枝を絡め取られ、持っていた枝は宙にとばわれていた。
師匠の表情は自慢げだ。
日が傾くころ剣術の訓練は終わりる。
そして二人で釣りを始めた。
師匠の釣果は半分になったが僕は相変わらずの坊主だった。
翌日から朝は座学で午後は剣術、夕方は釣りといった流れが続いた。
釣りをしていると師匠は涼しい眼差しで話しかけてくる。
「よく見るんだ。そして操るんだ。」
最初の数日はよくわからなかったが、魔力感知をしろということだった。
湖を見ると水中にいくつもの魔力の塊が存在している。
魚だろうか。師匠の庵に来てからは気にしたことがなかった。
師匠を見ると、魔力が手元から竿、そして糸をつたわり湖の中に伸びている。
僕はようやく師匠の真意を理解した。
今まで師匠がやっていたことは、釣りではなかったのだ。
それは、糸を操作し魚を絡めていただけだった。
しかし、簡単な様でいて非常に高度な技術だ。
この大きさの湖全体を索敵し、それと並行して糸を操る。
そもそも魔力で糸を操るなどライザからも聞いたことがない。
それでも、僕に見せているということは、できるようになれということだった。
彼女の与える日課は食材探しも修行の一環だったのだ。
僕は、ハッと師匠に視線を向ける。そこにはいつも通りのいたづらな笑顔があった。
弟子入りし3か月たった。
午前中は基本的な四大属性魔術学について学んでいる。しかし僕には使えない。
正しい知識はどんな時でも力になるという。
この世界の魔法は大きく分けて2種類あり、これは術式魔法と精霊魔法になる。
術式魔法は現象を発現させるために術式を組み、それに魔力を流し実行さる
そして現象を発現させる魔法を言う。
この時、現象に応じて属性干渉能力が必要になる。同系統で陰陽道というモノがあるらしい。
属性は火・風・水・土の4つの属性からなりこれを四大属性という。
例外で光と闇というものがあり、光は稀にヒューマンに発現し、闇は魔族に発現するらしい。
精霊魔法はというと、属性を操ることができ且つ、精霊と交信できる能力を持つ者が行使できる魔法だ。
魔力と属性干渉を使い、精霊に事象を依頼するのだという。こちらも同系統に呪禁道というものがある。
僕は、色々な知識を得て、だんだん魔術師らしくなってきている自分に成長を感じた。
自分の成長にニヤニヤしていると、師匠はイジってくる。
午後は剣術の鍛錬と薪割りなど力仕事を行う。
そして、4日に1度は、森で狩猟をする。遠距離への攻撃手段がない為、罠を教わった。
最初のうちは師匠も同行していたが、2か月も経つと一人になった。
僕は師匠と暮らす生活に安らぎを感じるようになっていた。




