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19.魔女

馬車で4度ほど町や村を経由し、目的地の近くの町に着いた。

ここは帝国領の西端にある都市の一つで、近隣の貿易街と共に発展した町。

名前をアンダルシアという。

ここに来た目的は、ライザの師匠が住む森を探すためだ。

この町にはギルドもあり情報には事欠かない。

ギルドで情報を集めたが、ライザの師匠は意外にも有名ではなかった。

聞き込みを続けると、受付からはギルド長ならわかるかもしれないとわかる。

僕は3日後の朝にギルド長と会う約束をつけた。

宿に4日分の金をはらい。町を散策する。

王国のどの町でも見られた活気がなく、どこか重い空気を感じた。

宿の裏庭を借り日課の体つくりと魔力強化を行い3日過ごした。


約束の日、僕は早めにギルドへ向かう。

受付に約束の旨をつたえると、二階の部屋に通された。

装飾が美しい家具の置かれた部屋で待つこと半時。

扉が開き、物腰の柔らかな白髪の老人が入ってきた。

彼がここのギルド長だ。


「ほう、可愛らしいお客さんだね。」


ギルド長はもっと別の人間が話を聞きに来たと思っていた様だ。

僕がライザの師匠を探す理由を話すと、彼は快く思い出と共に話し始めた。

この町から北に半日も歩くと森があり、その森の奥に湖がある。

彼女はその畔に住んでいるという。

ギルド長が若い頃、彼女は町に薬草や薬、魔導具などを卸していたそうだ。

彼女の作る魔導具は魔力の少ない者でも容易に扱えた。

他には、彼女は町に来ると、いつも甘いものを幸せそうに食べていたという。

しかし、領主の代が変わり、だんだん彼女は姿をみせなくなったそうだ。

ギルド長は最後に、今もそこに住んでいるかはわからないと付け加えた。

僕はギルド長にお礼を言い外へ出た。

そして、ライザの師匠へお見上げを買うことにした。

僕はギルド長から教えられたお店へ向かう。

そこは大通りに面した綺麗なお店だった。

店の外でも甘い香りが立ち込めており、好きな人にはたまらない空間だ。

店内で何を買おうか思案していると、ガタイのいいゴツイ店主が相談にのった。


「おい、嬢ちゃん。何が欲しいんだ。ほれ、うちの味だ。」


僕は店主から1口サイズのフワフワの薄黄色いスポンジをもらって食べた。

店主の表情は赤子を見るように優しい。ガラスに映る僕の顔はニマーっとしている。

店主はもう一つくれた。まるで餌付けされているようだった。

僕は目的を忘れていることに気づき、店主に土産の相談した。

渡す相手は、ギルド長の話ぶりとライザの話から高齢の女性だと伝える。


「高齢の女性向けのお菓子か・・・そうだな、年しかわからないんだな。」


「年も高齢かなぁってくらいで・・・」


僕はあまりにも相手のことを調べられていない。

これでは、ライザが手紙まで書いてもらっても返されてしまう。

そう思うと、表情は暗くなり自然と視線は下がっていく。

店主は、僕の頭を撫で、また一つスポンジをくれる。


「まあいいさ。なら、歯も怪しいし、硬いものはやめよう。」

「昔、西方から伝わった菓子なんかどうだ。」


店主は、カウンターに戻り、棚から不思議な形のパンの様なモノを出す。


「鯛焼きって言うんだ。中身はマメを甘く煮込んで越したものをだな」


店主は鯛焼きの良さを力説してくれた。

これなら、きっと喜ぶだろう。

翌日、町を出てライザの師匠の庵を訪ねた。

太陽はまだ真上には上っていない。

扉をたたき何度か呼ぶも返事がない。

もう生きてはいないのだろうか。

僕は嫌な想像をしつつ、庵の周りを散策すると畑があった。

最低限の手入れはされているが、畝などは若干曲がっている。

畑の端には馬も飼育している。

想像の飼い主と比べ、馬は明らかに若く見えた。

庵の正面に回り、また扉を叩く。

数回繰り返すと、ようやく扉が開いた。

中から出てきたのは背の高い若い女性だ。

浅黒い肌をし、黄色みの掛かった銀髪で、うつろな表情の女性だった。

先ほど起きてすぐだろうか髪はボサボサで頭を掻いている。

服装もラフというより寝間着だろう。

僕は彼女が弟子のひとりだろうと予想する。

その時ふと彼女の顔が、記憶に存在していることを思い出いだした。


「アリシアだよね。ライザの師匠に手紙を持ってきたんだけど。」


彼女はボーッとしながら、目をさする。明らかに焦点が合っていない。

どう見ても寝起きだ。

その姿は一見色っぽい服装だが、色々と残念だった。


「んん・・・うん、ありがと」


「それで、魔術の先生に会いたいんだけど会えるかな?」


彼女は手紙を読みながら、あくびをする。

そして頭を掻きながら踵を返す。


「んん・・・うん、ちょっとまって。」


うつろな表情のまま、あくびをし家の中に入っていった。

少し経つと中から入るように促された。

中は散らかっていたが、彼女がそれに手を翳すと荷物は端に寄せられた。

かろうじて座れる程度には椅子と机が現れた。


「そこ、座っていいぞ。で、君は何しに来たんだ・・・」

