22(198).心に住まう人
闇に包まれたお堂は、全てを受け入れる。
そこでは、何者も抗うことはできない。
人は闇を恐れ、光を手に入れた。
しかし、ここでは恐れる事すらも出来ない。
闇の中で6人は、瞑想する。
静かに流れる時間は、何者も受け付ける気がない様に思えた。
鳥の声すら聞こえず、だた山を抜ける風の音のみが静かに響く。
どの位経ったであろうか。
闇の中で、お堂の主の声がした。
「お主らの心は、なんだ?」
「ヒューマンの男・・・」
「お主は、何故ここに来たのだ?」
静かに響き渡る澄んだ声。
僕は、その問いに答えを返す。
「僕は、蓬莱へ渡りたい。」
「そこで、やらなけらばならない事があると思うんです。」
「それは、結果であって、ここへ来た意味ではない。」
「お主の心は何処にある。」
「何に囚われている。」
僕は、闇から聞こえる涼やかな声に悩む。
だた目の舞に渦巻く闇は、その悩みを受け止めた。
「僕は、父を止めたい。」
「僕は、アリシアと幸せに暮らしたい。」
「父か・・・」
「そして、愛の為か・・」
「崑崙からの書簡は持っておるな?」
僕は闇の中、背嚢を調べる。
その間、涼やかな声は、アリシアへと対象を変える。
「エルフの娘・・・お主はどうする?」
「この先は、お主にも辛い世界だぞ。」
「それでも、この男と旅を続けるか?」
それは、僕が目を背けていた彼女の過去へとつながるモノだろう。
僕は、隣にいるであろう彼女の手を握る。
そこに在る冷たい手は震えを止め、声を返す。
「私は・・ルシアについて行く。」
「どんな未来が待っていようと、ルシアと共に進む。」
「そうか・・・」
「ピエトロも、あれでしっかりとやっておるのだな。」
そして、言葉は消え闇が覆う。
それからどの位過ぎただろうか。
東の雲海から光が漏れる。
そこには、逆光で影だけが浮き立つ人の姿。
それは、その場の空気も相まって神々しい。
彼は、優しく声を伝えた。
「ルシアといったか。」
「こちらへ来い・・・」
僕は呼ばれるがまま、天淵の元へ向かう。
そして、彼の正面に跪く。
「かしこまるでない。」
「人は皆、平等よ。」
「書簡を預かっておるのだろう?」
「ここまで持ってこられては、読むしかあるまい?」
「のう、呀慶よ?」
彼は、書簡を受け取り、その瞳で呀慶に微笑む。
しかし。呀慶は耳を後に畳み俯く。
「師よ、これも仕事です・・あなたの代わりの・・」
「そうであったな、助かっておるよ。」
「しかし、中身は検閲して欲しいものだ・・」
「相手は帝です・・」
「フフフッ、真面目よの、呀慶。」
「・・・」
そこには、見た目からは感じられない人としての姿がある。
書簡を読み終え彼は、ため息をつき、新たな木簡に文字をしたためた。
そして、僕に視線を向ける。
「これで、お主は目的に近づける。」
「だが、忘れるでないぞ。」
「お主は、ヤーデラングに魅入られておる。」
「この意味は、自覚しておるな・・・」
「はい・・・」
「なぜ、繋がったかは、どうでも良い。」
「これからどうするかだ・・・」
「無理にその力を使えば、お主の身は亡びるぞ。」
「その事は努々忘れるでない。」
「お主を想う者達の為にもな。」
「はい・・・」
「ほれ、これを崑崙のババアに持って行け。」
「年寄りの恋文届など、これきりにせいよ。」
「・・・」
彼は、一瞬笑ったように思えた。
しかし、逆光はそれを隠す。
天淵は、弟子へと視線を流し、静かに声を投げた。
「玄褘よ、闇の中で何を見出した?」
「そこに見たモノはなんだ?」
「はい、人にございます。」
「私の心には一人の女性が居りました。」
玄褘は、眉を顰め唇を噛む。
そして項垂れ言葉を続ける。
「師に、心に他人を住まわすなと言われながら・・」
「私は情けない・・・」
「玄褘よ、なぜ悔む?」
「その女性は他人か?」
天淵は、目を細め弟子を見つめる。
その表情には、感情がある様には思えなかった。
彼は、弟子を諭す様につける。
「人と人とは、互いを知り、互い慈しむ。」
「それは、悪い事ではない。」
「そこに縁が生まれ、他人ではなくなるのだよ。」
「のう、美斉。」
天淵は、視線を変えることなく言葉だけを彼女に投げる。
それを受ける美斉は、姿勢を正し、師匠の師を見つめた。
そして、彼女は言葉を返す。
「はい、天淵様。」
「のう、美斉、己が心には何が住まう?」
「私の心には、師が居ります。」
「いえ・・・私と師がおります。」
それを聞く天淵は頷く。
そして、目を瞑り、言葉を続けた。
「想い合う者が、互いを住まわせる事は悪い事ではない。」
「よいか、他人に振り回される事こそ問題だ。」
「人の心など風に吹かれる草の様に容易く揺れ動く。」
「他人の顔色で簡単にな・・・」
「どうでも良い事に一喜一憂するなよ、玄褘。」
「大切な事は自分である事だ。」
「己が世界は誰の世界だ?」
「・・・」
玄褘は、この六度の旅を思い返し、その愚かさに唇を噛んだ。
そして、後ろに控える3人を思い返す。
その姿に視線を向ける天淵は、優しく言葉を続ける。
「玄褘よ、お主には慕う者が居るではないか?」
「他人の評価など気にするな。」
「己が心に己があればそれで良い。」
「互いを想える者がいるのであればそれも良い。」
「他人など、どうでも良かろう?」
「はい、天淵様。」
「努々忘れるでないぞ。」
天淵は美斉に視線を移し、彼女に声を掛ける。
それはまるで、ミーシャの母が僕に声を掛けた時の様にだ。
「美斉よ、我が馬鹿弟子の傍であってくれ。」
「お主の想いの大きさは、その瞳で判る。」
「お主が居れば、悪い虫など付かぬであろう。」
「今一度、弟子の傍にあってくれ。」
「はい、天淵様!」
「私は天淵様公認で、糞坊主様を・・フフッ」
「・・・まぁ、良いか。」
そこに沙簾が正体を暴く様に口をはさむ。
その姿を美斉は、気に留めることはない。
その表情を崩し、玄褘を見つめるだけだ。
「天淵様、お言葉ですが、美斉は・・・」
「美斉は、悟っている節はありますが、方向性が真逆です。」
その提言に返る涼しげな声は、彼女を諭す。
「沙簾よ、言葉は拳よりも人を傷つける物。」
「それが真実であれど、いづれお主を傷つけかねぬぞ。」
「今は二人を見守りなさい。」
「・・・待つことも時に大切なのだよ。」
「・・・はい。」
天淵と弟子たちの会話がひと段落する。
すると彼は、僕達に視線を送り、手を合わせた。
「気を付けて戻りなさい。」
「皆の行末に幸多からん事を。」
後光がさす天淵を残し、僕達は下山。
そこには、何か忘れていることがある様にも思えた。