「手紙を読んでるが、話してくれて構わない・・・」


僕は話を始める前に、買ってきたお菓子を渡した。

アリシアの表情はうつろな表情から一転、幸せそうな笑顔に変わった。

僕はライザの師匠が戻ってきたときにでも渡してくれるだろう考えた。

しかし、彼女はお茶を入れ皿にとりわける。

僕は疑問に思いアリシアに質問を投げた。


「あの、ライザの師匠はどこに・・・」


「目の前にいるだろ。不満か?」


僕はもっと年上の老齢な女性を想像していた。

確かにライザは"ズボラ"で"ガサツ"はあっているが、外見は聞いていない。

ギルド長もそこは何も言っていなかった。

アリシアの口には合わないかとも思ったが、彼女は屈託のない表情でそれを口に運び万遍の笑みだ。

彼女は食べ終わると、やや物欲しそうである。

この正解は"献上"以外はありえないだろう。

結局、彼女は3つ食べた。

その嬉しそうな表情は普段を知らなければ心を奪われるほどだ。

彼女はお茶を飲みながら、僕に話を促す。

僕はアリシアに彼女と別れた後の事を簡単に話した。

いつの間にか彼女の表情はしっかりしたものに変わっていた。


「そうか、ライザがね。ちょっと、手をだしてみろ。」


彼女に手の平をみせると。少し冷たい手で僕の手を包んだ。

そして少し暖かくなる。


「うむ・・・確かにそうだな。」


アリシアは手紙を読み終えると、紅茶を一口すすり一言。


「大体わかった。君はどうしたいんだ。」


僕は俯きながら今までの人生を思い出す。

蘇る記憶は母の物が多い、ライザたちの笑顔も浮かぶが、すべてを嫌な記憶が覆っていく。

僕が力を求める理由は・・・・


「僕は、強くなりたい・・・父親に復讐できる力が欲しい。」


アリシアはため息をつき静かに話す。


「おまえの強くなりたい理由は、本当に復讐なのか?」

「他人の私がどうこう言う筋合いではないが、復讐など碌なことがないぞ・・・」

「自分を苦しめるだけだ・・・もう一度、何がしたいか、考えてから来い」

「そうだな・・・7日間くれてやる。弟子入りはそれから考える。」


「はい・・・」


「甘味はうまかったぞ。ありがとう。気を付けて帰れ。」


僕は彼女の庵を後にし、半日かけて町へ戻った。

空の星は僕を見守る様に静かに輝いていた。


翌日、町を散策しながらアリシアに言われたことを考える。

僕にはもう家族はいない。

父親に捨てられ、母はこの世にいない。

アイツさえいなければ・・・

過去を振り返りるも真っ先に悪い思い出しか浮かばなかった。

しかし、奴隷になってからはそうではない。

僕はライザたちに会った。

彼女たちは僕を気にかけてくれる。

現にライザは、アリシアを紹介し僕に可能性を見せてくれていた。

ライザは"何でもいいから連絡して"とも言ってくれる。

しかし、母は"人とに期待するな"と言っていた。

母の真意が理解できない。

頭の中で様々な感情が交錯した。

頭の中では何も解決していないのに、ライザの師匠の言葉がさらに頭の中を掻きまわす。

"復讐など、自分を苦しめる"

僕は何が正しいのか分からなくなり、宿の裏庭で剣を振った。


思考し剣を振る日々がが5日続く。

町の噴水で、いつものように悩んでいると、子連れの女性が荷物を持ち前を通り過ぎていった。

二人は噴水を過ぎ、少し行ったところでつまずき荷物を落とす。

それを子供が拾い母親に渡すと、母親は子供にやさしい笑顔を返しそれを受け取っていた。

よくある風景だ。

しかし、思い出す事がある。

僕の母もそうだ。いつもやさしい笑顔で応えてくれた。

ライザも、ルーファスも、ミランダもそうだ・・・復讐の後には誰もいない。

僕は僕を想ってくれる人達の為に力をつけたい。

きっと、アリシアは ・・・


翌日、ライザの師匠の庵を訪れた。

彼女が出てくるまで時間は相変わらずだ。いでたちも同様。

しかし、表情はしっかりしていた。


「来たようだな。もう一度聞く、君はどうしたい?」


僕は彼女の目を見つめ、心の内を伝えた。


「僕は大切な人の力になりたい。」


「うむ、・・・変わるものだな」


アリシアは、僕の顎を優しく掴み、引きよせて顔をまじまじと見る。


「いいだろう、弟子にしてやる。」

「ところで、君の名はルシアでいいんだな?」


僕の予想は外れていた、彼女はうろ覚え程度に僕を覚えていたようだ。

僕は姿勢を正し、彼女に自己紹介をする。


「すいません。忘れてました。ルシアです。よろしくお願いします。」


「フフッ、手紙の通りの小僧だな。私のことは師匠と呼べ。」

「そういえば、あの時も女物を着ていたな?」


この野郎。変なところはしっかり覚えていやがった。

僕がムッとすると、彼女は何かイタズラな笑みを浮かべる。

そして僕を受け入れてくれた。

師匠は手紙のことを少し話した。

それはライザの一文だ。

彼女は、いい子だから僕の面倒を見てほしいと。



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